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概要
江戸時代中期、大坂随一の漢学塾として名を馳せた懐徳堂と、その人々の群像
懐徳堂(かいとくどう)は、享保年間に大坂船場の有力商人の五同志が発起人となり、妙知焼け(享保の大火)によって被害を受けた市民の心胆に滋養を与え、つらい世を生き抜く気概を鼓舞することを目的に創設された漢学塾である。
初代学主には三宅石庵(せきあん)が招聘され、事務一切を切り盛りする預人(あずかりにん)には、石庵の弟子である中井甃庵(しゅうあん)が就任して発足、後年、甃庵は石庵の跡を継ぎ、二代目学主となった。
五井蘭洲(らんしゅう)は、学主、預人にはならなかったものの、講師として長年懐徳堂に勤務した。甃庵からの信頼が篤く、甃庵の二子、中井竹山、履軒(りけん)兄弟の教育を託されて熱心に指導し、二人を一人前の儒学者へ育て上げた。
甃庵の長男、中井竹山は、父の後を継いで懐徳堂預人となり、石庵の
初代学主には三宅石庵(せきあん)が招聘され、事務一切を切り盛りする預人(あずかりにん)には、石庵の弟子である中井甃庵(しゅうあん)が就任して発足、後年、甃庵は石庵の跡を継ぎ、二代目学主となった。
五井蘭洲(らんしゅう)は、学主、預人にはならなかったものの、講師として長年懐徳堂に勤務した。甃庵からの信頼が篤く、甃庵の二子、中井竹山、履軒(りけん)兄弟の教育を託されて熱心に指導し、二人を一人前の儒学者へ育て上げた。
甃庵の長男、中井竹山は、父の後を継いで懐徳堂預人となり、石庵の
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