帰宅が世界を救うと知れ ―異世界帰りの勇者は部活動推進委員会に屈しない―
五平
第1話:チャイム、それは終末の合図
キィンコォン……カァンコォン……。
放課後を告げるチャイムが鳴り響く。それは、俺にとっての“終末の合図”だ。いや、正確には「日常の終焉が始まるカウントダウン」といった方がいいかもしれない。
「じゃ、お先にー」
「おー、またなー」
生ぬるいクラスメイトの声を聞き流し、俺は教室を飛び出した。廊下を曲がる生徒たちの流れに乗らず、一番奥の非常階段を駆け下りる。脳裏ではすでに、今日の最速帰宅ルートが構築されていた。
この世界に戻ってきてから二年。俺、如月悠太(きさらぎゆうた)は、何よりも「平凡な放課後」を求めていた。なぜなら、この世界は俺が少しでも『逸脱』すると、すぐに『物語』になろうとするからだ。
「……っ」
曲がり角で、また校内放送が流れる。
「――部活動推進委員会より、全生徒へのお知らせです。放課後は速やかに、所属する部活動へ向かい、青春の充実を図りましょう。無所属の生徒は、各部活動の体験入部に積極的に参加してください」
チッと舌打ちしそうになる。これだ。この『管理』の空気こそが、この世界の均衡を崩しかねない。俺が異世界で魔王をぶっ飛ばして、ようやく手に入れた「平凡な日常」を。
だが、今日の最大の難関は、まだ校門に待ち構えている。
校舎を抜けた瞬間、目に飛び込んできたのは、いつもの賑やかな下校風景だった。だが、校門を挟んだその向こう側には、異様な存在が立ちはだかっていた。
一見すると、うちの学校の制服を着た生徒だ。男女の区別がつかない中性的な顔立ち。だが、その表情は完璧な無表情で、まばたき一つしない。そして、その両目からは、学籍番号と所属部活動を瞬時にスキャンしているであろう、赤い光が細く伸びていた。
あれこそが、部活動推進委員会が開発した対帰宅部制圧用アンドロイド、「Type-B」だ。通称「ブスイ」。
『確認。あなたは部活動に所属していません』
俺が校門に近づくやいなや、ブスイが無機質な合成音声で話しかけてきた。周囲の生徒たちは、いつものことだとばかりに避けて通っていく。
「だから帰るんだ」
俺は立ち止まり、ブスイの赤い光を真っ直ぐ見返した。
『帰宅は非推奨行動です。青春効率が著しく低下します。推奨活動は部活動への参加です』
ブスイの腕がスッと伸び、行く手を遮る。物理的な妨害ではない。ただ、俺の目の前を完璧に塞ぐ。
「青春効率……?お前、何言ってんだ」
俺は思わずため息をつく。異世界で戦った魔王軍の幹部の方が、まだ人情があったぞ。
『データに基づいた最適解です。放課後の無活動時間は、自己成長率を低下させ、将来的な社会貢献度に悪影響を及ぼします。現在、各部活動で体験入部を受け付けております。データに沿った推奨部活動は――』
「うるせえな!」
俺は声を荒げた。
『高音域の発声を確認。感情的な反応は、客観的判断力を阻害します』
ブスイは微動だにしない。
このアンドロイドと、まともに話しても無駄だ。あいつらは、論理とデータでしか動かない。そして、俺がこの世界で部活をする、という選択肢は――
(俺が部活に入れば、また『運命』の歯車が回りだす。サッカー部にでも入れば、俺が覚えた超次元シュートがこの世界で発動するだろう。剣道部に入れば、竹刀が聖剣に変わる。そして、この平和な日常は、再び俺の意思とは無関係に『物語』の舞台になってしまう)
俺が守りたいのは、そんな『物語』じゃない。
ただ、毎日無事に家に帰って、ゲームして、飯食って、風呂入って、寝る。
ただそれだけの、平和で平凡な『日常』だ。
『緊急警報。ターゲット、如月悠太さんの思考パターンに、非論理的かつ世界線変移リスクのある因子を複数検出』
ブスイの赤い目が、一瞬、強く輝いた。
「なに?」
『現在地から半径50m圏内に、特異点が発生。あなたを起点とする因果の歪みが加速しています』
まさか……もうここまで?
たかが校門でアンドロイドに足止めされただけで、世界が反応し始めているのか?
早くここを抜けて、因果の連鎖から逃れなければ。
俺はブスイの無表情な顔を見上げた。
「俺の青春は、今から始まるんだよ。家でな!」
そして、俺は駆け出した。ブスイの横をすり抜けようと、瞬発力に任せて一歩を踏み出す。しかし、ブスイの動きは、俺の残像を捉えていたかのように完璧だった。
『行動予測100%。進路妨害完了』
無機質な声と共に、ブスイの体が完全に俺の進路を塞ぐ。
くそっ、このままじゃ日没に間に合わない。
日が沈むまでに、家に着かなければ。
この世界でたった一つ、俺が全力を尽くすべき『使命』が、今、校門に立ちはだかっていた。
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