◆6(ろく)◆

茶房の幽霊店主

第1話 6・卒業記念・行楽

※(店主と友人の体験談です)

※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)



※※※※※




関西で有名な○○山での奇妙な出来事。



夜景スポットでもあり、ハイキングやデートなどに利用され、行楽シーズンを含め観光地としても有名な山です。


○○山と周辺や通り抜ける道路などでは、現在も心霊的な体験、奇妙な体験などをしている人が多くいます。


伝承や逸話にまつわるものとして、赤い着物を着た「牛女」、爆破や重機などで撤去しようとした者が変死する「夫婦岩」、天狗の顔に見える巨石「天狗岩」など、「岩」に関する話もたくさん残っています。


この山に関して蒐集した「怪談」を4つ持っている内、公開しているのは2つ。これは、残り2つのうちの1つで、私自身の体験談です。



※※※※※



中学3年生の春。市内の高校への進学が決まっていたので、あとは春休みを満喫するだけです。


休みに入る前、学校のクラスメイトでもある、友人のN井さんから声をかけられました。


『卒業記念に、○○山牧場まで遊びに行かない?』

『いいね!いつにしようか?他にも誰か誘ってみる?』


『……いや、私、あんまり大勢だと気を使うから』

『わかった!じゃあ、二人で行こう』


N井さんは、以前、市立図書館で怪人に遭った話をしてくれた友人です。努力を惜しまずいつも成績は上位なので、テスト勉強を教えてもらうこともありました。


私の友人たちは基本単独行動をしている「一匹狼」系が多く、お互い仲が良くても、集まる時は最少人数のツーマンセルが通常運転でした。誰が誰と遊んでいようが気にしません。


もちろん、ワイワイ友人複数で集まって勉強会などもしていましたが、N井さんはそういったグループ活動が苦手なのは感じていました。


彼女は女子高等学校への進学を強く希望して、○○山がある地域の海沿い、あこがれのミッションスクールに合格。通うには遠いため、実家を出て親戚の家から通学する予定でした。


中学校を卒業したら会う機会はなくなるだろうと、本人も言っていたので、私はN井さんの『卒業記念・春の行楽』のお誘いに乗ったのです。



※※※※



当日、私は○○線、N井さんは○○電鉄に家が近いので、各自移動は別々で現地の駅近くで集合しました。


春とはいえ風は冷たく、きちんと寒さ対策をして、山の頂上近くにある「○○山牧場」まではロープウェイを使います。


N井さんが事前に下調べをしていたため、私は彼女の後を付いて行きながら、大型ゴンドラに乗り込み、緑が芽吹き始めている外の風景を楽しんでいました。


牧場にはヤギや羊、牛や馬などの動物たちがいて、触れ合うこともできます。チーズを作る体験やソフトクリームが食べられるコーナー、おみやげ屋さんもあって、写真を撮影したり、動物たちに餌をあげたりして楽しい時間を過ごしました。


正午に持参してきていたお弁当を食べていると、


『山はすぐ暗くなるから、少し早めに駅に向かおう』


N井さんがそう言ったので、「まだ日は高いけどなぁ」など思いつつ、牧場に後ろ髪を引かれながらでしたが、帰り支度を始めました。


再びロープウェイ乗り場へ向かって、乗車券を買おうとしていると制止されます。


『お金もったいないから、帰りは歩いて駅まで帰ろう』

『……歩いて帰れるの?結構な道のりだったけど』

『道はあるから!ちょっと時間かかるけど、山から下りられるよ』


私たちの会話を聞いていた、運行管理スタッフらしきおじさんが声をかけてきます。


『ここから山道を歩いて下りるだなんて、かなり時間がかかるし、無茶だよ。ロープウェイを使ったほうが安全だから』


心配してくれているのは明らかでした。


しかし、N井さんは「あんなの売上あげたくて言ってるだけ」と小声で言って、私の手を引っ張りました。


『歩いて山を下りるだなんて、やめときなさい』


助言を無視して強引にその場から去ろうとするので、この時点から内心不安を感じていました。



※※※※※



掴まれていた手から解放されましたが、周りは完全に山の中で、舗装された道路の両脇には高い木々が生い茂っています。


『今からでも引き返してロープウェイを使おう?』

『歩いても山は下りられるよ』


『歩いて下りたことあるの?』

『…………』


返事はなく、N井さんは実行したことがないのだろうと悟りました。

賢い彼女がこんな無謀なことを言い出すのは初めてです。


何か理由があるのか……。


お金がもったいないと言っていましたが、N井さんは家族のおみやげを買うのも少量でしたし、体験コーナーも吟味して参加していましたので、お小遣いを使い切ってしまったという事態でもなさそうなのです。


その後は、何度話しかけても無言。


どんどん先へ歩いていくので、二人の距離は開いていくばかりでした。


腕時計を見れば1時間経過しており、延々と続く坂道を歩く足首、足の裏はかなり痛くなってきます。


※(中学生時代、携帯電話の管理は親がしていたので、今と違い、常に所持することなどありませんでした)


山を歩いた経験がある人ならお分かりかと思いますが、山道は「下り」のほうが足腰に負担がかかるので大変です。


『ごめん!ちょっと休憩していい?』


かなり先を歩いているその背中へ大声を投げかけ、両手を膝につけて深呼吸を繰り返しました。


『休憩していたら真っ暗になる。早く行こう!』


歩く速度を落としたとはいえ、N井さんは休憩を拒否しました。

暗くなるのを心配しているのなら、なぜ、ロープウェイに乗らなかったのか?


見れば、彼女は道路脇の「けもの道」らしき藪へ入っていきながら、浮かれたような声で『近道を見つけた!』と手を挙げています。



その時、車のクラクションが聞こえていました。



振り返ると、白い外車に乗った男女の二人組がすぐ後ろまで来ていました。運転席のウィンドウが下げられて女性の声がします。


『ちょっと、ここで何してるん?道に迷ったの?』

『……駅まで行くところです』

『駅!?こっから歩いて下りるのに、何時間かかると思ってるん?子供がこんな山道フラフラ歩いて、何かあったらどうすんの!』


声をかけてきた女性は、金髪で派手な化粧をしていましたが、隣の男性は地味なスウェット姿です。


『駅まで送ってあげるから車に乗りなさい。お友達も呼んできて』


地元の人なのか道に詳しそうなので、藪に入りかけていたN井さんを呼び止めました。


『ここから歩きだと何時間もかかるから、あの車に乗ってる女のひとが駅まで送ってくれるって!』

『本気で乗る気なの?騙そうとしてるかもしれないのに』


『騙すって……。中学生を騙して何処かに連れていくとか?あの人は、違う気がするけどなぁ』

『じゃあ、一人で乗ったら?私は歩いて帰る』


まだ歩こうとするN井さんの横を、車が静かに徐行しています。


『ほんまはさっき一回、あんたたちを追い抜いていったんやけど、気になって弟に話したら、「引き返そう」って』

『…………』

『この山な、観光地やけど、人気(ひとけ)のないとこで散策してた人が暴漢に襲われたり、行方不明になってるんよ。そやから、歩いて下りるのはやめとき』


車の後部座席側のドアが開いて、左ハンドルの運転席に乗る女性が携帯電話を差し出しました。


『ウチらが変なことしたら、それで110番したらええから。駅までやろ?送るから乗りなさい』


N井さんは携帯電話をひったくるような勢いで受け取ると、私が後部座席に移動するのを見てから、納得していない表情のまま隣へ乗り込みました。


女性は水商売系の仕事をしているのか、髪を綺麗にセットして、ドレスのような煌びやかな原色の服を着ています。私たち二人が後ろのシートに座ったのを、ミラーで確認して大きく息を吐き出しました。


『地元の人にしか分からないこともあるんよ。せっかく遊びに来たのなら、いい思い出だけ持って帰ってな』


声を荒げることはしないよう、優しく語りかけてきます。

しかし、隣のN井さんは、無表情で携帯電話の画面を凝視していました。


彼女がこんな「メンヘラ」のような行動をするなど、今まで一度もありませんでした。なので、どのような精神状態なのかも分からないのです。


助手席に座っている「弟」さんは後部座席を振り返って、不気味なものでも見るような目で、N井さんの一挙一動を観察しています。


気まずい空気のまま、自動車に乗ってから1時間ほどが経過して、ようやく見覚えのある駅のロータリーへ入りました。歩いていたら2時間以上かかったと思います。


車から離れる前に、N井さんが預かっていた女性の携帯電話を投げるようにして返したのを見て、あまりの無礼さにぎょっとなりましたが、送ってくれたお礼を言ってから一礼しました。


『ありがとうございました。助かりました』

『ええんよ。たまたま見かけたから声かけたんだし。気にしないで』


N井さんは背を向けて車を振り返る素振りも見せず、駅の方へ向かっています。

父親の影響でキリスト教の信者になった彼女は、普段から礼儀を重んじているというのに、車の女性に一言もありませんでした。


白い外車はしばらくしてからロータリーを去って行きます。


どう考えてもおかしいことだらけで、私の知らない間に山の中で何かあったのか、問いかけようと口を開けば、N井さんが食いぎみで不穏な言葉を吐き捨てました。


『お礼なんて言わなくていい。あれは偽善者の自己満足』

『いや、それは言い過ぎだよ。助かったのは事実なんだし』


N井さんの顔は、体が冷えたのか血の気のない蒼白に変っていて、ギラつく両目で睨んできました。


乗る電車の路線が違うため、それぞれの駅へ向かい、結局まともな会話を交わすことなく解散、「卒業記念・春の行楽」はこうして終わったのです。



※※※※



気分が晴れない状態でしたが、休み明けの月曜日、思い切ってN井さんに○○山でのことをもう一度聞きました。


『え?○○山の帰り?……そういえば、めちゃくちゃ眠くてさ。電車で帰ってる途中居眠りしちゃって、終点近くの駅で目が覚めたんだ。でも、お互い無事に帰宅できてよかった』


との返答で、まるで、帰り道のあの悶着を忘れてしまっているようでした。


『お小遣い使い切るつもりだったけど、計算したより余ってるし、もうちょっと買い物できたかも』


会話の最後まで食い下がりましたが、「帰りにロープウェイを使わなかった」「通りかかった姉弟の車で送ってもらった」あの出来事が、彼女の口から発せられることはなかったのです。



※※※※※



中学校3年生の「卒業記念」は不可解な体験として、何年も何十年も、時間だけが経過していました。


あの時、彼女は何を考えていたのか。


なぜ、下りたこともない山で「近道を見つけた」と藪の中へ入っていたのか。


豹変した帰りの彼女は、私の知っている「N井さん」だったのか。



○○山はハイキングコースもありますが、道迷いも少なくありません。

あのまま、N井さんと一緒に道路から離れ、山の中に入っていったら、恐らく遭難するか、最悪、落石や滑落事故に遭っていたかもしれません。



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『あら、それって、下手したら二人ともそのまま山でお陀仏だったかも。拾ってもらってよかったじゃん』


話を聞いていた年の近い従姉は、目の前でのほほんとお茶を楽しんでいます。


『○○山自体は詳しくは知らないけど、あの山で幽霊の目撃談よく聞くし、人間ではない「何か」と遭った人もいるみたい。幽霊なんて街中でも普通にいるんだし、行く途中で拾ったのか、山の中なのか』

『N井さんの奇妙な行動は、「超常的な何か」の影響ってこと?オカルト的な考察だね』


待ち合わせ先にした喫茶店の手作りケーキは、従姉のお気に入りの一つです。ご機嫌取りには持ってこいのお店でした。


自分の実体験などは、たまにこうして別の意見や視点で頭の中を整理する際、理解のある友人や親戚関係に付き合ってもらうことがあります。


『急に人格が変わってしまったような言動も憑き物っぽいし、あなたも途中で気が付いてたんじゃない?』


確かに、突然「歩いて山を下りる」と言い出した時点で、違和感はあったのです。


決定打は「近道を見つけた」と、躊躇なく藪の中へ踏み入った瞬間でした。


明らかに、道ではない深い茂みへ入って行こうとしていたので、姉弟の車が鳴らしたクラクションがなければ、私とN井さんは、山から無事に下りられなかったかもしれません。


『狙われていたのはN井さんだけではなく、あわよくば、「あなた」も連れていくつもりだったのかも』


何処へ連れていくのだろう……。


この山は低山ですが、散策、登山者を中心に、生還、死亡、行方不明を含む年間82件の遭難があります。2024年には○○山系だけで60件の遭難が発生しました。


遭難の原因として多いのが「下り道での分岐」。


道迷いで、山中の伐採や植林のとき木に巻きつける「マーキングテープ」を、山道案内の「標識テープ」と見間違えて、落石や滑落の可能性がある危険地帯に踏み込んでしまう場合もあります。


すべては複数の要因が重なった「事故」である可能性と、「道迷い」の最初のきっかけに、そうではないものが含まれているかもしれません。


『オカルト以外の視点なら、N井さんは、あなたのことを密かに好いていて、記念デートの帰りで心中しようとしていたとか?』

『さすがにそれは飛躍しすぎ。N井さんは他の人の何倍も勉強を頑張って、目標だった女子高に合格してから、新しく始まる高校生活を楽しみにしていた。フラットな性格で、感情的でも衝動的でもなかった』


『それは、一面だけを見たあなたが、想像している「N井さん」では?』

『N井さんはキリスト教徒だよ。自死や人〇し、情死も、最大の罪。教えに背く行為をするとは思えない』


自分のために祈っても何も叶わないけれど、

他者(ひと)のための祈りは必ず形になる。


常々、そう言っていた信心深い彼女が、正当な理由なく、積み上げてきたすべてを台無しにするなど考えられませんでした。


『まあまあ、そんな熱くならないで。可能性のお話だから。それだけお友達を信頼しているのなら、そこを狙った「ナニカ」がいたかもしれないんだしさ』


従姉はシフォンケーキを頬張ってご満悦です。

砂糖なしのミルクティーで口直しをしてから、ふわふわした雰囲気のまま、少しだけ真面目な口調になりました。


『聞いた限りの仮説だけど、山道で声をかけてきた姉弟は、「得体の知れないもの」に気づいたか、あるいは……見えていたのかもしれないね。二人で話し合ってわざわざ道を引き返してくれたのだし。


良心的な姉弟だったとして考えるなら、「道迷い」が発生しかねない危険な状態だと判断して、見て見ぬふりができなかったのでしょう』



通りすがりの姉弟は、山道をさまよい歩く年端もいかない学生二人に、辛抱強く声をかけながら、純粋な気持ちで助けの手を差し伸べてくれたのだと思います。


あの時、駅まで送り届けてくれたことを今も感謝しています。

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◆6(ろく)◆ 茶房の幽霊店主 @tearoom_phantom

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