第10話:拾った責任――ポッドの中の“生存者”



 ◇◇◇


 ハッチのロックが外れる音は、思ったより小さかった。

 けれどシグの心臓は、その何倍もうるさく鳴っていた。


「……よし。開くぞ」


 シグが言うと、エミーが即座に釘を刺す。


『船長、近づきすぎない。まずは“空気”』


「はい先生!」


『先生言うな!』


 ミラが淡々と手順を表示する。


「残留粒子:低下。毒性反応:なし。微弱な帯電ダストあり」


「帯電ダストって何!? 嫌な響きがする!」


「静電気です」


「急に身近!」


 エミーがハッチの縁に小型センサーを貼り付ける。


『…よし。開ける。ゆっくり』


 金属がきしみ、救命ポッドの外装が少しずつ開いた。


 中にいたのは――人間だった。


 細身で、若い。二十代前半くらい。

 

 宇宙服はところどころ焼け、胸元の識別プレートが半分欠けている。

 顔色は悪いが、胸が微かに上下している。


「生きてる……!」


 シグは思わず声を上げ、すぐ自分で口を押さえた。


「……いや、うるさい。起こしたら悪い」



 ガル船長の声が通信から震えて混ざる。

『そいつ……うちの乗組員じゃない。だが……助かる命だ』


「助けます。助けるに決まってる」


 シグは即答して、またツッコむ。


「……俺、即答しすぎだな? いやでも即答するでしょこれ!」


 ミラが静かに告げる。


「生命兆候:安定。ただし脱水と低体温」


 エミーが舌打ちした。


『応急処置する。船長、医療キット取って』


「了解! 俺、運び屋だけど今は救急隊!」


(いや救急隊じゃない!)


(でも今はそれでいい!)


 シグが医療キットを抱えて戻ると、エミーは手際よくカバーを開き、保温シートを取り出して生存者に巻いた。


首元の接続を確認し、酸素供給ラインを繋ぐ。


「……慣れてるね」


シグが言うと、エミーは目だけで笑った。


『辺境は、壊れた人も壊れた船も来る。直せないと死ぬ』


「先生の言葉、たまに重い!」


『先生言うな』


ミラが補足する。


「外傷は軽微。神経系への微弱な干渉痕があります」


「干渉痕?」


 エミーの手が一瞬止まる。


『……霧のやつ?』


「類似」


 ミラの答えは短い。


 そのとき、生存者の指がわずかに動いた。

 唇が震え、かすれた声が漏れる。


「……だれ……」


「おっ、起きた!」

 

シグが前に出そうとして、エミーに肩を掴まれて止められた。


『近い。圧、かけすぎ』


「はい!」


 シグは一歩下がって、なるべく明るい声を作った。


「大丈夫! ここは安全! ……たぶん!」


「たぶん言うな」


 エミーのツッコミが即飛ぶ。


 生存者は薄く目を開き、ブリッジをぼんやり見回した。

 

そして、ミラの姿を見て一瞬だけ怯えた顔をした。


「……AI……?」


「うん、AI。うちのミラ。優秀で、たまに言い方が怖い」


「通常です」


 ミラが即返して、シグがすぐツッコむ。


「ほら怖い!」


 生存者は息を吸い、やっと名乗った。


「……レイ……レイ・ハーグ……」


「レイね! 俺はシグ! 運び屋! 今日も元気!」


(元気じゃない!)


(でも明るく!)


 エミーが低い声で言う。


『レイ。聞けるか。ポッド、誰に仕込まれた?』


 レイは眉をひそめ、苦しそうに首を振った。


「……わからない……気づいたら……白いのが……」


「白いの=霧ね」

 

シグが口を挟むと、エミーが睨む。


『船長、黙って』


「すみません!」


 レイの目が泳ぎ、言葉が途切れ途切れになる。


「……補給船……違う……誰かが……“回収”……」


 その単語に、ミラの声が僅かに硬くなった。


「回収、という語彙を確認」

 

シグは背筋がひやりとした。


「……回収って、何を?」

 

レイは震える息で言った。


「……人……じゃない……“記録”……」


 エミーが顔を上げる。


『記録?』

 

レイは指先で自分のこめかみを叩いた。


「……頭……見られてる……」


 ブリッジの空気が一段冷えた気がした。

 でもシグは、わざと明るく言った。


「見られてるって言ってもさ、俺、今めっちゃ汗かいてるから恥ずかしいよね」


 エミーが呆れた。


『船長、そういう場面じゃない』


「分かってる! 分かってるけどさ! 空気が重いと俺が死ぬ!」


 ミラが静かに続けた。


「船長。ポッド外装に、微弱なビーコン信号」


「ビーコン!?」

 

エミーが即座に吐き捨てる。


『追跡タグだ。つまり……私たち、拾った瞬間から“見つけてもらえる”』


「最悪の親切!」

 

シグは叫んで、すぐに自分でツッコむ。


「親切じゃない! 罠だ!」


 ガル船長が通信で低く唸る。


『……だから救難信号も出せないように壊すのか。最初から“狩り”だ』

 

 シグは歯を食いしばった。


「……ふざけんなよ。命を釣り餌にすんな」


 エミーが手早く指示を飛ばす。


『船長、決断。ビーコン切る。外装ごと捨てる』


「でも、ポッド……もう一つある!」

 

 ミラが答える。


「もう一つにも同型の信号」

 

 エミーが即断する。


『両方だ。中身だけ救って、殻は捨てる。いま!』


「中身だけって……」

 

 シグはレイを見た。


 レイはまだ立てない。けれど目だけは必死にこちらを追っている。


「……おれ……迷惑……」


「迷惑じゃない!」

 

 シグは即答して、さらに明るく言い切った。


「運び屋はな、荷物が増えるほど燃えるんだよ!」


(いや燃えると危ない!)


(でも今は言わせて!)


 エミーが短く笑った。


『いいから運べ、船長』


 ミラがタイマーを出す。


「信号強度、上昇。何者かが受信を開始した可能性」


「来る!?」


 エミーの声が低くなる。


『来る。だから急ぐ』


 シグはレイの身体を慎重に抱え上げた。

 軽い。軽すぎる。

 それが余計に怖い。


「よし、レイ。揺らすなって先生に言われてるから、俺にしがみつけ」


「……先生?」


「エミーのこと。怒るから、直接言わないで」


「船長!」


『聞こえてる!』


「すみません!」


 エミーはポッドの外装側を切り離し、ビーコンごと投棄する準備を整える。

 

 小惑星の影からそっと外へ押し出し、漂流物に紛れさせる――はずだった。


 その瞬間、ミラが鋭く言った。


「接近反応。先ほどのドローンと同型。距離、縮小」


「うわ、早い!」


 エミーが叫ぶ。


『船長、投棄は後! まず離脱!』


「離脱了解!」


 ホシマルがゆっくりと加速し、小惑星帯の影を抜ける。

 背後で、投棄した外装が光を反射した。


 ミラが淡々と告げる。


「追跡者の進路が外装へ。ビーコンに誘導されています」


「よしっ!」


 シグは思わず拳を握った。


「囮成功!」


 エミーがすぐ言う。


『喜ぶな。相手は学習する』


「先生、喜びを許さない!」


 レイが小さく呟いた。


「……また……来る……」


 シグはレイの肩を軽く叩いた。


「来てもさ、逃げる。俺たち、逃げるの得意だから」


 エミーが即ツッコむ。


『誇るな』


「でも今日の俺、ちょっと誇っていいでしょ!」


 ミラが静かに追加した。


「船長。レイのポッド内部ログに、断片データ。座標と、企業識別の欠片」


「企業?」


 シグは眉をひそめた。

 楽しい冒険の裏側から、嫌な匂いがはっきり漂ってくる。


 エミーが目を細める。


『……船長。これ、ただの海賊騒ぎじゃないね』


「うん。分かる。分かるけど――」


 シグは笑って、いつもの調子に戻す。


「まずはさ、レイを生かす! それが“拾った責任”ってやつだ!」


 ミラが淡々と締めた。


「目的地を再設定します。スパー・アウトポストへ帰還」


 ガル船長の声が少しだけ安心したように混ざる。


『……助かった。恩に着る』


「恩はあとでいい! 今は全員、生きて帰る!」


 ホシマルは、薄暗い宙域を抜けて加速した。

 

その背後で、囮の外装にドローンが取り付き、無言で“回収”を始めていた。





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 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 物語は、まだ続きます。


 次話、「第11話:帰還――基地の灯りと、データの棘」です。

 1/19(月)更新予定です。


 現在連載中の長編ダークファンタジー

『人間を捨てた日、異界の扉が開いた』も更新しています。

 よろしければ、お読みください。

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50歳、銀河で青春やり直します!~クエストも寄り道も、全部アリ!~ 影守 玄 @Kage01

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