第2話 意味不明過ぎる初授業
「……帰っていいですか?」
僕の精一杯の理性は、
そう口に出すことで限界を迎えていた。
ホワイトボードには、
でかでかと【桜を見る会】。
目の前には、
パチンコで家賃を溶かした自称天才教授。
ここが塾だという事実が、
一番のホラーだった。
「ダメダメ。
授業料、無料期間とはいえもう始まってるから」
「まだ何も教わってませんよ」
「いや、もう教えた」
「何をですか」
「“違和感”」
……帰ろう。
そう思って踵を返しかけた瞬間、
八木教授が急に真面目な声で言った。
「なあ田中。
東大って、どんな問題出すと思う?」
「……難しい問題?」
「不正解」
即答だった。
「正確にはな、
難しく“見える”問題だ」
八木教授はホワイトボードに
ぐちゃぐちゃと何かを書き足した。
【難問】
【定番】
【常識】
「ほとんどの受験生は、
“東大は難しい”って思い込みで解いてる」
「まあ……そうじゃないですか」
「だから落ちる」
……うわ。
ムカつく言い方。
「じゃあ聞くけどさ。
この【桜を見る会】、
なんでニュースになる?」
「え、政治の不祥事だから……?」
「浅い」
「殴っていいですか?」
「ダメ。理由言うね」
八木教授は、
散らかった床にあぐらをかいて座った。
「人はな、
“よく分からないけど重要そうな話”に弱い」
「はあ」
「だから問題文が長いと、
急に頭が固まる」
「……」
「東大はそこを突いてくる。
知識じゃなくて、
ビビるかどうかを見てる」
僕は黙った。
正直、
少しだけ心当たりがあったからだ。
「で、桜を見る会はな」
八木教授はニヤッと笑った。
「中身より、
“雰囲気”で叩かれてる」
「炎上って、
だいたいそうだろ?」
「……まあ」
「つまり、
情報量が多い=難しい=考えられない
って脳が勝手に判断する」
「それをぶっ壊す練習をするのが、
この塾」
……なんだろう。
さっきまで
一秒でも早く帰りたかったのに、
少しだけ、
話を聞いてしまっている自分がいた。
「じゃあ最初の課題な」
「はい……?」
「今日は勉強しなくていい」
「え?」
「ニュースを三本読め。
政治でも芸能でもなんでもいい」
「で?」
「“自分がビビったポイント”を
全部書き出せ」
「それ、東大と関係あります?」
「今はない」
「今は?」
「一年後、
死ぬほど関係ある」
八木教授は、
急に真面目な目をした。
「田中。
お前は頭が悪いんじゃない」
「……」
「考える前に諦める癖があるだけだ」
胸の奥に、
チクッと何かが刺さった。
「今日はそれだけ。
帰っていいよ」
「え、もう?」
「うん。
ちなみに次の授業は――」
八木教授はホワイトボードの下に、
小さくこう書いた。
【模試は解くな】
「……は?」
「じゃ、また明日」
追い出されるように部屋を出た。
ボロアパートの階段を降りながら、
僕はスマホを見た。
まだ夕方だった。
「……クソ」
「意味分かんねえ」
「でも……」
家に帰ったら、
なぜかマンガではなく
ニュースアプリを開いていた。
それが、
僕の浪人生活で初めての異変だった。
次の更新予定
2026年1月1日 12:00
新訳・天才?八木教授の課外授業 イミハ @imia3341
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。新訳・天才?八木教授の課外授業の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます