イギリス人夫は日本語を勉強中
桜庭狐
第1話 2026年の抱負は日本語勉強
2026年が始まった。私たちは日本人の妻(私)とイギリス人の夫の夫婦。小学生の子供が2人いる。私は2013年にイギリスへ行き、2018年から家族で日本移住した。
『新年の抱負』というのは英語にもあって、New Year's resolutionという。イギリス人も「タバコをやめる」とか「ダイエットをがんばる」とか、新年に抱負を立てるのである。
「今年はいよいよ日本語を本気で勉強しようかな」
イギリス人の夫が、控えめながらもしっかりとした口調で、小さく決意の宣言をしていた。夫はイギリスから日本に移住してきてからかなり経つけれど、日本語はなかなか難しく、最近ではめっきり勉強の時間が取れていなかった。新年を機に本気に勉強したい、と思い立ったようだ。
新しい有料の日本語勉強アプリをスマホに導入し、日本語の文法を学び始めた。
私たち夫婦は私のイギリス留学中に出会い、イギリスで結婚した。だから私たちは普段英語で会話している。時々私たちと同じように国際結婚した夫婦の中には、「日本語60%、英語40%くらいかな」など両方の言語を使ったり、どちらも母国以外の国に住んでいて、お互いの思いやりをもってふたつの言語を織り交ぜて会話しているというカップルもいる。
私たちはというと、もともとが2人とも早口でたくさんしゃべるタイプで、出会った時から英語で会話していた。その頃私はもう1年ほどイギリスに住んでいたし、日本語で会話するようなシチュエーションも特になかった。日本に移住してから夫は地域の日本語レッスンに通い始めたが、そのうち時間的に仕事で行けなくなり、そのまま本気で取り組むことなく今まできてしまったのだ。私も積極的に、いざ日本語を教えようとしなかった。
日々に追われていたのだ。
「アプリがやるように急かしてくるから、早く今日の分もやらないと」と夫がつぶやき、私もそのアプリの画面をのぞいてみた。
「見る」「飲む」「聞く」などの動詞を、「ます」という丁寧な敬語に言い換えをしましょう、という問題だった。漢字が読めない時は、ボタンを押すとひらがなのふりがなが出てくるようになっているし、可愛いイラストもついているから分かりやすい。
「見ます」「飲みます」、漢字が分からない時は「ききます」とひらがなにして、順調に答えていっている。
「わ、これはなんだっけ」
そう言ってちょっと迷っている夫の手元を見れば、
「する」。
「する」を「ます」をつけて言うには、「します」
これはちょっとしたイレギュラーと言えるだろう。しばらく迷って夫は、
「すぃ?(si)」
と言ったので、「し(shi)ます、ね」と言った。
「あ〜、そうだった!します、だ」と、とても悔しそうな夫。
「まあ、敬語じゃない動詞で言ったって日本人は理解するから、そんなに気にしないでもいいんだよ。どっちで言っても」と私は言った。
日本語では主語は抜かしがちだから、「I」である「わたし」や「ぼく」を言わなくても意味が伝わる、とこれも伝えているけれど、なんせ母国語の英語では「主語を抜かす」ということはないので、どうしてもセリフは「わたしは…」で始まるのである。
「わたしは、ねます」
勉強し疲れた夫は、12時をまわった頃ため息混じりにそう言った。
日本語は英語圏(欧米)の人にとって難しい。
私ももうちょっと良い教え方はできないのか、と思う。
むしろ私は日本語のことを説明できるほど日本語を理解しているのだろうか?
「あのさ」ってどういう意味?
と夫に聞かれた時に、「とくに意味なんてないけど」と言って「Ahh!?」と文句を言われながら、つくづく疑問に思う。
「私は日本語を説明できるほど知らないのではないか?」
新年を迎えて私も気持ちをあらたに、日本語にも向き合っていきたいと思ったのである。
イギリス人夫は日本語を勉強中 桜庭狐 @kitsunekana
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