第4話 僕らの魂

 オリバー青年と並んで廊下を歩いていると、「あ、あのっ!」と女の子が駆け寄ってきた。決死の覚悟といった形相で、その手にはリボンが結ばれた包みを握り締めている。足を止めた僕の手に、彼女はその包みを押しつけるように渡してきた。

「これ、よければ食べてくださいっ!!」

「えっ、は、はいっ!?」

 仰天して、思わず声がおかしくなる。

「王都で一番と評判の焼き菓子のお店で、二時間並んで買ってきました! 衛生的で安全して食べられると思うので……いらなければ、馬の餌にしてくださいっ!!」

 真っ赤な顔になった女の子は早口で言うと、僕が口を開くよりも先に身を翻して逃げていく。

 僕はポカンとしたまま、手に残されたお菓子の包みを見た。


(えっ、女の子からお菓子!? 僕に!? 職場のおばちゃんからしかもらったことないんだけど!?)

 学生時代を含め、同年代の女の子からお菓子をもらった経験などない。高校は男子校だったし、大学は男ばかりの剣道サークルに所属していた。女の子との飲み会すらもなかった。非モテ生活が骨の髄まで染みついているため、こういう時にどういう反応をしていいのかわからない。嬉しい気持ちよりも、困惑の方が大きかった。


「オリバー君……お菓子もらっちゃったんだけど……これ、ど、ど、ど、どうすればいいの!?」

 僕は動揺して、隣でいるオリバー青年に助けを求めた。オリバー青年は小柄で背も低いが、女性の保護欲を駆り立てそうな童顔だ。おそらく、僕よりも女性にモテるだろうし、経験もあるに違いない!

 というか助けて。お願いっ!!


「落ち着いてくださいっ! 副団長。顔色が悪くなってます!!」

 あたふたするオリバー青年に言われて、僕は胸を押さえて深呼吸する。それで少しは楽になったけれど、心臓の音は速いままだ。


 その時、「あの子たち、ズルいっ!!」、「クリストファー様にお菓子を渡すなんて、なんて恥知らずなの!!」と、騒がしい声が聞こえてきた。

 どうやら、女性たちがこちらの様子を伺っていたらしい。目をギラつかせて睨んでいる。

「えっ、なに!? もしかして……お菓子もらうの禁止!?」

 うっかりもらうと、収賄罪とかになったりする法律でもあるのだろうか?

「副団長、すぐにここを離れましょう。危険ですっ!!」

 オリバー青年に腕をつかまれて、促されるままに走り出す。女性たちが悲鳴を上げて追い掛けてくるのが見えて、僕もオリバー青年も震え上がる。バッファローの群れに追い掛けられているような気分だった。

 

 廊下を走り回った僕らは、ようやく追い掛けてくる女性たちがいなくなったのを確かめて柱の陰でほっとする。このクリストファー青年はそれほど体力がないらしく、息が乱れる。汗を拭いながら顔を上げると、オリバー青年も疲れ果てた顔をしていた。


「ごめんっ、大丈夫!?」

「ええ……なんとか……びっくりしました……」

「ああ、そうだね。けど、このお菓子……もらってよかったのか?」

 いまさら、返すわけにもいかない。それに、あの女の子がどこの誰なのかすらわからないのだ。捜すのは難しいだろう。


「儀礼局の女の子でしたね」

 オリバー青年が僕が手に持っている包みを見て言う。

「儀礼局? ああ、儀式とか祭典を担当している」

 制服でわかったのだろう。楽師か、踊り子かもしれない。

「戻ったら、お茶をいれてみんなで食べようか?」

 僕が困った顔で笑うと、オリバー青年はなぜかびっくりしたように僕を見る。

「えっ! それ……食べるんですか!?」

「もしかして、勤務中にお菓子を食べるのは禁止?」

 団長の部屋など、酒瓶が転がっていたけどな。それなら、休憩時間にちょっとお菓子を摘まむくらいは許されると思ったのだけど。


「いえ……禁止ではありませんけど……副団長は女性からもらったお菓子をいつも……『何が混入しているかわからない得体の知れない菓子など、毒物にも等しい』と、おっしゃって……手をつけられなかったと記憶しているので」

 オリバー青年はおずおずとそう答える。僕は「えっ、そうだっけ!?」と、視線を彷徨わせた。


 確かに、お菓子を渡してきた女の子に、そんな失礼な暴言を吐いていた記憶が薄ら蘇る。王立魔術学院に通っていた頃はさらに態度が悪く、女の子の目の前で手作りのお菓子を馬の餌にした事もあるようだ。


 なんて、やつだ!

 確かに、この容姿で家柄もいいとなれば、本人が望む、望まないにかかわらず、女の子を魅了しまくっていただろう。学院時代は女の子にやたらと追いかけ回されてうんざりしてもいたようだ。


 非モテ人生しか知らない僕からすれば、憎たらしいほどに羨ましい。けれど、モテる男にはそれなりの苦労があるらしい。渡されたお菓子に、媚薬や惚れ薬が混入されていたことも多々あるようで、そんな経験をしていれば、渡された食べ物を警戒するのも当然といえば当然のことかもしれない。


 この菓子にも入っていない――とは限らないんだよな。そう思うとちょっと、食べるのは怖い。

「じゃあ……えっと、どうしよう……」

「スチュワートさんなら、鑑定魔法が使えるので、怪しいものが入っていたらわかりますよ」 

 へえ、あの会計係のおじさん、そんなスキルも持っているのか。優秀な人なのかもしれない。


「そうか。じゃあ、一応確かめて問題なければ、みんなでいただこう。捨てちゃうものな……ほら、せっかく好意でくれてるんだろうし」

 僕はお菓子の包みを上着のポケットにしまう。


 オリバーがそんな僕を珍しそう目で見ていた。クリストファー青年ならいざしらず、僕は食べ物は粗末にしないと教えられて育ってきた。もったいない精神というやつだ。


「副団長。ちょっと……変わりましたね。オーズリースの森の沼に落ちてから……」

「気を失ってる間に、色々反省したんだよ。態度がよくなかったなって」

 笑みを作ってそうごまかしてみたが、オリバー青年の瞳には不審感が滲んでいる。

 彼は前を向くと少しの間、無言だった。何か悩みか考え事があるのだろうか。

 まさか、僕が本来のクリストファー青年と別人だと気付いたわけではないだろうけど。心臓がドキドキしてくる。


「副団長……すみませんでしたっ!!」

「えっ、急になに? どうしたの?」

「オーズリースの森で事前調査を行った時、底なし沼があることは近隣の村人から聞いていたんです。でも……その報告をしていなくて……副団長を危険な目に遭わせてしまいました!」

 オリバー青年は下を向いて拳を握っている。


「あっ、そうなんだ……けど、沼にはまったのは僕の不注意で、君のせいじゃないだろ?」

「いいえっ、僕のせいです……ちゃんと、報告を上げるべきでした! でも、村人も実際に見たわけではなく、代々言い伝えられていることだからと、その情報を軽んじてしまったんです。副団長が沼にはまったと聞いた時、僕は自分の失敗に気付いていたのに、責任を問われるのが怖くて言わないでいたんです……」


 心に引っかかっていたことなのだろう。オリバー青年はギュッと目を瞑り、今にも泣きそうな顔をして「すみませんでした」と、もう一度謝っていた。

 その肩にポンと手をやって微笑むと、彼が潤んだ目をわずかに上げる。


「今度から、気をつければいいさ。それに、君が調査に赴いていたら、沼に落ちていたのは君だったかもしれない。そうならなくて、よかったよ」

「副団長…………」

 オリバー青年は呟いて、目頭をゴシッと袖で拭う。

「ありがとうございます。でも……やっぱり、副団長はちょっと変わったと思います」

「そ……そうかな?」

「はい。今の副団長の方が……えっと、こんな言い方は不敬かもしれませんが……僕はとてもいいと思います」

「戻ろうか。お茶をしたら、また、掃除の続き……手伝ってくれる?」

「はいっ、喜んで!!」

 彼は嬉しそうに笑って、歩き出した僕の後に続く。


 それにしても――。

 僕とこのクリストファー青年が入れかわったきっかけは、沼に落ちたことらしい。僕がビルから転落したことを思えば、クリストファー青年ももしかして沼に落ちた時に一度、死んでいるんだろうか。


 なんにせよ、命の危機に瀕していたことだけは確かだ。僕の魂が何かの理由でこちらの世界に飛ばされて彼の体に宿ってしまったのだとしたら。この体の本来の持ち主であるクリストファー青年の魂はどうなったのだろう。消えた――のだろうか。

 僕はこの体を乗っ取ってしまったということになるのか?

 僕と彼の魂がもし、入れ替わっていたのだとしたら? 

 彼の魂は転落する僕の体に――。

 ゾクッとして、自分の袖をつかむ。

 僕のせいではない、望んだことではない、という言い訳がどうしても飲み込めない。

 

「副団長? どうしたんです? 顔色が悪いように見えますが……」

「え? ああ、いや。なんでもないんだ。オリバー君。オーズリースの森ってさ……王都から遠かったかな?」

「いいえ、一日で往復できる距離ですよ。最近、魔獣の目撃報告が上がっていたので、僕らが調査を行っていたんです」

 ということは、その調査は僕が沼に落ちたことで中断していることだ。

「まさか、また調査に行かれるつもりですか!?」

 オリバー青年が顔色を変える。

「魔獣の調査は中断しているんだろう? だったら、それは僕らの役目だよ」 


 それに、行けば何かわかるかもしれない。

 僕らが入れ替わった原因が――。




 

 


 

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転生令息の王都美化計画は進まない。 春森千依 @harumori_chie

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