第二幕 しあわせの国【1】

「帰れ」

「門前払いなんてひっっど〜〜い!!ととちゃん泣いちゃ〜う」


頭痛がする。とても頭痛がする。観測社のしがない社員であるシオバラはAM10:00に大声をだすツインテールの少女と、それをばっさり門前払いする狐耳の同僚に頭痛を覚えた。内心マジで帰ってほしいがあくまで客。そう簡単に門前払いしたらこっちの給料に関わるのだ。


ここは観測社。正式名称は『鉱石観測社』。

観測社といってもほぼ何でも屋に等しい。不本意ながら何でも屋が正式名称になりつつある会社だ。

会社の本分はどうなってんだ。シオバラは考える。ちゃらんぽらんな社長を頭に思い浮かべて、やめた。あいつはもう救いようがない運命だ、残念!


そして今に戻る。ツインテールの少女は足をぶらぶらさせながらソファに座っていた。結局あの同僚は彼女を観測社にあげることにしたらしい。あいつそんな理知的にモノ考えられんだな〜。シオバラは同僚を見直した。


わたくしは早急に貴殿に帰ってもらいたい。だが貴殿は稲荷寿司を私にくれた。なら通すべきだろう。」

「やった〜♡さすがゆうちゃんってば話がわっかるぅ〜!」

前言撤回。冷ややかな目を戻すことにした。


そんな空気を知って無視してるのか、客…戸々矢はニコニコと話し始める。

「ほんとーはねぇ、ここに頼むはずじゃなかったの。”植物園“の営業担当として、ライバル会社にモノ頼むなんて、弱みを握られてるみたいなモノでしょ?」

そう言って大袈裟な手振りで頬に手を置き、彼女はでも、と続けた

「今回ばっかりはぁ、特別に難しくってね〜。キミたちの力を借りたいの♡」


「_______勿論、受けてくれるよねぇ?」


空気が、ピリと張った。暗い窓辺が、きしんだきがした、

くらりとぶれる。ちからがぬける。あまいにおい。ととやが目を細めてる。あれ、じぶん、じぶんは…?


「おーい。」

「ぁ、ぇ…?」

パン、と破裂音がした。焦点が合わさる。刀が交わる音と共に。

正面には青い色と羊角。青とピンクの対比色の双眸と目があった。

「大丈夫かい?呑まれてたねー。戸々矢に」

「あ、おやま…。_____もう、大丈夫だ…」

青山。ちゃらんぽらんな社長…今回は助けられたが。

危なかったねーとへらりと笑う羊角を眺めているとエアガンが手元にみえた。おおかたさっきの破裂音はそれから発せられたものだろう。

「自分に当たったらどう責任取るん。こちとら顔商売もあるんやぞ。」

「えー?当たらないでしょシオバラなら。俊敏だし」

「はぁ?」

「ははははは」

ダメだこいつ、救いようがない。改めてシオバラは認識した。


軽く息を吐きながら奥を見やる。

狐耳の同僚_____夕霧が戸々矢の首に刀を添えていた。

いや、添えていたよりも…今にも斬りつけそうというのが正しいか。そんな絶体絶命的な状況でも彼女は抵抗せず微笑んでいた。不気味なほどに前と同じ表情で、顔色のひとつも変えずに。

「こうやってぇ〜…適度に噛みついてくるのも”あれ“にそっくりだねぇ…」

「黙れ。仕事を増やすな。」

やれやれぇと言いながら腕を上げた彼女はやはり微笑んでいた。

「その要件はねぇ…」







_________


溢れかえるほどにひと、人、ひと。そして潮のかおりと船の音。

シオバラは帰りたくなった。

AM12:00。快晴である。

「おおー、やっぱり人口多い地域って活気があるなー」

「自分はもう帰るぞ、じゃあな」

「え゙ーー!せっかくだし色々市場とか見ようよーーー!」

「自分は人待たせてんの!!」

「シラヌイのこと?あの子確かしばらくはサーカスも休みやで〜って」

「えまさか自分裏切られた?」


話は先ほどの戸々矢の話まで遡る


『しあわせの国で人が多くいなくなってるのぉ。それの調査を頼むねぇ〜。』

にこにこと微笑みながら言ってのけた戸々矢から1番早く離れたのは夕霧であった。そして逃げ遅れた青山とシオバラ2人が駆り出されることとなったのだ。

「しあわせ、しあわせの国〜…あった!ガイドブック」

青山が目をきらきらさせながらガイドブックを捲り始める。名物の餡饅を頬張りながらシオバラはぼぉっとそれを見つめた。ワタリカモメが頭に乗ってきたがそれに構わず眺め続ける。

「えーと…_____しあわせの国は、ミルクラウンで1番の港町であり、知恵に愛された場所でもあります。岩晶を司る霊神様を信仰しているため、岩晶の力を使える者が多いのが特徴です、だって」

「へぇ。岩晶霊ねぇ…、うちにも水雨霊がいるけど。あいつと同じなんかねぇ」

「……うーむ。あの子は結構とっつきやすい方だと思うよ。」

横顔から感情を読み解くことは難しい。ただなぜか…怒っている、そんなふうに感じた。

(…?なんで、怒っているん)

ただその表情もすぐににぱっとした笑顔に変わった。

「知識を司るってことはさー!きっと失踪者の情報もどこかにあるはずだよー!」

「はぁ!?んな急に教えてくれるわけないやろ!?」

急に引っ張り上げられたせいでカモメは逃げてしまった。バサバサと、真白な羽を残して。

そんなことにも構わずぶんぶんと手を握られて振られる。バターにでもなった気分だ…。

「ちょ、まて、んな無鉄砲に行っても得るもんも得られん!マジで、一旦、やめ」

がくがくと揺れる中、鈴音が何故か鮮明に聞こえた。


「やめてあげてください。青山。そちらのお嬢さんが困っておられますよ」

ぴたりと、青山が止まってシオバラが軽く放り投げられる。

行き交う観衆が色めき立ち、どよめきたつ。

そこには薄く輝く羊角をもった青年が立っていた。柔和な笑みを浮かべ、まるで神のように。

(ん…?羊角?)

ふと隣を見ると、珍しく苦虫を噛み潰したような顔をした青山がいた。

「…水晶小箱。珍しいねー。”お前“が出てくるなんて。昔では考えられないや」

「ふふっ。俺も色々変わりましたからな」

ここを統治し始めてから。そう言って柔らかく微笑む青年_______水晶小箱はさらにこちらへ歩み寄った。

「えぇー…マジで何?お前そんなキャラだったー?」

「キャラチェンとでも言っておきましょうか?」

うげぇと言いながら青山が追い払うようなジェスチャーをしたのを無視して話し続ける水晶を見てシオバラはあれ、と淡く違和感を覚えた。

(あいつ、自分以外の羊角は昔に滅んだって…)

まあ、自分の知ったことではないしな。シオバラは無駄に詮索をしないタチだった。

「______それじゃあ俺はそろそろ失礼します。業務もありますからな」

「おっけーいもう来んなー」

水晶が会釈して離れていく。群衆も何もなかったかのように日常に戻っていく。平穏が戻ってくる頃にはもう誰もこちらに興味を向けなくなっていた。

「あーーーー…してやられた戸々矢に…あいつ絶対水晶小箱のこと知ってて私をこっちに派遣した…」

「なんか因縁ありそうやなぁお二人さん。」

むすぅ…とむくれながら青山がごちる。

「因縁も何も…あいつが岩晶霊になってたのを知らなかっただけ」

「あー…岩晶霊だったんやなぁ」

まあ、納得はできた。妙に群衆が羨望や嫉妬の念を込めながら見ていたから妙だなと思ったのだ。でもまさか、この地域の最高霊だとは。

「「前途多難だなぁ…/やな…」」

空を仰ぎ見る。少しだけ、雲が垂れ込めてきていた。

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昼明けの幽霊よ なにか @naninanika

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