2-4 巻狩り
山入りして三日目。
山の作法や山言葉も一通り頭に入ってきたところで、金五郎たちコマタギは熊狩りに参加することを許された。
役割は大きく分けて三つ―――ムカイマッテ、射手、そして勢子である。
ムカイマッテとは、指揮官である。猟場全体が見渡せる向かい尾根に陣取り、大声で指示を出す役で、これは主にシカリが務める。
射手は今回五人。
残りは、陽蔵が頭を務める
勢子は熊が潜む沢の下方から、おのおの百間あまり(※約200メートル)の間隔を空けて並んで立つ。こちらは射手より間隔が広く、地形の高低差や木立による視界不良もあって、互いの姿が見えない。
コマタギたちはみな、初めての実践になるので、各自先輩マタギと二人組を組んで配置につくよう命じられた。
金五郎は、陽蔵の長男の陽一と組まされることになった。去年の秋、玄馬と一緒に「鞍馬」を踊った、すらりと背の高い、姿の良いマタギである。
「よろすくお願ぇしまぁす」
金五郎はコナガエを両手で持ち、ぺこりと頭を下げた。
陽一はどこか悪戯っぽい表情でニヤリと笑い、「頼りにしでるぞ、弁慶」と言って、金五郎の肩を叩いた。いつか金五郎の漏らした陰口は、とっくに本人の耳に入っていたようである。
「巻き」は、勢子頭の鉄砲を合図に始められる。
金五郎は陽一とともに、コナガエ片手に林の中に立ち、その時を待った。
「お前だつ、
待っている間に、陽一からそう聞いて、金五郎は素直に嬉しくなった。
「玄馬と約束したんだ。おら達、数合わせで入れられただけだから、どうせ誰も期待なんかしてねんだって。んだがら、逆にうんと手柄立てて、みんなの鼻を明かしてやろうって」
本来ならばわざわざ口にするのは憚られる内容だが、金五郎は気づかずペラペラとしゃべってしまう。
陽一は片眉を跳ね上げた。
「数合わせなんて、そんたなごど誰が
「別に誰でもねけど……玄馬がさ、多分そうだって。最近、産火が出て、春熊狩りに参加でぎね人が何人もいだんで、人手が足りねんだって」
金五郎は屈託なくそう言ったが、陽一は思いのほか真面目な顔になって、しばしじっと金五郎の顔を見つめた。やがて、彼はどこか痛ましげなしかめっ面を俯けた後、切り替えるように尾根の方に視線を移した。
勢子頭の鉄砲が鳴り、巻狩りが始まった。
陽一と金五郎は、「ホーレェ、ホーレェ」と熊追いの声を上げながら、ゆっくりと坂道を登り始める。二人の位置からは、今のところ熊は見えないが、この大きな囲いのどこかには潜んでいるのだろう。
「金五郎。此度の春熊狩り、本マタギは何人だ?」
出し抜けに陽一が尋ねてきたので、金五郎は両目を瞬かせた。
「えっと……十六?」
「んだな。シカリを除けば十五。その内、五人が射場、十人が勢子さついでる」
「うん」
「本当なら、権六さんと芳治さんの二人が加わって十二人で勢子さするとこを、十人だげでやるわけだな。代わりに、お前だつコマタギが五人加わる」
「うん」
「んだども、初マタギの
「ええと……十」
あ、と金五郎は声を上げた。
「な。お前だつが入ったからって、人手が増えるわげではなかろ。半人前っていうのは、そういうごどだ」
金五郎は自分の身体がちょっぴりしぼんだような気がした。なんだかんだで、こうして巻狩りに参加しているだけでも、レッチュウのみんなの役に立っているという自負があったのだが、思い上がりだと突き放されたような感じだ。
陽一は怒ってはいないようだが、甘くもない声音で、きびきびと続ける。
「人に物ば教えるってのは、案外手間も暇もかかるもんだ。お前だつコマタギの面倒ば見て、怪我などしねように目配りしでだら、数合わせどころか、余計に手が足りねぐなる。だども、シカリは、お前を、こごさ連れて来た。なしてだ?」
「……わがんね」
「馬鹿」
やや不貞腐れた金五郎を、陽一は苦笑交じりに軽く小突いた。
「少しでも早く、息子にマタギの仕事ば教えるためでねが。そんたなごど、息子が可愛くねぐて、するはずがね。シカリはな、お前のごど、大事にしてるよ。どうせとか、数合わせとか、そっだら罰当たりなごど、言うもんでね」
金五郎はしばらく項垂れて陽一の言葉を噛みしめていたが、どうしても気になることがあって顔を上げた。
「だども……んだどもさ、荷物運びと炊事の仕事は?」
「ま、それはそれ……これはこれだなや」
陽一は、ついと明後日の方向に視線を逸らした。
要するに、玄馬も陽一も、半分ずつ正解というわけなのだろう。
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氷晶の朝 ~マタギ金五郎奮闘譚~ 伽藍 朱 @akinokonasu
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