全員が驚いて店の入り口を見る。


そこには、1人の女子高生が立っていた。


自分で染めたらしい汚い金髪と、自分の醜さを引き立てるような厚化粧が特徴的な少女だった。


たっぷりと身に纏った安物の香水のにおいが、店内の焼きたてのパンの香りを塗り潰す。


次の瞬間、少女が16歳にあるまじきヤニで黄ばんだ歯を剥き出しにして、周囲を威嚇するように怒鳴った。


「邪魔だよ!!どけよ、ババアども!!」


「ひっ。」と、2人の常連客は小さな悲鳴を上げ、トレイを投げ捨てるようにして店から出ていってしまった。


史郎は客を引き止めることも出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


その時、店内と厨房を繋ぐドアがこれまた乱暴に開いて、中から厨房服姿の40代の女性が出てきた。


「美春!!あんた、店の入り口から入ってくるんじゃないって、何べん言ったら分かるの!!」


「うっせーな、クソババア!!自分の家にどこから入ろうが、私の勝手だろうが!!」


直後、母と娘の壮絶な口喧嘩が始まった。


それは仲裁に入る隙間もないほど激しい罵詈雑言の応酬で、やはり史郎は呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。


その時だった。


史郎の足元にいた小さな女の子が、おずおずと口を開いた。


「おじさん……ゆーこのちょろろこーね、くだしゃい……。」


すると、女子高生はあろうことか3歳の幼児にも容赦なく噛みついた。


「うぜーよ、クソガキ!!蹴っ飛ばすぞ!!」


「美春!!!!」と、女子高生の母親がますますヒステリックに目をつり上げる。


それから、娘の腕を掴んで強引に厨房へと引きずっていき――……そして、ここでも史郎はただ立ち尽くして、その姿を見送ることしか出来なかった。


ドアが乱暴に閉まり、今度は厨房で親子喧嘩の第2ラウンドが始まる。


もちろんその声は丸聞こえで、店内に平穏が戻ったとは言い難い。


史郎は何だか情けない気持ちで、唯一残った客に向かって曖昧な笑みを浮かべてみせた。


「い、いやぁ、すみません。お恥ずかしいところお見せしてしまって……。」


しかし、目の前の美しい女性は何事もなかったように答えた。


不良娘の恫喝に怯えた様子も、娘を罵倒されて怒っている様子もなく、ただ静かに一言。


「お会計をお願いします。」


「えっ。」


見ると、カウンターのコイントレイに1000円札が乗っていた。


女性の美貌はまるで動じることを知らないみたいに、さざ波ひとつ立てず凪いでいる。


その凛とした佇まいは、史郎にとってまさに理想の『妻』であり『母』だった。


そして、無邪気で愛くるしい理想の『娘』は、反抗期を迎えても決して美貌の母親のことを『クソババア!』と罵ったりしないのだろう。


もちろん、父親のことも『汚い!近付くんじゃねーよ、クソジジイ!』などと言って蔑んだりしないに違いない。


史郎がパンを紙袋に詰めていると、厨房の方で何かが割れる音がした。


女同士の口論は遂に取っ組み合いにまで発展したようで、飛び交う怒号の中には悲鳴のようなものまでまじり始めている。


史郎は厨房内の様子など想像したくもなく、眼前の『理想の妻と娘』に現実逃避した。


そして、自分の背後で互いの肉体と尊厳を傷つけ合っている『現実の妻と娘』のことをこう思った。


醜い女共だと。




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MOTHER y. @wa-i-waiwai

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