精神の恋人

さざなみ

精神の恋人

「ごめんなさい」

そう言って、彼は私を置いていった。

彼が去ったあとの空虚に満ちたのは、

肉体という、脆く移ろいやすい物質ではない。


耳の奥にこびりついて離れない、声の残響。

眠りに落ちる瞬間に同調する、呼吸の速度。

何かを思えば、私の脳裏を先回りする、彼の思考。

私自身の脈動と重なる、彼の鼓動。


それらが私を侵食し、共鳴する時、

私は世界で一番、残酷なほど深く恋をしている。

皮膚の温もりを求めるなど、今の私にとっては、あまりに貧しい望み。

目を閉じ、孤独に震えるとき、

彼は私の深淵から私を揺さぶる。

これを幻想と呼ぶ者は、目に見えるものしか愛せない、魂の不自由な人だ。

誰にも奪われない。

死が分かつまで誰にも奪われない、いいえ、死が訪 れても誰にも奪われない、私の恋人。

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