一輪の花が去る前に(仮)

エリーゼ

第1話

※この作品はフィクションです。実在する人物、神話、宗教とは一切関係ございません。また、この作品は宗教的差別を助長する目的で制作されたものではございません。あらかじめご了承ください


 プロローグ

全地は同じ発音、同じ言葉であった。

彼らは互に言った、「さあ、れんがを作って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。

彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。

時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた、「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないだろう。さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。

こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。


引用:創世記11章


第一章

[かつて古代バビロニアの町には、路地を闊歩し、草を噛み千切り、土を貪る貧民が蔓延っていた。]

「おじさん!!またアゲハの奴らが盗ってったって!」

「あ!?待ちやがれこの盗人が!!」

店主らしき人物がこちらに向かって全力疾走する。

「はっ…はっ、ちきしょう、早ぇなアイツらぁ!!!」

「てめえがノロマなだけじゃね〜のぉぉぉ!?」

「ピーッハハハハハ!!!」

「フヒヒ!!笑い方やっばぁ!!」

「オラ周りなんか気にすんな!飛ばせ飛ばせぇ!!」

「皆、こっちだ!!」

「「「「サンキュー!」」」」

[そして彼らは徒党を組み、その命を繋ぐために日々ありとあらゆるものを盗んでいった。]

「ふぅ、一件落着だね」

「ニ〜コ〜ラ〜スゥ〜!!お前、相っ変わらず足が速くて体力も自信アリ、おまけにツラも良くってよぉ…嫉妬しちまうぜっ!!アォ!!」

「おおハラク、そっちも終わった?」

「終わった?じゃねぇよ!!とっとと食わせろっ!!そっちの組の方が盗ってくるもんがセンスあるし、たらふく食えるしなぁ〜。…あと俺は先輩だっ!!何回言えゃわかる!!」

「はいはい…ハラク先輩かっこいーー」

ハラクは俺が貧民街に来る一日前からいる行き場を失った貧民の一人で、俺にいつも先輩風を吹かしている。いつもやかましい。ちなみに俺は一度もこいつを先輩と認めたことはない。

「てかたかがベーグル二十個くらいならバレずに盗めたんじゃね?」

俺らのグループの一人が不満そうに呟く。

「オメーが腹鳴らしたからだろぉ!?」

ガタイのいい大男が一人のひ弱な青年に詰め寄る。

「しょ、しょうがないじゃないですかあれは!!」

「まあまあまあ、結果オーライでしょう。そんなに怒鳴り合ってたらせっかくの戦利品も不味くなっちゃうし」

「…ニコラスの言うとおりか。すまねぇな」

「あっ、いえ…僕の方こそ、ごめんなさい。」

そうして俺たちは今日も"我が家"へ帰ってきた。

「おーい!!」

奥で大柄な男がこちらに呼びかけている。

「はぁーい!!」

ハラクは一目散に彼の元へ走り寄る。

「はぁ…はぁ…走るだけで疲れちまうぜ…どうしたんすか、ヴァーグンさん!!」

ハラクはかつて飢え死にそうになってたとき、ヴァーグンさんに命を救ってもらったことがあって、その時から生まれて初めての恩と縁を感じ彼の呼び掛けには真っ先に駆けつけるようにしている。

「このガキが膝擦り剥いちまったらしくてよ…どうしたもんか」

ハラクに続いて来てみると、まだ幼い少年が膝から血を流していた。新しくできた傷の他にも治療していなさそうな傷が体中にあり、そのいくつかは化膿し始めている。

「なんて傷だ…」

俺はどうしたものかしばらく悩んだあと、あることを思い出した。

「ハラク、ミルクとハチミツ持ってきて。」

「はぁ…!?」

「良いから早く、ほら頼みましたよ先輩!!」

「せっかく走ってきたのにぃ〜…分かったよぉ!!今持ってくる!」

そうして彼はまたミルクとハチミツを探しに駆けていった。

「…何に使うんだそんなの」

「ミルクをかけて消毒してからハチミツを塗っておくと傷の治りに速く効くんですよ」

「はぁ…はぁ…持ってきたぜ…」

「おう、さんきゅ」

俺は昔あの人から教わった応急処置を小に少年に施してあげることにした。

「ほら、これでよし」

「ほお…そんな術があったと…」

「うおおお!やっぱニコラスはあったまいいなぁ!!」

俺はハラクの抱擁を躱し賛美だけをしっかりと受け止め自分のベーグルを食べに戻ろうとした。

「あ…あの!!」

少年が呼び止める。

「ん?」

「助けてくれて、ありがとうございます…」

「うい、どういたしまして」

少年はまだこちらに視線を向けていた。

「…?どした?」

「…良かったら、僕にも手伝えることがあれば手伝います!!僕を思う存分!奴隷のようにこき使ってください!!あ、でもこんな木偶の坊…使い物にならないか…アハハ…」

「……」

なんで昨今の貧民街はこうも人の良い輩が迷い込んじまうんだ…

俺は数秒間天を仰ぐと黙って金の詰まった袋を少年の目の前に放り投げた。袋はカサッ…と軽い音を立てて目の前に落ち、彼が包の中を覗くと目を丸くして俺に言った。

「いやいや、受け取れませんこんなの!!」

袋の中身は俺が必死に盗みを働いていて貯めた大金だった。

こういうシチュエーションではどういう言い方が好ましいのかわからなかったが、

「…行け。」

「でも」

「いいから行け!!ガキは元気でいるのとありがとうとごめんなさいが言えりゃそれで良いんだよ!その金でいいもん食って怪我治して。そんで…俺等の分まで、お前が幸せになってくれ。」

俺らみたいな思いする奴がこれ以上増えなければもうそれで良い。だから俺は必要悪やってんだ。

「…ほら!行った行った!!」

少年は目に涙を浮かべて

「……ありがとう…ありがとう!!」

一礼して去っていった。走っている彼が抱きかかえる袋の中から何枚か落ちた紙幣を貧民街の仲間が拾い上げ俺のもとに持ってきながら、

「なんてアツい男…」

「ううっ……!!うぅぅぅ"ぅ"ぅ"ぅ"」

「グスッ…ハラル泣き声汚え……フヒッ」

「てめえこんにゃろおお……!!!今いいムードじゃねぇかよおお……」

まあ、皆から褒められたならそれでよし。

「…よくよく考えたらさ」

ハラルが改まった顔で俺に言う。

「おん」

「はちみつとミルクもったいなくね?」

「ちょっとさあ〜」

「お前のが空気台無しじゃねぇか!!」

「命救えたからいいんだよ!はい気にしたら負け次行くぞ!」

「えさっき行ったばっかじゃんかぁぁ!!」

そんな和んでいるムードを背に、俺は集団と距離を置きみかんを貪りながら苦悩していた。

ハラクのあれといい、俺といい、さっきの少年といい、どうしたもんか…………

俺たち盗人集団、人呼んで「アゲハ」はこうして日々の生活を耐え凌いでいる。苦しいし、惨めだし、なんで俺がこんなことをって何度思ったか…しかしこうでもしないと生きていけない、現実に頭突きしなきゃ生き残れない。そこにはもはや希望も将来も何もない。もともと死にゆくはずだった者共が何とか命を繋いでる…ここはそういう場所だ。俺も、ハラクも、ヴァーグンさんも、ホントは死んでたかもしれないんだ。金の隔たりを超えた薄氷のような友情で、俺たちは成り立ってる。

そこら辺の奴らが夢の妥協を繰り返す間、俺たちは生きるために夢も希望も捨てて必死にもがいてたんだ。

俺だって本当は夢を見たい。でも夢を見るほど叶わなかったときに苦しくなる。ここに来て三カ月が過ぎた頃、騎士になりたがってた俺より二つ下の青年がスリをしくじってぐちゃぐちゃのボコボコにされた。内臓が飛び出て骨が粉々になったそいつは二度と起き上がらなかった。踊り子になることを夢見た面のいい女子…貧民街で出会い付き合った俺の彼女は、痩せこけて俺が盗みに行ってる間にぽっくり飢え死んじまった。ハラクが言うには、最期は「まうの…まうの…」とずっと繰り返していたらしい。

そんなんだから夢なんかとうの昔に忘れちまった。どうせ叶わないなら、夢を見ず心を捨てて死ぬほうがマシだから。だけど…正直もう限界で…

いや、夢なんか…夢なんか……!

でも…毎日心がどうにかなっちまいそうで仕方がない。

夢を見ながらでも死ぬほうが、マシなのだろうか。

「…」

俺はみかんを皮まで残さず食べ終えると、吹っ切れて立ち上がった。

「俺もっかい盗ってくる」

俺は戦場(まち)へ再び飛び出した。

「おぉいあいつ何回行くんだよ…!!」

「気いつけろよおおお」

あのガキみたいな立場のがこれ以上増えたら…俺は…俺達は!!!

報われねえじゃねえか……

あのガキ達に…貧民街の奴らに…夢を見せねえと。

俺は遣る瀬無さを全て盗みにぶつける。もう一度、またもう一度、何度だって盗ってやる。

ここの仲間たちだけは、いつか…どうか…報われて…!!

「おわぁっ」

街に飛び出した瞬間、視界が開けると同時に誰かにぶつかった。視界が一回転する。その中に白い花びらと扇が舞って、

「ってぇ…!」

俺はその場に転倒すると同時に扇がキィィィンと甲高い音を立てて落下した。

あれは…20万超えの…

俺は手を伸ばそうとしたが、

「…こいつ!!!」

「強盗だあああ!!」

「早く、早く騎士様に!!」

「近づかないで、何されるかわからない!!」

俺がアゲハの盗人だとわかると街が一瞬にして混沌に包まれた。

「キャンベルさんだめ!離れて!!」

扇の持ち主であろう人物は青い瞳でこちらをじっと見つめていた。髪は金髪でウェーブがかっており、前髪は目のあたりで切り揃えられていた。爪は赤いネイルが施されており帽子とドレスは紅く染まっていた。口元に手を当てて目を丸くしているその所作は物語の中に登場するプリンセスを彷彿とさせた。

「あ、えーと…ごめんなさい!大丈夫、かしら?」

その女性は俺に手を差し伸べた。

「モネット様!!何をなさってるんですか!?」

「離れなさい!!」

馬車の中から立派にヒゲを生やした父親らしき人物が出てきた。

「駄目だろう、こんな者の側にいては汚れてしまう…」

「……」

彼女は少し沈黙して、

「いやだっ!!」

「「「「「!?!?」」」」」

俺の手を握り全速力で走り出した。その場にいる人間全員、一瞬頭の整理が追いつかなかった。

「ちょ、どこに行くんだ待ちなさい!!」

俺は彼女に引き摺られるような形でどんどん集団から遠ざかっていく。靴は脱げ、ズボンは擦れ、引っ張られている左腕が悲鳴を上げている。

「いででででででで!!新手の拷問かよっ!?いったぁ!!!!足打った今!!ねぇ痛いほんっとに痛い」

「ほら、痛いなら走りなさいっ!!」

「はぁ…!?ちょ、もう…!!」

彼女が手を離すと、俺は体勢を立て直し彼女に言われるがまま着いていくしかなかった。後ろからは大勢の騎士が馬に乗りみるみるうちに俺たちとの距離を縮めている。彼女は依然として全くつかれた様子もなく俺の前を走っていた。

「おい、おい!!モネットっつったな…!何が目的なんだよお前!!なんでこんな走ってんだよ!!」

……無視かよ!!

てかそもそもなんでドレスでこんなに走れてんだよこの人…!!

貧民街の中では俺もすばしっこい方なのに!!

「っしゃー!!飛びますわよ!!!!」

ふと見ると目の前は断崖絶壁だった。

「え、え、え!?えぇ!?!?ちょ、は!?」

「ほら、大丈夫ですわ!!目を瞑ればどうってことないですもの!!」

「いやいやいや無理無理無理無理無理無理!!!」

その目線の先には果てしないほどの大海原が広がっていた。

「せーの、ジャーーーーーーーーーンプ!!!!」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」

ザパァァァン

俺達は蒼く輝く海に向かって一直線に落ちていった。

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一輪の花が去る前に(仮) エリーゼ @Izanaminomikoto

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