同調
隼(ハヤブサ)
同調
その客は、どこの飲食店でも歓迎されていた。
退店時に「ごちそうさま」と声をかけるのはもちろん、店員が食器を下げやすいようにテーブルの隅へ寄せておいたり、テーブル全体を軽く拭いたりするからだ。
当然、従業員からは人気がある。
また、その振る舞いを見て、他の客がまねをすることさえあった。
ある日、その客は行きつけの店で食事をしていた。
しかし、どうにも気分が悪い。食欲がない。熱もあるようだ。
罪悪感はあったが、食事を残し、支払いを済ませて店を出た。
次の日、何気なくSNSを見てびっくり。
見覚えのある内装、見覚えのある食器、見覚えのある食べ物の写真が投稿されている。
「マナー悪くて草」の一文とともに。
たくさんのいいねと、たくさんのコメント。
「今どき、常識がなさすぎる」
「食器も寄せておかないなんて」
「自分が頼んだ食事を残すとはどういうことか」
「おれが善意でやっていたことは、いつの間にか、やって当たり前になっていたのか」
もはや誰にとっても、外食は気分転換ではなかった。
ちょっと挨拶をしそびれただけで、周りから眉をひそめられる。
ラーメン屋などカウンターがある店では、食器を上げるのが当たり前。
食事を残そうものなら、従業員から怒鳴られる。
文句を言いかけた人間は他の客に動画を撮られ、SNSに晒され、特定が始まる。
さらには誰が言い出したのやら、「食器は自分で上げ下げするべきだ」という投稿をきっかけに、セルフサービスが主流となった。
すると今度は「自分が飲み食いした食器は自分で洗うべきだ」と誰かが言い出して、みんな厨房に上がり込んで自分の皿を洗うようになった。
それが当たり前となった頃には、「そもそも、自分の食べたい物を人に作ってもらうとは何事か」という意見が支持を集め、厨房は客でいっぱいに。
もはや店のやることは、場所の提供と、食材の確保だけ。
こうなっては従業員もいらないと、オーナーはこぞってリストラを始めた。
出来心で「マナー悪くて草」と投稿した元アルバイトは、涙目でつぶやく。
「こんなことになるなら、投稿なんてしなければよかった。同じ給料で仕事が減ってラッキーだったはずなのに、仕事がなくなっちゃ本末転倒だ。まさかセルフサービスどころか、飲食店の中で客が料理するのが当たり前になるとは思わなかった。ぼくはあの投稿が予想以上にバズって以来、怖くて何も投稿していないのに」
くだんの客はほくそ笑んだ。
「おれの善意を当たり前だと思うから、こんなことになるんだ。それにしてもあんなバカな投稿を世間が本気にして、業界全体が激変するとは思わなかった。本当に、SNSさまさまだな」
同調 隼(ハヤブサ) @hayabusa_0201
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