第2話 カレーパン

「……んがっ」


 あの騒動から一体どれほど経ったのだろうか。俺は目を覚ました。

 朝の路地裏を抜ける冷たい風が、鼻をくすぐる。


「おはよう」


 どこからともなく、姉の声。

 それにしても、頭が痛い。


「どう? 私の腕枕」


 ああ、そういうことか。俺の後頭部に、姉さんの腕の鋼鉄製チューブが食い込んでいる。横を見ると、けらけらと笑う姉さんの顔があった。

 ……そしてその奥の陰りに、完全に伸びている状態の男ども。恐らく姉さんがやったのだろう。


「痛いでしょ、それ」


 金子が、訝しそうに俺たちを上から見下ろす。無事だったのか。


「いやあそれにしても、まさかうちの弟が巻き込まれちゃうとはねー」


 姉さんが金子と目を合わせようとすると、金子は咄嗟に目を逸らす。


「さ、サーセン」


「別に貴女が謝ることじゃないでしょ」


 そこから少し沈黙が続いてしまったので、俺は今回の騒動の経緯を聞いてみた。


「別にあんたが知らなくたっていいでしょ。クラスでもそんな絡みないんだし」


 まあ確かに、それはそうか。


「それはそうと……」


 金子が姉さんと目を合わせる。


「てかヒカリさん、コイツ鋼助の姉って、マジすか?」


「うん、大マジ」


 姉さんはにんまりと微笑んだ。


「だって、その腕、機械っすよね?」


 金子が少し震えた指で、服の捲れた腕を差す。


「まあね」


「「まあね、じゃなくて」」


 俺と金子の声が重なってしまった。

 正直、俺も聞きたかった。姉さんがなぜメカになって、何故突然助けに入ったのか。


「……まあ、いいや。今日はありがとう。これ、お金」


 そう言って、金子は姉さんの顔の横に封筒を置き、去っていった。


 暫くの沈黙ののち、姉さんが俺の方を向く。


「……色々、驚かせてごめん」


「別に貴女が謝ることじゃないでしょ」


 俺は先程姉さんが金子に言ったことを、そっくりそのまま言った。


「まあ、見ての通り私、メカなの。それも戦闘用」


 どこか悲しげな顔を浮かべる姉さん。

 戦闘用……名前の通りならば、俺の姉さんは兵器ということになる。

 悲しいのはこっちだ、と言いたかったが、言えなかった。


「で、今は『組織』に属して、人助けをして働いてる」


 なるほど、だから金子を助けたのか。


「そういえば、金子には何があったの?」

 

 先程、金子に拒絶された質問であったが、恐る恐る聞いてみる。


「あれねー。金子ちゃんが間違えて怪しい店に入っちゃって、そこで風俗嬢として働かされそうになってるって通報を受けたから、助けに入ったのよー」


 意外とあっさり教えてくれた。


「まあ結果的には、私が店を見つけ出す前に金子ちゃんが逃げ出しちゃって、こんな感じになっちゃったわけだけど」


 相変わらず、硬い腕枕に俺を乗せたままけらけらと笑う姉さん。

 しかし笑いは少しずつフェードアウトしていき、仕舞いには姉さんの口から、はあ、とため息が溢れる。


「……ごめんね。ああ見えてさっきは色々取り乱しちゃってて。ほら、私の体、結構グロテスクでしょ? 引かれないかなって……」


「……グロテスクなのは否定しない」


「悲しいなあ」


「けど、姉さんは俺にとって、親のいない家庭で苦楽を共にして生きてきた最高の相棒」


 そりゃあ、メカであるという事は信じたくはない。

 だけど、それで今まで積み重ねてきた思い出とか、記憶が無駄になるとは思わない。


 俺は上体を起こし、そのまま立ち上がる。


「姉さん、正体がメカか人間かなんて、俺は全く気にならないよ」


「……っ」


 ぽかんと俺を見つめる姉さん。

 ふと顔を見ると、頬を滴る水滴がひと粒。


「泣けるんだ」


「朝露だよ」


「なわけ」


「……帰ろう」


「……うん」


 鼻先をつんと刺すような朝の風のせいか、いつの間にか俺の目尻にも、輝く朝露がひと粒、ついていた。


 帰り道、朝食を買うためにパン屋へ向かう。


「メカって人間の食べ物は食えるの?」


「今までだって食べてたでしょ」


「まあそうだけど」


「いつも通り、カレーパンね」


「知ってるよ」


 何故だか、今日は俺もカレーパンの気分だ。甘党なのに。


 家に着き、買ったパンを頬張る。


「ところで姉さん」


「なーに?」


「聞きたい事は山ほどあるけどさ、結局、いつからメカだったの?」


 昨夜、流されてしまった質問をさりげなくしてみる。


「どう思う? って言ったでしょ」


 くすくすと笑いながら、姉さんは答えた。


 俺は暫く姉さんの目の奥を見つめたが、一向にそれが変わらないと知ると、ため息を吐き、またカレーパンを食べだした。


「……辛い」


「いつも菓子パンだからでしょ」


 仕舞いには、頭をポンと叩かれた。



 パンを食べ終わり、俺は自室に戻る。

 姉さんはリビングで、録画してあった年末特番を一気見しているようだ。

 時々ケラケラと聞こえる笑い声、姉さんがメカであるという事を忘れさせる。


 昨夜からの驚きの連続で、すっかり気が滅入ってしまっていた俺は、ベッドに顔を埋める。

 あれだけ『人間らしい』性格をした姉さんが、機械であったという事実。

 どれだけ冷静になろうとしても、脳が理解を拒否する。もやもやとした感覚が、ズルズルと尾を引く。


 せめて、メカになった経緯やら何やらを話してくれれば、気も楽になるのだが……まあ、姉さんがある『組織』に属していると言っていた以上、言えないこともあるのだろう。


 すると突然、部屋のドアをノックする音。


「どうぞ」


 顔を埋めたままの俺がそう言った瞬間、姉さんが勢いよくドアを開けて入ってきた。


「そういえば今日はクリスマスイブじゃん? プレゼント、考えておいてねー」


 そう言って、姉さんは再びドアを閉めた。

 姉曰く、親のいない米花家の『クリスマス』は例年、『ヒカリ』という名前のサンタがプレゼントをくれる事になっている。

 小学校高学年になる頃にはすでに正体が姉さんである事に気付いていたが、姉さんは俺に気付かれまいと自分にまでささやかなプレゼントを買うものだから、気付かないフリを続けている。


 ……今思えば、そのお金もあの『組織』からの給料から出ているのだろうか。


「……そうだ」


 俺は部屋を出て、リビングへ向かう。


「お、鋼助、どうしたの?」


 布団に包まりながらテレビを見ている姉さんを見て、俺はため息を吐く。相変わらず自堕落だ。


「プレゼントのことなんだけどさ」


 俺は本題を切り出す。


「『ヒカリサンタ』も毎年毎年大変でしょ? 今年は俺もバイトで稼いだお金があるからさ、一緒に買いに行かない?」


 すると姉さんはくすりと笑い、


「……さては気付いたな? いつから?」


「どう思う?」


 意趣返しのつもりだ。口角が少し上がる。


「あっはは……成長したねえ」


 そう言って俺の頭を撫でた姉さんの手は、何故だか暖かく感じられた。

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メカネキ。 けてれつ @OS100000000

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