-10- 朝の出来事


朝の支度


次の朝。


詰め所に戻ると、妙な匂いがした。

焦げてはいない、でも懐かしい匂い。


台所の方を見る。


美弥が、朝ごはんを作っていた。

小さな背中で、フライパンを扱っている。


雛はその横で、膳を並べている。

箸を置き、茶碗を置き、また確認する。


二人とも、当たり前みたいな顔をしていた。


俺は、その場で立ち止まった。


「……何か、あった?」


美弥が振り向く。


「え?」


「いや……」


言葉が続かない。


「なんでもない」


それしか言えなかった。


朝ごはんが並ぶ。

簡素だけど、ちゃんとしている。


その時、戸の開く音がした。


「おはよう」


明美おばさんだった。


部屋の中を見るなり、足を止める。


「……これは、なに?」


美弥と雛、そして膳。


「どういうこと?」


俺は一瞬迷ってから言った。


「明美おばさん、ちょっと……こっちに」


橋の手前を指差す。


外に出て、昨日のことを話した。

子どもたちのこと。

絵本のこと。

住む場所がなかったこと。


明美おばさんは、黙って聞いていた。


話し終えると、少しだけ笑った。


「直人」


「あなたにも、ちゃんと人間の心があるのね」


それだけ言って、詰め所に戻る。


「……わかりました」


「生活費も、バカにならないでしょうから」


「今までより、ちゃんと置いておきます」


「それと」


少し間を置いて、


「これからは、毎日お風呂に入りなさい」


そう言って、中へ入った。


美弥と雛の前にしゃがむ。


「あなたたち、災難だったわね」


声は柔らかい。


「でも、もう大丈夫よ」


「生活に必要なもの、ある?」


雛が小さく言う。


「……おふとん」


「あら、そうだったわね」


「今日は買いに行きましょう」


「食べたら、洗い物は私がやるから」


「着替えておいて」


それから、俺を見る。


「直人!」


「なに、ぼさっとしてるの」


「早く食べて、行くわよ」


俺は慌てて椅子に座った。


湯気の立つ味噌汁。

並んだ膳。


明美おばさんは手帳を開き何か書き留めていた。そのあと、電話で配車を頼んでいた。


橋は、今日もそこにある。


でもこの朝は、

昨日までとは、確かに違っていた。

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嘘つきが守る橋 残間 みゐる @shunnna0829

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