第5話
「――続いてのニュースです。ネット上で話題沸騰中の『謎の作業員』について……」
朝。トーストを齧りながらテレビを見ていると、ニュースキャスターが神妙な顔で原稿を読み上げていた。
画面には、俺がチェーンソーでエルダー・トレントを「剪定」している映像が流れている。
『この映像、専門家によるとCGの可能性は低いとのことですが……』
『いやぁ、信じられませんね。あの巨大なボスを一撃ですよ?』
『新しい攻略法、あるいは未発見のスキルでしょうか?』
『政府もこの人物の特定を急いでいるとか……』
コメンテーターたちが激論を交わしている。
「へぇ……。最近の清掃業界はずいぶんと注目されてるんだなぁ」
俺は他人事のように呟き、最後のパンを口に放り込んだ。
やはり、環境問題への関心が高まっているのだろうか。森の間伐や水質汚染の改善は重要な課題だからな。俺も業界の一員として、身が引き締まる思いだ。
「さて、行くか」
俺はいつもの作業着に袖を通し、家を出た。
◇
事務所へ向かう途中、昼食を買うためにコンビニに立ち寄った。
レジに並んでいると、店内のモニターから聞き覚えのある轟音が流れてくる。
『ウィィィィィン!!』というチェーンソーの音だ。
「あ! これ! 今朝ニュースでやってたやつ!」
「マジですげーよな。解体神タクミだっけ?」
店員の大学生風の男の子たちが、モニターを指差して盛り上がっている。
ふと、そのうちの一人が俺の方を見た。
「……ん? あれ?」
彼の視線が、俺の顔と、モニターの中の人物を何度も往復する。
「おい、あの人……服装、似てね?」
「え、マジ? ヘルメット持ってるし……ニッカポッカだし……」
「まさか、本人……?」
店内の空気がざわつき始めた。
他の客たちも、チラチラとこちらを見ている。
(……なんだ? やけに見られるな)
俺は自分の服を見下ろした。
あ、袖口に昨日の木屑が少しついている。
(しまった。身だしなみチェックが甘かったか。これじゃあ「不潔な作業員」だと思われてしまう)
企業の裏方として、イメージダウンは避けなければならない。
俺は慌てておにぎりとコーラを会計し、「どうも」と短く会釈をして店を飛び出した。
「ふぅ、危なかった。次からはもっと綺麗にして出歩かないとな」
背後で「ああっ! 行っちゃった!」「やっぱ本物じゃね!?」という声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。
◇
「タクミ君、貴方を正式にVTuberとしてデビューさせます」
事務所に到着するなり、神宮寺社長から爆弾発言が飛び出した。
社長室のソファには、死んだ魚のような目をしたキララちゃんも座っている。
「は……? VTuber、ですか?」
俺は思わず耳を疑った。
「社長、俺は裏方ですよ? 歌も歌えないし、ゲームも下手ですし、第一こんなおっさんが画面に出ても需要ないでしょう」
「需要ならあるわ。山ほどね」
社長はニヤリと笑い、タブレットを俺に見せた。
そこには、SNSのトレンドワードが並んでいる。
『#謎の作業員』
『#タクミを探せ』
『#リフォーム配信待機』
「世界中が貴方を探しているのよ。このビッグウェーブ、乗らない手はないわ」
「はぁ……。でも、顔出しとか恥ずかしいんですが」
「顔出しはしなくていいわ。今の『作業着&ヘルメット』のアバター(ガワ)そのままでいいの。むしろ、それがいいのよ」
社長の瞳が、獲物を狙う肉食獣のように輝いている。
俺は助けを求めるようにキララちゃんを見たが、彼女はフルフルと首を横に振った。
「諦めてくださいタクミさん……。社長は一度言い出したら止まりません……」
「そ、そんな……」
俺が困り果てていると、社長が言葉を継いだ。
「難しく考えることはないわ。貴方は今まで通り、現場で作業をしてくれればいいの。それを『作業日誌』として配信するだけよ」
「……作業日誌?」
その言葉に、俺の職人魂がピクリと反応した。
作業日誌。それは安全管理の基本であり、現場の改善点を記録する重要な業務だ。
「なるほど、日報を映像で残すわけですね。それなら、後の安全対策にも役立ちますし……」
「そうそう! そういうこと! 現場の『リアル』を届ける社会派コンテンツよ!」
社長が畳み掛ける。
うーん、確かに文章で書くより、映像の方が説得力があるかもしれない。これも業務の一環か。
「わかりました。作業日誌をつける感覚でいいなら、やってみます」
「契約成立ね!」
◇
数時間後。
大手動画配信サイトに、一つのチャンネルが開設された。
チャンネル名:**『裏方タクミの現場日誌』**
概要欄:**日々のダンジョンメンテナンスの記録です。安全第一。**
告知が出された瞬間、ネット界に激震が走った。
『うおおおおおおおおおおおお!!』
『本物が来たぞおおおおおおおお!!』
『チャンネル登録した!』
『現場日誌(ボスの殺害予告)』
『安全第一(敵にとって一番危険)』
『初配信いつだ!? 今夜か!?』
登録者数は開設からわずか1時間で10万人を突破。
コメント欄は期待と興奮で埋め尽くされている。
そして、配信開始時刻の20時。
待機所の同接数は、既に50万人を超えていた。
もはや国内トップレベルの数字だが、スタジオに入った俺にはその規模感がいまいちピンときていない。
「すごいですね、タクミさん。同接50万ですよ……」
隣でサポート役として控えるキララちゃんが、震える声で言った。
「50万? へぇ、うちの会社の社員数より多いな。大規模な朝礼だ」
「朝礼じゃないです! 全世界生中継です!」
キララちゃんは頭を抱えている。
俺はヘルメットのあご紐を締め直し、いつもの手袋をはめた。
「まあ、やることはいつもと同じだよ。現場の安全確認と、整理整頓」
「(タクミさん、これ絶対『ただの作業日誌』じゃ済まないですよ……)」
キララちゃんの不吉な予言を聞き流し、俺はカメラの前の席に座った。
「ON AIR」のランプが赤く点灯する。
「よし。今日もご安全に」
世界が注目する伝説のチャンネルが、今、静かに幕を開けた。
次の更新予定
VTuberの配信切り忘れ。裏方の俺がダンジョンを「リフォーム」してボスを瞬殺する映像が全世界に流出した件 kuni @trainweek005050
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