ある日~灯路の町アルメリア
@ado-ado-ado
第1話 1月1日(木):初灯の儀
とある世界では今日は「一年の計を立て、新しい暦を祝う日」だそうだ。アルメリアでは、その年最初に灯す魔道具の火の色で一年の吉凶を占い、家族の無事を祈る<初灯(はつあかり)の儀>である。
新年あけましておめでとう。
アルメリアの町は、元日の朝らしく、きんと冷えた静寂に包まれている。
石畳の魔脈(レイライン)も、今日ばかりは厳かに、深い呼吸をするようにゆっくりと明滅していた。
フレイメル家の居間では、まだ薄暗いうちから父のアストルが暖炉の前で正座していた。
彼の手には、怪しげな小瓶が握られている。
「よし……室温は二度。湿度は低め。最高のコンディションだ」
アストルがブツブツと独り言を呟く。
今日は家長がその年最初の火を入れる「初灯の儀」の日だ。
この火の色が「赤」なら家内安全、「金」なら商売繁盛、「緑」なら健康長寿と言われている。
「今年こそは、完璧な『黄金の炎』を出して、店を繁盛させるんだ……! そのために開発した、この『着色燃焼促進剤・改』があれば……!」
アストルは修理師の技術を無駄遣いし、炎を強制的に黄金色にする粉を開発していた。昨年は「虹色」になってしまい、「一年中ドタバタする」という予言通りの年になってしまった反省を生かしたのだ。
そこへ、二階からフィオナが降りてきた。
新しい年を迎えたせいか、少し背筋が伸びている。
「あ……お父さん、明けましておめでとう」
「おお、フィオナ。明けましておめでとう。早かったな」
フィオナは少しもじもじしながら、暖炉の前に座った。
昨日の大晦日、テオと交わした「来年もよろしく」という言葉が、一晩寝て冷静になった途端、猛烈な恥ずかしさとなって蘇ってきていたのだ。
(あんなに堂々と言っちゃった……。今日、お店の前を通ったらどうしよう。どんな顔すればいいの……?)
一人で悶々としていると、アストルがニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。
「おいフィオナ、顔が赤いぞ? さては昨日の興奮が残ってるな?」
「ち、違うよ! ……ちょっと、暖炉が熱いだけ!」
「まだ火は点いてないぞ」
アストルに冷静に突っ込まれ、フィオナはさらにボンッと赤面する。
そんなやり取りをしていると、ルミナ、レオン、クリス、そして眠そうなグレゴールも集まってきた。
「さあ、全員揃ったわね。あなた、お願いします」
ルミナが促す。
「よしきた。見てろよ、今年はフレイメル家、黄金の時代だ!」
アストルは自信満々に、暖炉の薪へ向かって杖を振った。
同時に、隠し持っていた『促進剤』の粉をパラリと振りかける。
「点火(イグニッション)!」
ボッ!
薪に火が点いた。
……はずだった。
「あれ?」
レオンが首を傾げる。
薪からは、火ではなく、真っ白な煙だけがモクモクと上がっている。
しかも、その煙は換気口へ吸い込まれず、なぜか重たそうに床を這い始めた。
「な、なんだ!? 火が点かないぞ!?」
アストルが焦って杖を振り回す。
「おかしいな、促進剤の効果で爆発的な燃焼が起きるはずなのに!」
地下室から上がってきたグレゴールが、その煙を見て「ふむ」と顎を撫でた。
「アストルよ。その粉、どこに置いておいた?」
「え? 昨日の夜から、玄関のポストに入れて冷やしておきましたが……」
「馬鹿者。今朝の冷え込みを忘れたか? 『魔力凍結(マナ・フリーズ)』じゃよ」
グレゴールの指摘通りだった。
極寒の玄関に放置された促進剤は、魔力成分が凍結して変質し、ただの「発煙筒」になってしまったのだ。
「げっ、まずい! 初灯が『白煙』だと……!?」
「『先行き不透明』ってことね」
ルミナが冷静に翻訳する。
「やだー! おさきまっくらー!」
クリスが正直な感想を叫ぶ。
部屋中が真っ白な煙に包まれ、新年早々、フレイメル家は視界不良に陥った。
「ゴホッ、ゴホッ! 窓を開けろー!」
「寒いよお父さん!」
「贅沢言うな! このままじゃ燻製になるぞ!」
フィオナは慌てて窓を開け放った。
ヒュオオオッ!
極寒の冬風が吹き込み、煙を一気にさらうと同時に、部屋の温度を急降下させる。
「さ、寒いぃぃぃ!」
「凍る! シチューが凍っちゃう!」
煙は晴れたが、今度は寒すぎて誰も動けない。
暖炉の薪は、湿気てしまったのか、種火さえ消えてしまった。
「……終わった。今年のフレイメル家は、寒くて暗い一年だ……」
アストルが膝から崩れ落ちる。
その時だった。
フィオナが、エプロンのポケットから小さな包みを取り出した。
それは、昨日の残りの、テオの店のパンが入っていた油紙だ。
「……お父さん、これ使って」
「え? それは……」
「パンの包み紙。油が染みてるから、よく燃えると思うの」
フィオナは少し躊躇いながらも、その紙を薪の下に押し込んだ。
テオがくれた温かい気持ちの残りを、家の灯りに変える。
それは、「思い出を燃やす」のではなく、「次の熱に変える」作業のように思えた。
「……そうだな。余計な小細工より、身近なものが一番か」
アストルは気を取り直し、もう一度、今度は何も使わずに杖を振った。
「点火!」
チロリ。
小さな火が、油紙に吸い付き、ゆっくりと広がっていく。
パチパチと薪が爆ぜる音がして、やがて、ごく普通の、どこにでもあるオレンジ色の炎が燃え上がった。
赤でも、金でもない。
見慣れた、いつもの色。
「あ……あったかい」
クリスが手をかざす。
凍えていた頬が、次第に朱色に染まっていく。
「ふむ。色は『橙(だいだい)』か。……意味は『代々変わらず』。現状維持、一番の吉兆じゃな」
グレゴールが満足そうに頷いた。
「よかったぁ。……やっぱり、普通が一番ね」
フィオナがほっと息を吐くと、窓の外から鐘の音が聞こえてきた。
その音に合わせて、スノーが梁の上から舞い降りてくる。
白い鷹は、暖炉の前で丸くなる家族を見渡し、ふんと鼻を鳴らした。
「何色だろうが、凍えた指先を温められるならそれが正解だ。……ま、今年も飽きない一年になりそうだな。」
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