順番

百合未

順番

 僕は、順番を守る人間だ。

列に割り込まない。規則を破らない。

 だから自分は、まともな側だと思っている。

 その日、駅のホームで人が倒れた。混雑していた。誰かが咳き込み、誰かが舌打ちをした。倒れた男は動かない。周囲は一瞬ざわついたが、すぐに距離を取った。


 僕は、まず掲示板を見た。


 ――現在、救護対応中。

 ――駅員の到着までお待ちください。


 順番がある。


 誰かが言った。

 「大丈夫ですか?」


 返事はなかった。


 僕は腕時計を見た。次の電車まで三分。ここで動けば、乗り換えに失敗する。今日は重要な面談がある。遅刻は評価に響く。


 それに、もう対応は始まっている。

 掲示板にそう書いてある。


 誰かがスマートフォンを取り出した。

 動画を撮っているらしい。


 「誰か、助けないんですか」


 若い声がした。

 僕は、少し苛立った。


 感情で動く人間は、たいてい迷惑だ。

 だから社会は、順番と規律を作った。


 僕はその声に向かって言った。


 「今、駅員さんが来ますから。

 余計なことをすると、かえって混乱しますよ」


 周囲がうなずいた。

 安心した空気が広がる。


 倒れた男の指が、わずかに動いた。


 でも誰も動かない。

 正しく待っているからだ。


 電車が来た。

 僕は、迷わず乗った。


 車内でニュースを見た。

 「駅構内で男性死亡。対応に問題はなかったと発表」


 問題はなかった。

 それが、重要だ。


 面談はうまくいった。

 評価も上がった。


 数週間後、会社で「模範的行動賞」をもらった。

 緊急時に冷静だったことが理由らしい。


 拍手の中で、僕は少し誇らしかった。


 その帰り、ホームでまた人が倒れた。


 今度は、僕だった。


 胸が苦しい。視界が暗くなる。

 助けを呼ぼうとしたが、声が出ない。


 床に座り込むと、靴が視界に入った。


 誰かが言った。


 「駅員さん、呼んだほうがいいですよね」

 「ええ、今、掲示板に……」


 掲示板が見えた。


 ――現在、救護対応中。

 ――駅員の到着までお待ちください。


 順番がある。


 よかった、と思った。

 これで誰も、余計なことをしない。


 最後に聞こえたのは、

 電車の到着を知らせる、明るいアナウンスだった。


 人々が、速やかに、電車に乗っていく。

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順番 百合未 @yurimi22

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