反抗の日

桃里 陽向

第1話

朝、街はまだ生きているふりをしていた。

焼け焦げた建材の匂いは風景の一部になり、誰も鼻をしかめない。空には雲ひとつなく、無駄に澄んでいる。こういう日は決まって、世界は正しい顔をする。


液晶の広告塔では、昨夜決定された理論が「未来を選別する仕組み」として説明されていた。難解な数式が踊り、勝者の姿だけが強調される。誰が外されたのかには触れない。触れる必要がない、という態度だけが一貫していた。


今日は反抗の日だった。


カレンダーに赤く印字された、年に一度の休日。誰かに怒るための公式な猶予。通りには旗を抱えた人たちが集まり、怒号よりも退屈そうなあくびが目立つ。革命はもはや、習慣だ。


僕はその列に加わらず、コンビニの前で立ち止まった。

財布を忘れてきたことに、今さら気づいたからだ。

この世界に対する不満は山ほどあるのに、昼のアイス一つ買えない。理論も正義も、ここでは何の助けにもならない。


ヘルメットを被った警備員が通り過ぎていく。彼らの装備はやたらと最新式で、音だけが過剰に鋭い。ぶつかり合う気配はあるのに、実際には何も起きない。賭け金のないゲームのように、全員が結果に興味を失っていた。


僕は思う。

結局、怖いのは他人なのだと。

殴られることより、正義の側に立たされることの方が。


昼過ぎ、街の中心で何かが決壊した。

炎が上がったらしいが、詳細はすぐに抽象化され、「必要な犠牲」という言葉に回収された。焼けた区画は海のように黒く広がり、人々は写真を撮って帰路につく。悲鳴より先に、次の話題が必要だった。

夕方、空が赤く染まるころ、僕は同期からアイスを奢ってもらった。

理由は覚えていない。ただ、冷たさだけが確かだった。


夜、屋上に上がる。

街は傷だらけなのに、空は無関心だ。星は昨日と同じ配置で、煌々と輝いている。誰が勝ち、誰が沈んだのかなど気にも留めずに。

僕は反抗しなかったし、救いもしなかった。

それでも明日は来る。

この世界が間違っている証拠を、今日も見つけられないまま。


星だけが、正しそうに光っていた。

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