魔法少女と絶望の戯れ

すいすい / 霜惣吹翠

出会い

 ぼんやりとした不安を無視し続けて落っこちたとき、僕の人生は終わった。学校へ行かなくなって一年が経過した頃だ。もう僕は帰る場所を失った。

 団欒を通り過ぎて、ありきたりの照明を偽りと嘲って僕は暗い方へ暗い方へ彷徨った。人の温かさを軽蔑した癖に生の鎖に縛られたまま炊き出しへ行って、屈辱と孤独に凍えながら息をした。


 「きっとここはずっと真っ暗だ」


 嘘の優しさも重圧も僕にとっては耐えられないもの。耳を塞いでいつ無くなるかもわからないねぐらに包まる。未来のことは想像しない。だってできないから。できなかったから。

 昼は大抵明るいだけだから辛い。だから朝から眠って夜を待つ。目の下のくまはすっかり手足と同じ体の一部になった。

 

……

……

……今日はご飯が無かった。


 憤る大人もいる。僕はできない。力が無い。だのに乱心はたしかで、誤魔化すために夜を歩く。ぼんやりとした世界を活き活きする程かけ離れた町を。

 

 ゴミすらない路地裏の寂しさに埋もれた。今宵はこの世に僕しかいないと錯覚しないまでに静寂だった。まるで自分が景色の一部のように心地が良い。冷たいコンクリートと同じになったのだろう。もう何も抱かなくても人間性に咎まれない。

 絶望の底。このまま死んでいければいい夜だった。


 「ねえ君、私と契約しない?」

 「けいやく? 僕にはわからないよ」

 「君は何も差し出さなくていい。その代わり、私と一緒に夜を彷徨うの」

 「なにそれ? 何の意味があるのさ」

 「わからない」

 「いいよ」

 「いいの?」

 「どうでもいいよ」

 「じゃあ契約!」


 夜の霧が晴れた。星空とそれをも覆い隠すような月が僕を照らした。見上げればそこに彼女がいた。月のような少女だった。不思議なものを感じた。因果とでも表現できるかどうか、そんな感覚だ。


 「私はそうだね。ミコトでいいか。ミコトって呼んで」

 「僕は冬馬。よろしくね、ミコト」

 「苗字は無いの?」ウキウキ。

 「忘れちゃった」

 「そうなの」

 「ミコトはこんな夜に何をしているの?」

 「一言じゃ説明できないかも。しっくりくる言葉は――マホウショウジョ?」

 「プリキュア?」

 「そんな可愛い感じじゃないよ。立てる?」


 ミコトが差し伸べた手は人肌にしてはあまりに柔らかく、幻想にしては固かった。僕がぎゅっと握って起きようとするともっと固くなって、不思議と力が湧いてきた。そのせいで今度はミコトのほうが倒れてしまった。


 「あはは。案外元気そうだね(ぴょん!)――行こう!」

 「うん」


 今宵はまるで人がいない。そのせいで僕のお腹もきっと目立ってしまうのだろう。ミコトに聞かれたら少しだけ恥ずかしいかも。今更、そんなのどうだっていいのにさ。

 明るいだけのコンビニを通り過ぎて、真っ暗な住宅街を無視して、信号だって待つだけ無駄だからそうしたら、そこにあった公園にミコトが駆けていった。錆びついたブランコを揺らして座って子供のような笑みを落っことした。

 

 「ねぇ、あれが視える?」星空を指さす。

 「あれってどれさ」

 「やっぱり視えてないか。じゃあしょうがないね。キュウケー!……相変わらず元気ないね。へへっ」

 「ミコトが元気過ぎるだけだよ」

 「君がずっとしょんぼりしているからさ。誰かが見ているわけでもないのに誰かに気を使ってね」

 「無理に子供ぶる方が疲れるよ」

 「同感って言ったらしんみりしちゃうじゃん」


 ……しんみり。


 「今日の星は綺麗かな?」

 「晴れていて明るいね。綺麗だと思うよ」

 「思うんじゃなくて冬馬はどうなのさ。もしかして汚い?」意地悪そうにニヤニヤする。

 「わからないや。でも、やっぱりたまにでいいかな」

 「そっか~ちょっと嬉しい」るんるんブランコ。


 ミコトの表情もよく見えるから綺麗ではある。ずっとそうならそれもいいかも。


 「う、うわぁ~口説いちゃってる?」ベテルギウスと瓜二つの赤面。

 「え? 聞こえてた?」

 「聞こえてたっていうか。契約してるからさ、心の声わかっちゃうんだよね~そっか。そういう感想もありか。参ったなぁ~ははは」


 ミコトって可愛いな。


 「うぐあっ! だから口説かない!」

 「聞こえてた?」

 「聞こえてる!! あとちょっとなんで意地悪そう! ああもう!」


 ミコトは勢いのままブランコの頂点から滑空――空へ月が浮遊――百点着地。顔を洗いに行った。きぃーきぃーとブランコが息切れしていた。


 「可哀そうだな」


 ブランコを手で止めた。死んだようにブランコは夜に落ちた。

 トコトコ。靴が地面を蹴る音が近づいてくる。僕も休もうとしたときだった。長髪のスーツにサングラスの柄の悪い男がタバコを吹かしていた。


 「坊主。夜中に一人ぼっちで危ないぜ。いくら治安が良いってったって悪人はいるもんさ。お化けだって出ちまうぜ」子供を弄るように笑う。

 「関係ないだろ」

 「おや。親切に教えてやってるのに――後ろだ」


 右手を鉄砲の手の形にして僕へ向けてきた。男の人差し指の先に何か穴が見えた。どんぐりのような細い輪郭だ。そこから黒い弾頭が発射された。

 光に似て速く闇を切り裂く黒が正直に僕の眼前まで走ってきた。


 「危ない!」ミコトの声。


 僕を押し倒し、黒い弾頭は過ぎ去り大きな爆発音へ変わった。爆風が僕らの髪を靡かせた。

 不思議と僕は弾頭を撃っていた男ではなく、弾頭の行き着いた場所を覗いていた――バタン。丸焦げになったのだろうか。黒い犬が、犬にしては大きい、僕の座高くらいある。それがパタリと倒れた。塀を跨いだ僕のすぐそばだった。


 「だから言ったろ。化け物だって出るってな」再び煙草を吹かす畜生。

 「そこのおっさん、なにするんだよ! あたったら死んでた!」ミコトは怒鳴った。

 「撃たなきゃ死んでいただろ」

 「そうかもしれないけど……」

 「お方。遊ぶのは勝手だが、俺だって暇じゃない。こいつが死んだらまた乱心しかねない。そしたらあんたの家族が黙っちゃないだろ。俺たちの生活にも影響が出る。遊ぶなら命張っとけよ」

 「偉そうに」

 「忠告は終いだ。今日はまだ長いぜ。せいぜい頑張れよ、坊主」


 男は公園の入り口ではなく茂みから塀を跨いで去っていった。ズボンがくっつき虫だらけだと嘆いてアホらしい。暗闇へ溶け込んだ。


 「今のはなんなの。初めて見た。あと、そろそろ退いてくれないと起き上がれない」

 「あ、ああっ! ごめんごめん」


 赤面ベテルギウス。あたふた。砂を叩いて。なぜか僕のほうも叩こうとして。拒否されてえっ?と当たり前のように小さく驚いて。


 「今の犬だよね。君たちの言葉で最も近いのは妖怪とか、魔物とかかな。全く違う存在なんだけど。私は暗晶体って呼んでる。人間が好物だね」

 「(当たり前のように人間食べるって)」

 「何驚いてんのさ。はははは!!」

 「(腹抱えて笑ってる。何がおかしいのか)」

 「まぁぼちぼち話しながら。暗晶体って群がるから。今ので僕たちがここにいるのわかっちゃったからね。行こう行こう!」


 ミコトは滑り台を登ってそのままジャンプ。公園の外へ。僕は人間らしく歩いた。


 「妖怪とかって明確に姿や物語があるでしょ。でも暗晶体は逆。とても曖昧。存在しているのかさえよくわからないくらい」

 「僕を食べようとしたのに?」

 「まぁそこはなんというか。その~~~ね? 細かい話はいいよね?」

 「(気になる)」

 「いいよね! うん。大事なのは……おっと。一体、来るみたい」


 住宅街の真っすぐの道路。今宵の星空の明るさゆえ存在は浮く――黒く凝縮された蠢くもの。輪郭は虎? 違う、狼だ。にしたって大きい。住宅街の塀を越える高さがある。

 その目。飢えている。じりじりと忍び寄ってくる――ドキドキして心臓が破裂しそうだ。脈は速いのに恐怖で凍え死にそうだ。


 「しーっ。怖がったらほんとに食べられちゃうよ。ここは私に任せなさい。なんたって私は魔法少女☆ だから♡?」

 「ど、ど、ど、どうするのさ?」

 「へんしーん! はできないけれど、武器はあるんだ! えーい! いでよ! 我が剣っ!!」


 ミコトは天高く左手を掲げた。するとさっき見たのと似た暗い穴が掌に現れ、そこから闇の霧が漂い出た。霧は渦巻き、螺旋し、細くなると剣の形に留まった。

 紅く橙に提灯のように静かな色をしたと思えば、だんだんと暗く黒くなっていく。剣全体としてそういった色をしていた。形は直剣だ。剣は光り輝くのとは逆に、色としてそこに在った。星空の光が反射して色めいていた。


 「ふふん。どう? かっこいいでしょ? 名前はクサナガナイノツルギ(キリッ)」

 「(ダサい)」

 「ちょっ! カッコいいでしょ! いや、たしかに長いかも……だったらぁ~」


 とミコトが剣を浮かべたまま顎に手をあてて考えているところを、暗晶体(狼)が襲い掛かってきた。牙剥き出しで噛み殺す勢いだ!

 ミコトは――!(ピキン)――とした。剣を左手に掴み、えーい!と振りかぶると叫んだ!!


 「月影霞剣!!」


 ――淡い暖色が冷酷な黒と混ざり合うと刃は暗く輝き出した。虚の光。それこそが暗晶体という不在証明を葬り去る神器だった――食らいつく漆黒の化け物は瞬く間に輝きに飲み込まれ、姿そのものがまるで初めから無かったかようにどこかへ消えてしまった。あまりに不可解なく無くなった、自然性が神秘たらしめていた。

 この神秘。久しく輝くことのなかった冬馬の瞳が輝いたのは、また冬馬さえ憧れを抱いていると錯覚したのは、この存在しない光との出会いによるものだった。この夜に彼は何か夢を見たのだ。


――ああ。僕は愉しんでしまった。ミコトの活躍に心奪われてしまった。


 「どうどう? かっこいい……でしょ? ツキカゲカスミノツルギ! えーい! あっ、光飛んじゃった。電柱折れた」

 「ねえ」

 「どうしたの? あ! これほしい? いいよ。あげるあげる!」


 ミコトは月影霞剣を僕へ手渡した。


 「いらないけど」

 「え。違うの」

 「ミコトって何者なの?」

 「魔法少女みたいなものだって言ったよ?」

 「そうじゃなくて何をする人なの?」

 「そっか。気になるよね。いいよ。戦って疲れたし、安置行こう! というか私の家。来ればわかるから」


 僕はミコトと夜を歩いた。ツヅクカワカラナイ。

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