灼熱のドルオタ騎士 ~推しに裏切られたガチ恋アイドルオタクがなぜかVRMMO配信者になったようです~

伊達酔狂

第1話「たいせつなおしらせ」

 その光景は、間違いなく最高の輝きの中にあった。


「リリアあああああ! 今日も世界で一番可愛いよおおおお!」


 電脳広域空間『エリンエルン』の中心地にそびえ立つ、最大級のライブステージ『アストラル・ドーム』。

 視界を埋め尽くす七色のサイリウム。空間を震わせる数万人の怒号のようなコール。その中心、最前列という選ばれし聖域に、雪村薙(ゆきむらなぎ)――ハンドルネーム『ナギ』はいた。


 ナギは、VRアイドル界の至宝『星屑リリア』のガチ恋オタクである。

 今日、この日は、彼女の生誕ライブだった。

 ナギは、この日のために、現実世界での食事を削り、不眠不休でゲーム内通貨を稼ぎ、最高級の限定装備『燃え盛る情熱の法被はっぴ』を新調していた。


「いくぞ野郎ども! 俺たちの愛を形にするぞ!」


 ナギが叫ぶ。彼の周囲では、同じ志を持つ練達のアイドルオタクたちが一斉に動き出していた。


「ウリャ! オイ! ウリャ! オイ! ウリャ! オイ! ウリャ! オイ!」


 アイドルオタク、――通称「ドルオタ」たちが、光る棒――サイリウムを振り回しながら踊り狂う。

 アイドルを応援する「推し活」に必須の「オタ芸」と呼ばれるパフォーマンスである。


 アイドルオタクたちは、必死になって叫びながら踊り続ける。

 愛する「推し」星屑リリアのためだけに。


「ハイ! ハイ! ハイハイハイハイ!」


 そのなかでも、ナギの『オタ芸』のレベルは、ずば抜けていた。

 動きのキレ。

 コール(掛け声)の正確さ。

 そのすべてが「もはや芸術の域に達している」と言ってしまっても過言ではないだろう。

 エリンエルン特有のスキルシステムを応用し、腕の振りだけでサイリウムが発する光の軌跡を空中に固定する。高速で繰り出されるオタ芸壱の型『ロマンス』、そして極限まで研ぎ澄まされたオタ芸弐の型『サンダースネーク』。


「高まるよ! 高まるよ! 高まる高まるビスマルク!」


 ナギたちから放たれる光の奔流は、すべてステージ上のリリアへと捧げられる。

 リリアがこちらを見て微笑んだ――気がした。その瞬間、ナギの脳内麻薬は限界突破し、幸福感で視界が白く染まる。


「アッ―――!」


 ライブは、このまま果てしなく盛り上がっていくかに見えた。


 だが、しかし。

 ライブが終盤に差し掛かり、誰もがアンコールを確信したその時。

 ステージ中央に立つリリアが、ふっとマイクを握り直し、どこか憑き物が落ちたような、冷ややかな微笑を浮かべた。


『――みんな、今日は集まってくれてありがとう。私、リリアから大切な報告があります』


 会場が静まり返る。「ついにメジャーデビューか?」「新曲の発表か?」そんな期待に満ちた静寂が会場を支配する。

 だが、リリアの口から飛び出したのは、そんなおめでたいものではなかった。


 それは、世界を破壊する「言葉」だった。


『私、星屑リリアは……かねてよりお付き合いしていた一般男性の方と、入籍いたしました!』


「………………え?」


 会場を埋めつくしたファンたちの、そしてナギの動きが止まった。

 振っていたサイリウムが、指の間から滑り落ち、床で虚しく点滅する。

 ドーム内を包んでいた熱狂が、一瞬にして氷点下へと叩き落とされた。


『驚かせてごめんね。でも、隠し通すのも疲れちゃって。あ、ついでに言うと、私の所属する「シャイニング☆ドリーム」の他のメンバーも、実はみんな既婚者か、同棲中の彼氏がいるんだよ。あはは、驚いた?』


 沈黙。

 そして――。


「ぎゃあああああああああああああああ!!」

「嘘だ! 嘘だと言ってくれリリアあああ!」

「俺の課金が! 俺の三年間がああああ!」

「これは夢だ! 悪い夢なんだ!」


 阿鼻叫喚。

 それは、地獄をそのまま具現化したような光景だった。


 ある者はその場に崩れ落ち、ある者は虚空を掴むように絶叫し、ある者は狂ったようにログアウトボタンを連打する。

 高度AIを搭載したNPCスタッフたちが、混乱する観客を鎮圧しようとするが、数万人の「ガチ恋勢」による断末魔の叫びは、ドームの屋根を突き破らんばかりに響き渡り続けた。


「……ぁ……あ……」


 ナギの喉からは、かすれた音しか出なかった。

 最前列で、彼は見てしまった。

 自分たちが地獄の底でのたうち回っているというのに、ステージ上のリリアが、どこか清々しい顔をして「ようやく言えた」と独り言ちているのを。


 裏切られた。

 捧げた情熱も、費やした時間も、削った命も。

 すべては、彼女たちの「幸せな私生活」を支えるための養分ライフラインに過ぎなかった。


「う、うわああああああああああああああ!!」


 ナギは叫んだ。それはコールではなく、魂が壊れる音だった。

 彼は全速力で走り出した。

 最前列を飛び越え、パニックに陥る観客を突き飛ばし、出口へと向かって一心不乱に猛ダッシュする。


 背後からは、まだアイドルファンたちの断末魔が響いている。

 光り輝いていたエリンエルンの空が、今は真っ黒な絶望に染まって見えた。


 雪村薙。18歳。

 この日、彼の「推し活」は、あまりにも無残な終わりを迎えた。


 ――だが、この絶望が、後に「伝説の配信者」を生む火種になるとは、この時はまだ誰も知る由もなかった。

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