2:冒険者たち
「親父さん、いる?」
がらん、と、ヤギの首につける鈴を改造した雑な鈴が鳴って、ゴヨーネ商店の扉が開かれた。ひょこっと顔を出したのは、この店によくやってくる冒険者のジョウさんだ。彼女はロウで固めた革鎧に、剣を二本吊っていて、同じく革の帽子を短く切った金髪の上にのせていた。気さくなお姉さんで、親父さんの眼窩掘りをいさめてくれたのも彼女だ。
「ジョウさん」
あたしは帳簿を閉じて立ち上がった。ここ二週間姿を見ていなかった。
「よかった。無事だったんですね」
「まァね」
ジョウさんは笑って、それから長靴の踵を鳴らして店に入ると、中央のテーブルに背負い袋をどかっと降ろした。
「心配した?」
「えぇ、まぁ。そのまま帰ってこない人、たくさんいますから」
「親父さんに助けられちゃった」
「へェ?」
「今回はさ、地下に入ったんだ。教授の調べだと、最深部は地下って話だったじゃない?」
教授とは、このダンジョンのほとりの街で聞き取りをしてダンジョンの研究をしている貧乏な変わり者……つまり、お父さんのこと。
「それで、わたしたちはずっと地下に降りてたんだけど……多分、前の地震でできた裂け目だと思うんだけど、ミンヌスが未探索の裂け目を見つけてね」
ミンヌスという人はあたしも知ってる。ジョウさんの冒険者グループの一人で、どうも胡散臭いおじさんだ。昔は泥棒だったらしい。
「その裂け目を降りるのに、ロープを使ったの。念のため、わたしのロープとミンヌスのロープで二本垂らしておいて、探検を続けてね、いろいろ見つけて食料も尽きたし帰ってきたんだけど……ミンヌスのロープがちぎれちゃってて」
ジョウさんは「安物買ったから」と付け足した。
「でもわたしのほうのロープはしっかりしてて、それで何とか帰ってこれたの。親父さんのロープ。もしロープは念のため二本使う、っていうのをここで教えてもらってなかったら、わたしたちは今もダンジョンの中で、多分飢えて死んでた。だから、親父さんに助けられちゃった、ってわけ」
「へぇ」
ロープについては、あたしはよく知っていた。
地震の後、親父さんが在庫のロープの点検をはじめて、格別しっかりしたロープを一本一本検品して調べて仕入れ、さらに何か加工を施していた。
手間もかかるからちょっと値段は高くしていて、常連の中には文句を言う人も少なくなかったが、なるほど使われるのを見越して準備していたのか、と合点がいく。
あれ付き合わされて大変だったから……。
「そこらの安物とは違うからな」
と、店の奥の倉庫から義足を鳴らして親父さんが現れる。
「なんだ。お前さんまだ革鎧か。金もあるだろうに。はがねに変えろって言ってるだろう」
と、親父さんが言うと、ジョウさんは肩をすくめる。
「重いよろいを着ると、財宝を持って帰ってこれないもん」
「命あっての物種だぞ。どうせ大したものは持って帰ってこないくせによ」
親父さんが笑って、ジョウさんも吊られたように笑った。
あたしがお茶を出していると、店にジョウさんの仲間の冒険者もやってくる。お茶が増えた! 親父さんも、なじみの冒険者が無事帰ってきてほっとしたのか、普段に比べると口数が多く感じた。
「それで? 何を持って帰ってきたんだ?」
「それなんだけど」
と、ジョウさんの仲間の戦士(こっちは金属の甲冑を身に着けている)が、背負い袋に括り付けてあった布でくるんだ剣を取り出した。
「ここに来る前に、戦利品をさばきにバリーの店に行ってさ」
「ちったぁ悪びれろよ。まぁ、やすぴかものはウチじゃ買い取らんからな」
バリーの店は、このダンジョンのほとりにある別の道具屋さんだ。そっちはやり手の商人のツゴークさんが経営していて、親父さんのこのゴヨーネ商店と違い、王都に本店がある、つまり支店だ。王都に販路があるから、ダンジョンで見つかった貴金属や宝石、細工物のたぐいを買い取ってくれる。うちはそういったものを買い取っても売ることができないから、まぁ、住み分け、ということ。
戦士のファタイさんは、剣をテーブルに置いて、布を開いた。
薄刃で抜き身の直刀はひどくさび付いている。その錆はなんだか青っぽく見えて、奇妙だった。
「この剣、バリーだとがらくたで、銀貨5枚って言うんだ。でも俺はもっとすごい業物なんじゃないかと思ってさ」
「ほぉ」
親父さんはその剣を手に取ると目を細めてその刃を眺めた。
「お前もわかってきたじゃねぇか」
「マジで?」
「こいつはアダマンティンでできたドワーフ作りの剣だ。エルフの依頼で鍛えたやつだな。細身で繊細。いい仕事だ。自分で変に研いだりその辺の鍛冶屋に持ち込まなかったのもハナマルをやろう。アマニ油なんかで磨いてみろ。台無しになる」
「高いのかい?」
「きちんと研ぎなおしてやれば、道理の分かる奴なら、屋敷一軒か、ちいさい城が建つな。もちろん、わしが研いでやったらの話だが」
「やったぜ」
ファタイさんは仲間の…ジョウさん、ミンヌスさん、それに魔法を使うって言うザドさんと喜び合った。
「研いでくれる?」
「研ぎ賃は払えよ。三日もあれば仕上げてやる。ただし、条件がある」
「分かってるよ」
こういうすごい武器や装備が出たときに、親父さんがいつもつける条件。ファタイさんは笑った。
「このダンジョンで戦う間は自分たちで使ってろ、だろ。もちろんさ。俺たちはこのダンジョンの最深部まで行くつもりなんだから」
親父さんはふん、と鼻息で笑う。
「ならいい。こいつは谺世界の魔法の金属だ。この世のはがねで傷つかないような怪物も、こいつなら斬ることができる。それだけじゃないぞ。アダマンティンはくろがねの王と呼ばれる金属だ。そこらの鉄や石はみんな畏れおおくてアダマンティンには道を開ける……避けちまうんだ。鉄の鎧だってバターみたいに切れるはずだ」
「本当かい。すごいな」
「もちろん、わしが研ぎなおしたら、だがな」
「頼むよ。裂け目の奥に入ったらすごい怪物がいっぱいいてさ。危ないところだった。ジョウは剣を一振り折られて。財宝を見つけたけど、だいぶ置いてきちゃったんだよ」
「そうそう、すぐにまた取りに戻りてぇ」
と、ミンヌスさんが口をはさむ。
「ここのロープ、よかったからさ。今度は俺にも売ってくれよ」
「ふん、不義理してバリーのとこで買ったくせに、調子がいいんじゃあないか?」
「それは言わないでくれよ親父さん」
「ま、かまわんがね、シル、奥からロープと、それから三番目の棚にある鎖梯子を出してくれ」
「鎖の梯子?」
あれ重いんだよな、と、あたしが口をとがらせると「手伝うよ」と、ジョウさんがついてきてくれる。
背後の店内から、ミンヌスさんたちが親父さんに何かを見せている声が聞こえた。
店の奥は工房の他は倉庫になっている。ゴヨーネ商店は大まかに三つのエリアにわかれていて、一つがあたしがいつもいる店頭の売り場、二階は親父さんの生活スペースで、あとはこの大きな倉庫兼工房。
あたしは倉庫からロープと、鎖梯子を取り出した。
真っ赤な顔で鎖梯子を持ち上げたところ、くすくすわらってジョウさんがそれを軽々と取り上げてくれる。
「親父さんは」
ジョウさんが鎖梯子を抱えて、倉庫と工房を見回した。
「なんでこんな商売やってるんだろうね」
「なんでって……」
「あれ、わたしが駆け出しのころダンジョンで拾ってきた、多分子供のオモチャみたいながらくた」
ジョウさんが指した棚には、いくつもの奇妙ながらくたが並べてある。それは親父さんの趣味みたいなものだった。
親父さんは、駆け出しの冒険者がこのダンジョンで持って帰ってきたもののうち、どこも買い取ってくれないようながらくたを買い取る趣味があった。
それはジョウさんの持って帰ってきた……多分タイコのように鳴らす石のおもちゃのような……がらくただったり、鍋釜だったり、本当に何に使うものかわからないものもあった。
親父さんはそれを買い取ると同時に、その駆け出しの冒険者からがらくたを手に入れたときの話、どこにあったか、なんかを聞いていた。
こういうものを買い取った後、親父さんは決まって店を早めに閉めて、ちょっと強いお酒を呑むのだった。
「あれ買い取ってくれたおかげで、食うや食わずの駆け出しのころ、だいぶ助かったんだよね」
「へぇ」
「慈善事業の冒険者相手のお助け人にでもなろうかっていうと、違うみたいだし」
「そうですね」
あたしは相槌を打つ。
親父さんがいつから、どうして、ここで商売をしているのかなんて、考えたことはなかった。
あたしが生まれたころからある店で、何人もの冒険者を見送ってきた店だ。
あたしがアルバイトをするようになってからでも、見なくなった冒険者は片手の数では足りない。まだ財宝の出もよくてダンジョンが栄えていたころはもっといただろう。
確かに彼らは親父さんが育てたと言ってもいいかもしれない。
冒険者たちは、今回ジョウさんがみつけたような道を見つけ出し、財宝をもとめてダンジョンを奥へ奥へと進んでいった。
「それに、さっきの剣、都に持っていけば親父さんの言うように高く売れるだろうし、そんならがらくたで買い取ってこっそり売ってもいいのに」
「でも、あれを使えばジョウさんたちはもっと奥で戦えますよね」
「親父さんの言う通りのすごい剣ならね」
嘘つくとも思えないけど、と、ジョウさんはあたしにウィンクした。
「この鎖梯子だって、多分裂け目にかけろって言われるんだ」
「裂け目に?」
「今はあの道はわたしたちしか知らないけど、どうせすぐに他の冒険者に見つかる。そうしたときに、いくら質がいいったっていつ切れるかわからないロープよりもこの頑丈で重たい梯子のほうがいいに決まってる。そうすれば、もっとたくさんの冒険者がさらに奥に進めるようになる……。ミンヌスあたりはお宝を独占したいって言うだろうけど、なに、あいつもこの店に育ててもらった冒険者だ。嫌とは言わないよ」
「じゃあ、ジョウさんの剣を折っちゃうような怪物がいるところに、他の冒険者さんもどんどん……?」
「そうだね。ひょっとしたら別のルートが見つかるかも。わたしたちはそうやって、あのダンジョンを探っているんだ」
親父さん、わかってるよ、と、ジョウさんは言って、店に戻っていった。
あたしは首をひねる。
親父さんは別にがめついわけでもないし、お父さんみたいにダンジョンの歴史に興味があるわけでもない。
でもどうやら冒険者たちをダンジョンの奥に進めたいらしい……。
「おぅいシル! お前客に働かせて何やってんだ!」
おじさんの怒鳴り声が聞こえた。
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ゴヨーネ商店の悪魔退治 @hirabenereo
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