志草ねなさんの『ママは凶悪犯罪者』は、育児の「あるある」を土台にしながら、遊びの設定がずるずると本物の事件めいていく過程を、軽やかな会話とテンポで押し切る短編である。母は掃除を済ませたいのに、6歳の恵にせがまれてリコちゃん人形の相手をする。その時点では家庭の小さな風景だが、「殺人事件やろう!」の一言で空気が反転し、母の頭の中だけが忙しくなる。人形が増えた理由に義父母の影が見え、日常の細部が笑いの伏線として効いてくる。
前編で母は、被害者をリコママにして、こすると消えるペンを使った「文章が出たり消えたりする紙」を仕込み、子どもの探偵ごっこを成立させようとする。ところが恵は「現場に血痕がない」「その紙とペンは小さい手じゃ持てないからフェイク」と、母の想定を次々に外していく。後編では取り調べが始まり、恵が勝手に設定を盛って話を転がし、母は軌道修正しながら必死に終着点を探す。イルカのぬいぐるみ「イルくん」を助手にする場面では、遊びが勢い余って弟の望を起こし、取り合いと破損が起き、母の堪忍袋が切れる。そこで母が「真犯人は私、ママ警部だ!」と演劇部仕込みの自白劇に突入し、ちょうどその瞬間に義父母が入ってくる結末は、笑いと冷えが同時に来る。家庭の安心が舞台装置に変わる怖さが、最後の数行で明確になるのが強い。
読み味は、子どもの言葉の鋭さと母の内心の焦りが交互に立ち上がり、短い場面の積み重ねで「取り返しのつかなさ」へ着地する。可笑しさを保ったまま、背中にひやりとしたものを残す作品である。
まさにカオス! 人形遊びから端を発し、どんどんカオスになっていくストーリーがひたすら楽しかったです。
幼稚園児の女の子・恵ちゃん。その恵ちゃんと一緒にママが人形遊びをする。
その日はきっと、とても穏やかな時間を送れるはずだった。間違いなく「普通」なら、ほのぼのとした遊びで終わるはずだった。
でも、あんな恐ろしいことが起こるなんて……。
恵ちゃんが突如「殺人事件をする」と人形を使って遊ぼうとしたことにより、その日の計画は大きく狂う。仕方なく娘のために「殺人事件の現場とトリック」を用意し、子供でもギリギリ解ける「子供だまし」を用意するママだったのだが。
ここから先で、恵ちゃんの「ヤバい子供」っぷりがどんどん見えてくることになります。「そんな言葉どこで覚えてきたの?」というような色々アウトで殺伐としたワードの数々を発したかと思えば、殺人事件に関して妙にリアリティを追求してくるなどなど。
次第にヒートアップしていく場の空気に笑いが止まらなくなります。やがて、「怪物」のような恵ちゃんに引っ張られ、ママにも変化が起こる展開に。
どんどん設定がカオスになっていく人形の殺人事件。そして妙に殺伐としていくシナリオ。この混沌はどうやったら収束し、最後に解決することはできるのか?
カオスがカオスを呼ぶ人形劇の行く末を、是非とも見届けてみてください!
我々はチビッ子を甘く見ていた。
思い返してみれば、国民的アニメに出てくる嵐を呼ぶ五歳児も、ケツだけで歩くという妙な特技を持っていたり、どこで知ったか難しくて大人な言葉を巧みに操っていた。
そう、子供だと油断してはならない。
未就学児の成長は、親が思っているよりもずっと早いし、その方向性も予想の斜め上のはるか先を超える。
妙なところに鋭い厄介な目の付け所が光るし、こっちの思惑の裏を突きなかなか思惑通りに動いてくれない。
だから、ごっこ遊びで大事件が発生しちゃってもおかしくない。
冴え渡る娘の迷推理、振り回されタジタジな母、冷たく横たわるママ人形、容疑者の娘人形たちは黙秘し口を閉ざす。
果たして、犯人の行方は。
そしてお題フェスのテーマ回収はどうなる。
ゲラ笑い必至のサスペンス劇場、そのオチまで見逃すな!