久部花洛

第1話 爪

俺を含めた六人の男女が円を描いて座っている。中央には百本の蝋燭が灯り、次第に減っていた。前の女の蝋燭が消え、俺の蝋燭がゆらゆらと揺れている。今度は俺の番だ。


×××爪×××


 桜の樹の下には首が埋まっている、というのは常識だ。だが、爪が埋まっている、とは聞かないだろう。それも幾千もの数えきれないほどのおびただしい量の爪が、桜散る春の土に埋まっているんだから。


 高校に進学したばかりの頃、俺はまだ新入生で、学校の道をなんとなく覚えているだけだった。通学路にはたくさんの桜が満開に咲いていた。その桜達を頼りに、俺はいつも学校に行く。


 ある朝の日。その日は、春だというのに、身を震わすほどの寒さがした。まるで冬かのような、そんな寒さだ。


 通学路で俺は立ち止まった。いつもは桃色に染まっているはずの道が、真っ白だ。足裏に流れ込む冷たさ。雪だ。スマホを確認する。そこには、確かに4月とかかれてあった。だが、雪。辺りには草原が広がっているのに。車の通る道路にはちっとも雪なんか降っていないというのに。俺は振り返った。だけど、そこには永遠に続く桜の木があっただけだった。なら、草原に出てみようと、俺は草原に向かって走った。坂を駆け降り、平地に出た。だが、そこには桜の木が絶え間なく続いていた。雪道を駆け、足跡がどこまでも続いていく。走っていると、俺はある木の前で立ち止まった。人がいたからだ。髪の長い女性。老婆にも見えて、若くも見える不思議な面影のある人だ。俺は彼女を呼んだ。けれど、彼女は答えない。こっちを見ることもしない。俺は呼び続けた。やがて、女性と目があった。だが、彼女は答えない。彼女は、俺を見つめたまま、口の中から大量のそれを吐き出した。大量のーー人間の爪。俺は立ち尽くしたまま、そこから動けなかった。


俺は気付いたら、家の扉の前にいた。母の声が聞こえる。遠くから耳に届くように。


「ちょっと、敦!」


肩を揺すられた。けど、俺は動けなかった。髪がボサボサで、爪のあるべき場所から血を出している老婆が、母の背後に立っていた。充血した目を見開いて、こっちを覗いている。母に手を引かれて、家の中に入る。老婆はこちらを見ている。視線が俺を離さない。ご飯を食べているときも、寝るときも、枕元に立って、俺を見ていた。


桜の通学路を歩いていると、老婆が立ち止まって、川辺にある桜の木を指差した。俺は、まさかと思った。その木までいき、土を掘ってみた。そしたら、一つの小箱。中には、大量の爪が入っていた。血のついた爪。それを老婆に差し出すと、老婆は、口の中から、それを吐き出した。それーー爪。喉がきゅっとなった。どうにもできない。どうにもできない吐き気が俺を襲った。


 老婆は毎日枕元に立つ。大量の爪を口の中に隠して。



俺は最後に付け加えた。


「爪はまた生えてくる。口の中から。胃の中から。体の中から」


そうして口から、爪を吐き出す。ゆらゆらと淡い光が俺の口元を写していた。


ふっ


蝋燭の火が消え、俺らは闇に包まれた。


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久部花洛 @HAIJIN_618786

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