-9- 善意


絵本を置く場所


その日は、予約のない朝だった。


落ち葉を集めていると、詰め所の方から声がした。

子どもの声だ。


振り向くと、二人立っている。

姉と妹らしい。


姉の方は中学生くらいで、妹はまだ小さい。

妹は姉の後ろに半分隠れていた。


「……あの」


姉が声を出す。


「ここに、置かせてもらえませんか」


何を、とは言わずに、抱えていた紙袋を差し出した。


中を見ると、手作りの絵本だった。

色鉛筆で描かれた絵。

ホチキスで留めただけの背表紙。


「置くって、どういう意味で」


俺が聞くと、姉は少しだけ視線を落とした。


「……橋の下に」


その言い方が、引っかかった。


「理由、聞いてもいい?」


しばらく迷ってから、姉は話し始めた。


父親は、早くに亡くなった。

それからは、母と三人で暮らしていた。


母は毎日働いていた。

朝も夜も関係なく。


でも、ある日——

急に倒れて、意識が戻らなくなった。


病院の言葉は難しくて、よくわからなかった。

ただ、「今は目を覚まさない」と言われた。


姉は言葉を選ぶみたいに、ゆっくり話す。


「だから……私たち、お金が必要で」


妹が、姉の袖をぎゅっと掴む。


「絵本、書いたんです」


「売るため?」


そう聞くと、姉は首を振った。


「売れないのは、わかってます。すみません、失礼なこと聞いてすみませんでした。これで、失礼します。」


「待って」

「家には二人だけなの?ご飯は食べれてる?」


「一応...家にあった缶詰とか食べてます。」


「なるほど、でも、なんでここなの?」


「……ここなら」


姉は橋を見た。


「ここを、題材にしてて」


「ここを?」

俺はそれ以上言葉が出なかった。


「名前、聞いてもいい?」


「吉井、美弥です」


姉が答える。


妹が、少し遅れて言った。


「……ひな」


「吉井雛」


姉が補足する。


俺は詰め所の中を見た。

狭い。

風呂もない。


でも、屋根はある。

雨は凌げる。


「なぁ」


自分でも驚くくらい、自然に言葉が出た。


「置く代わりにさ」


二人を見る。


「ここで、住まないか?」


姉の目が見開かれる。


「え……?」


「正式なことは、あとで考えるけど」


俺は続ける。


「今すぐ追い返す理由は、ない」


「ここ、人は少ないし」


「俺も、ずっと一人だし、男一人で怖いかもだけど、生活の不安は解消できるかもだから」


妹が姉を見上げる。


「……ここ、こわくない?」


そう聞かれて、少し笑ってしまった。


「変だけどな」


「怖いことは、今のところ起きてない」


姉は、しばらく黙っていた。


それから、小さく頭を下げた。


「……お願いします」


その日の夜。


詰め所の隅に、二人の荷物が置かれた。


橋は、いつも通りそこにある。

何も語らない。


ただ、

絵本を抱えた子どもたちが、

初めてこの場所に住むことになった。


それが何を意味するのか、

俺にはまだわからない。


でも、

この橋は、

願いだけじゃなく、人も受け入れるらしい。


そんな気がした。

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