甘美的、エバーグリーン・メモリアル・コレクション

Aki、 空き時間に飽きずに執筆

園芸を極めて楽園にしたらドアをブチ破られました。

『ふーっ…ふーっ……!さあ今日もやって参りましたっ!

私と愛しい貴方たちだけのっ…誰にも見せられない秘密の時間です…っ!』


頬はすでに焼き立てのケーキみたいに赤く、胸が高鳴ってドキドキが止まりません。

自室の窓際、ずらりと並んだ鉢植えの前にスカートを畳んで膝をついて陣取ります。


まずは、その手触り。指先をそっと産毛に覆われた肉厚な葉に滑らせます。


「あぁ!なんて…なんてっ滑らかでっ! それでいてこの…跳ね返してくるような

瑞々しい弾力…っ!見てください!まるで植物そのものが私の指を握り返してくれているみたいです!あーもう、これは…可愛すぎて反則ですよーっ!」


あまりの『尊さ』に息を呑み、私は咲いた花の一枚を鼻先に寄せる。


「すんすん…はぁぁぁっ!土の香りと!この…植物特有の、青臭くて、

それなのにどこか甘い芳っ香っな香り!ううぅー脳の奥に直接ガツンとくるなー

…酸素っ酸素がぁー。濃度がここだけ異常に濃い気がします…。」


あまりの幸福感にせいか視界がほんの少しチカチカつきます

――ですがこれだけでは終わりません。


じょうろを手に取り、愛情を込めて水を注ぎます。


トトト、コポポ……


「……聴こえますか?この音……乾いた土が潤いを吸い込んで気泡が弾る…

 歓喜の産声です!貴方の細胞一つ一つにまるで貴方の美を永遠にまで注いだ私の愛でパンパンに膨らんでいくのが手を取るようにわかりますよ……っ!」 


興奮で背中に幸せやそれに似た感情、抑えきれない嬉しさが走ります。

思わず人にはお見せする事ができない恍惚な表情のまま

茎や葉、根元や心身込めた作品を――もう逃がさないみたいに

穴が開くほど見つめ続けました。


「もっと…もっとっ!私を困らせるくらいに…美しく元気に咲き誇って…っ?」


「あぁもうっ!〝園芸〟って…園芸ってっ!本当に…本当にっ!

なんて本当に素晴らしいんでしょうかー!」



---



「はぁ、はぁーっ!さあ、今日は特別な日ですよっ。今日は

貴方達のその!…元気すぎる!『野生』きちんと整えて差し上げますっ…!」


私は、長く古く使い込まれた大事にしている銀色に光る剪定バサミを

何度も布で磨き上げながら、目の前の鉢植えを見つめていました


それはどこの図鑑にも載っていない正体不明の〝拾った〟種から育った植物。

この子をそのあまりの愛らしさから――いえ、それだけではない何かに惹かれて――『ハナ』と名付けました。


「…ハナちゃん…今日もいい子ですねぇー。

今日はその…ちょっと主張しすぎな、恥ずかしい枝を……きれいにしてあげます。

すーぐ終わりますから、じっとしててくださいね?ふふ……っ」


私の指先は期待に震え、吐息は熱を帯びて息が上がります

ハサミを根元へと差し込んだ――その瞬間でした。




「えー? そこ?そこはもっとこう…やさしくしてよ?お願いね?」

「………………え?」



完全に思考が止まりました…今のは風の音? 水の跳ねる音?

いいえ、はっきりと鈴を転がしたみたいな、やけに楽しそうな。

それでいてどこか人を食ったようなかわいらしい声が聞こえてきませんでしたか?


「な、なな、なんで!? いま、喋り…いま、喋り… あぁっ!? 植物が!?

しょ、植物がっ!ハナちゃんがっ! 私と……おしゃべりを……っ!?」


大パニックです!全身に、ぞくりと、甘く危険な震えが走ります

でもそれは決して恐怖ではありませんでした 。


「こんなこと…こんな……夢みたいなこと……。

これ以上のご褒美が、この世に存在するでしょうか……。

いいえ!ありませんともっ……!?」


驚きのあまり私は正気を失いそうになり傍にあった壁の棚に頭をガンガン打ちつけて

乱れたスカートのまま床をぺちぺちと叩いてしまいました、でも

これでもう大丈夫です、裾をはらい整えて立ち上がり手入れを続けます。


「はい?……はいっ!すみませんっすぐに!喜んでっ…!貴方が

もっと美しく!もっと綺麗に育つように!……隅々まで

丁寧にキレイに整えて美しくして差し上げます! 」


パチン、パチンと、剪定用のハサミの鋭い金属音が、軽やかに部屋に響きます。

ハナちゃんの声が、一瞬重く響いた様に声が揺れた気がします。


「んーくすぐったい!」

「そこだめ!そこはやめて!くすぐったいってば!」


その声を聞くたび、頭の奥で、ぱちん、と何かが弾ける音がしました。

頭の内では何かが弾け幸せで満たされていくのがわかります。


「お返し! えいっ!」 

「ひゃっ!?」 


ハナが茎を限界までしならせた瞬間、溜め込んでいた水がふきだして

私の服や体、顔まで走るように降りかかります。 


「きゃっ!? ハナちゃん…ふふ、こんなにびっくりしちゃうなんて…」


顔を濡らしながら、宝物を眺める子供みたいに

うっとりと目を細めました


やがてハナちゃんが実らせた、真っ赤な果実へと手を伸ばします。とても綺麗な色で

今にも弾けそうなほど張りつめていて― それは、この世のどんな芸術品よりも

綺麗な形をしていました、少しだけドキりとするほど完成された形。


「……少しだけ、ですよ?」


その実に手を伸ばしてハサミを使い「収穫」します。

切り口から溢れ出す、濃くて綺麗な新鮮味を感じる濃厚な果汁


それを零さないよう慎重に、大切に口に含みました。


「……っ!! おいしいっ!すごいです なんて甘美で…暴力的な甘みが!

ふふ……ハナちゃん。すごいですね…私たちは

これから一生一緒!離れっこなしですね!」


まるで大切な人からプレゼントをもらう時の様な高揚感。

今、まさにそれと同じ幸福の中にいます。


ふと、部屋の隅から誰かが軽蔑の目で見ているような気がして

この子達が見守ってくれているだけとすぐ結論づけました。


「ふふっ、みんな今日もとってもかわいいですねっ!」


私は幸せそうに笑いながら、次の植木鉢へと視線を移します。


「次はここと…その次は……あっちも。みんな、みーんな

大丈夫ですよ……ちゃんと、元気になるように……

私が、全部…お世話してあげますから……ね?」


私の瞳は、幸福でいっぱいでした。ただ―ほんの、ほんの少しだけ。

光の角度がおかしかったことに、濁った輝きを放っている事に

この時、誰も気づいていませんでした…。



---



「あら……?あらあらあら……?」


私は首をかしげながらハナちゃん達を覗き込みました。

胸がドキリとして、少しだけ声が震えます。


「今日はなんだか…ずいぶんと落ち着いた色合いをしていますね?

その…カサカサした…見た目…もしかして、新しいファッションですか?」


愛しのハナちゃんはかつての瑞々しさをすっかり失い葉も茎もくすんだ茶色に

丸まっていました、私の呼吸が浅くなり、不安になりながら

急いでネットで買った愛用している霧吹きを手に取ります。


指が滑りそうになるのを抑えて吹きかけ続けます。

シュッシュッ!とリズム良く、何度も、何度も。


「さあさあ、元気になって!ハナちゃん!

私の熱い吐息で光合成を促してあげますからね!

はぁーっ、はぁーっ…はぁぁーっ!!」


近くで吐息を吹きかけてあげます、いつもならこれで元気になりますが

いつもと違い、反応はありません。


「…あれ?……ふふ。なるほど、そういうことですか」


私は、なぜか少し安心したように微笑みました。


「さてはハナちゃん、ここまで元気に育った反動で……

 思いきって、『冬眠』を選んだんですね?」


指先が驚くほど冷えていて、いつもと違う自分に気づきそうになり

目の前の『乾燥した命』を抱きしめようと思わず腕を伸ばしました。


満面の笑みを浮かべたまま…私は乾ききった茎にそっと触れ――

〝ぱきっ〟

と乾いた音を立ててそれを折ってしまいました。



「……………」



一瞬の沈黙。



「……あはっ、そ、そうですよね…形あるものは……

 いつか枯れる。それが…自然の摂理です」


ぱっと顔を輝かせました。



「じゃあ 標本作りのお時間ですね !」



まるで図鑑を読み上げる様な声で続けます。


「この一番きれいな瞬間を、永遠に閉じ込めてしまいましょう!」


ルンルン気分で部屋中を歩き回りこれまで大切に育ててきた枯れた植物たちを

集めていきました、宝箱を開ける時のようなときめきを胸に

部屋中を動き回ります、一つ、また一つと、優しく。


針でぴんっと固定し、防腐剤を塗り、透明な樹脂の中にそっと沈めていく作業

〝慣れた〟手順は驚くほどスムーズです。


「あぁ……素敵……」


透明の中で静止したそれらを眺めながらうっとりと息を吐きます。


「こうすれば貴方たちはもう、迷わない。動かないし、喋らないし……

ただ、ここにずーっと在り続けるだけ!」


「私がずっと、ずっと見ていられる……完璧な芸術品です!」


頬を赤らめながら震える手で最後の一針を刺した、そのとき。



「……あ!」



ふと思いつきました。



「そうだ!ハナちゃんたちの〝成果 〟ちゃんと残しておかないとっ!」



私は作業台の端に集めてあった、ハナちゃんが残した赤い果実の名残や

よくわからないけれど〝効きそうな 〟栄養剤

そして標本化の過程で出た、小さな欠片をニコニコ眺めます。


「……もったいないですよね?」


それらを、私はためらいなくミキサーに入れて

考えるより先にスイッチをポンッ!

ガガガガガッ!と景気のいい音が部屋に響き渡ります。


「ふふ……。

元気の素を、ぎゅーっとまとめて……」


ミキサーの中で、色と形が混ざり合っていきます。


「完成ですっ!」


私はグラスに注ぎながら、焦点がズレた目でグラスを眺めます

どろりと濁った液体はなぜか、キラキラ光って見えました。


「これを飲めば私も…ハナちゃんたちみたいに…ちゃんと元気でいられるはずです」


震える手でグラスを掲げ、うっとりと眺めます。

鼻腔をくすぐるのは芳しさと 甘さと

少しだけ鼻につく、重たい強烈な香りが鼻腔を突きます。


私は、迷いなくそれを飲み干しました。


「…………ッ!!」


喉を焼くような熱。

全身にジワりと広がる妙に力強い感覚。


「ふふ…あははははっ!!すごい……すごいです!ハナちゃん!!」


「私、今…最高に…最高に〝植物みたい 〟……っ!!」


幸福感に身を任せ標本たちに囲まれた部屋の真ん中で

ふわっ…と体が軽くなって、そのままゆっくりと横たわりました。


「これで…これで私も、 皆が元気になるまで……ちゃんと、頑張れ……そう……」


その顔はどこまでも幸せそうでした——。




ーーー



「………なんだ、これは?」


静まり返った住宅街に不釣り合いな金属音が鳴り響く

地下へ続く重い扉が工具によってこじ開けられる。


―― 異臭に関する通報。

それ以上でも以下でもない理由で、警察官たちはここにいる。


重い扉を強引にこじ開けた瞬間

内部に溜まり切った空気が外へと噴き出した。


「……う、ぐっ……っ!」


先頭の男が一歩踏み込み視界に入った〝物 〟を見て口を押さえ激しく嘔吐した

手からこぼれた吐瀉物が床に散った。


懐中電灯の光が、ゆっくりと地下室をなぞる。

闇の中にある《温室 》の正体を曝け出す。


壁際の棚には透明な樹脂の直方体


指。

耳。

舌。

—人間だった物の何か。


それらが剥ぎ取られ薄く削がれ丁寧に切り分けられ

樹脂の中に沈められた「パーツ」が狂気的なまでに整然と並べられて

いずれも切断面を正面に向けるよう

丁寧に配置され、固定されている

まるで作品のようにラベルを貼られ陳列されていた。


それぞれに、小さなラベル。

日付。

部位。

そして〝被害者 〟の名前。


「………狂ってる。」


一人の強行犯担当刑事が正気を削り取る様な光景の中、考える

殺人。死体損壊。監禁。これだけ残虐で目に見える範囲でも複数被害、調べれば何人にのぼるのか…報告書を書く事を考えると今から頭が痛い。間違いなく犯人は

極刑を避けられない…と吐息混じりに結論づける。


部屋の横、血溜まりの中に転がっている「個体」を見た時、凄惨な現場を見慣れた

男たちの顔から血の気が引いた。



かつて 「ハナ」と呼ばれていたであろう犠牲者の死体は

四肢は節々から無残に切断され、その切り口からはどす黒く変色している血液が

だらしなく無残さを彩っている。

もはや人体の形を保っていなかった。


四肢は関節ごとに切断され切り口は雑に処理されている

血液は床に染み込み、乾いた部分とまだ粘度を保つ部分が混在していた。


胴体には削ぎ落とされた痕。

抉られた痕。

刃物を入れるたびに〝調整 〟された形跡。



そして、顔。


口は、限界まで開かれた状態で固まっている。


絶叫の最中に喉が破壊され、声帯は裂け奥は黒く変色していた。

眼球は、恐怖によって突出し死後もなお切り刻んだ相手を見続けている。



「……拷問、か?」



違う。

この配置、この処理、この執拗さは——

説明できない。…これはただの殺人じゃない。


刑事たちが視線を逸らした、〝保存液の注入器〟や〝催涙スプレー〟の『その先』

その狂気的な部屋の中心で、一人の少女が倒れていた。


「……だめだ、もう事切れてる………………?…ッッ!……糞ッ!!!!」


1人の警察官が少女の首筋に触れた後

目に移ったあまりの異様な光景に弾かれたように手を引いた。


痩せた体。

乱れのない服。

床に零れた、濁った液体の跡。


内臓は溶け、胃壁は焼けただれ、死は激痛を伴ったはずだった。


―― だが。


「……表情が…… 」


誰かが息を呑む。


唇の端は耳元まで裂けんばかりに吊り上がっている。

少女の顔には、苦悶がなかった。

歪みも、恐怖も、後悔もない。

遺体は服毒の苦しみなど微塵も感じさせず

目は、何かを見つめるように緩く開かれている。


それは幸福そのものの表情だった

死の直前

彼女が。

被害者たちが。

〝見ていたモノ〟は何だったのか。


花園か。

解体された肉体か。

あるいは――

それらが区別できない世界か。


答えは、どこにも残されていない

ただ一つ

彼女の傍らの棚。


ラベルには、小さな文字でこう記されている。



―― 「みんなの一番きれいなとき」



その隣の小さな付箋付きのメモ帳には、鉛筆で丁寧に書かれていた。


『茎の角度:完璧に曲線美

葉の広がり:理想通り

触感:最高

次回はもう少し光を当てて、より『元気』に見せること』


棚の端には、別のメモも重ねられていた。


『赤果実は熟しすぎず、やや小さめで保存すると長持ち

香りが強い部分は眺めると幸せ度120%

次回は枝の配置も少し調整してみること』


棚の近くには丁寧に洗われた女性が好みそうなデザインの小さなカップが置かれ

飲みかけの半分残ったお茶の跡が優しく残っていた。


植物のメモ帳の続き、最後のページに予定として、筆圧が異常に高いよれた字で

『次は新しい種を植えよう!楽しみ!』と走り書きされている。


標本にされた〝作品 〟への、園芸家としての愛情と細やかな指示が、狂気と芸術の境界線を淡々と記していた。


その棚の前に立つ誰もが、笑顔で終わった少女の表情の奥に

計り知れない執念を感じ取った。


見た者の正気を削り取る

純粋で、無垢で、救いようのない満面の笑みであった。


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甘美的、エバーグリーン・メモリアル・コレクション Aki、 空き時間に飽きずに執筆 @Aki_777v

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