雪降る窓の外、体育館は使えない
コトワリ
第1話 趣味
外に目を送れば、雪がしんしんと降っている。俺に取っちゃどうでもいいクリスマスもすでに過ぎ去って、一年を終えれば新しい一年が間髪入れず目の前に迫ってくる時期。一月の東北地方、地面なんてほとんど見えない降雪量に俺はため息をついた。
「今日も、体育館は使えないんだったか」
冬川省吾、野球部員。小さいころから野球が大好きで、気づけば高校三年生という月日を過ごしてしまっていた。
当たり前だが、野球というのは外でやるスポーツ。
繰り返して、当たり前だが。雪が降っていればできることは限られてしまう。走り込むことも、ボールを投げることもできない。素振りなんて、壁に穴でも開けてしまったらもってのほかだ。
それなら体育館を使えばいいのだけど、残念ながらうちの高校には外でしかできないスポーツが他にもいくつもある。サッカー、テニスなどなど。加えてバスケやバレーボールなど、元々中で行う種目もある。二つしかない体育館。毎日野球部が使えるわけでもない。
だから、俺は寒い廊下へと足を向けていた。
「よし…んじゃやるか。」
上着を脱ぎ、半袖になって準備運動を始める。
ここはほとんど人の通らない、校舎の角の方の廊下。俺の放課後のトレーニング場所と化している。人が通らないってことは、簡単に言えば寒いってことだ。だが、どうせ運動する。そんなの苦にもならない。
(早く冬、終わらねぇかな。)
必要な事だと分かっていても、やっぱり投げたいし、打ちたいし、走りたい。
その場にとどまるトレーニングは、退屈だ。
もう日常と化してしまって、退屈であることすら薄れかけてた今日この頃。
準備運動を終えて筋トレへと本格的に進めた時、足音が近くで止まった。
誰かが近づいてきていたらしい。集中しすぎて全然気づかなかった。
(邪魔か。)
ほとんど人が通らないとはいえ、誰も来ないわけではない。俺は一度立ち上がり、壁際に寄った。自然に通行人を見てみると…
(…可愛いな。)
友達からは女子を見る目がないと挨拶がてら言われるほど、見た目の良し悪しがわからない俺ですらそう思うほどの可愛い女子生徒だった。指定の制服をしっかり着こなし、スカートの丈は少し短めで、黒いタイツを防備した幼げで、けどもどこか冷たさをはらんでいる凛とした目。
何より、髪の色が外に降り積もる雪よりも、真っ白なのが印象に良く残った。
(ハーフなのか?…てか…。)
何故なんだ。
「えーと…なんか用か?」
女子生徒は退いたのにも関わらず、通ろうとはせず俺の方をジッと見ていたのだ。綺麗な目でずっと見られていて、何も悪い事はしていないのに謝ってしまいそうなほど気まずい…。
耐えられなくなり、声をかけた。
「寒くないんですか?半袖。」
すると当たり前な疑問が飛んで来た。そりゃそうだ。真冬に暖房器具の一切ない廊下のど真ん中。半袖で筋トレしてたらそう言われても仕方がない。
むしろ不審者扱いされ、悲鳴を上げながら逃げられるよりずっとましな対応だ。
「あぁ、大丈夫だ。運動してるからな。」
「部活動…お一人で?」
「大勢が廊下に固まっていたら邪魔だろう?俺の心配は良い。こんな寒い所、早く通った方が良いぞ。」
寒くはない。が動いていないと寒い。早く通ってくれないと運動ができない。
一応、良心からもそう言ったのだが、女子生徒は引き下がらず。
「カーディガンいります?見てると寒いです。」
「汗だくの男に自分のカーディガン着せるのか?汚いとかないのか。」
「?…寒いんですよね?」
「寒くないって言ってるだろ。いらん。」
「ははっ…嘘つきですね。」
明らかな年下の女子、のはずなのに見せる笑顔は何歳も上の大人な女性を想像させた。体は冷めず、なんならさらに温度を上げたような気がした。
単純な脳しか持ち合わせていない俺、恥ずかしさを隠すためにこんな小さな女子生徒に自分を強く見せてしまう。
「あ?誰が嘘つきだって?」
「私、夏目アリスって言います。ここ、いてもいいですか?」
疑問形の質問をするだけして、答えは聞かず夏目は壁際にもたれかかって座ってしまった。なんなんだ一体…。
「…俺は冬川省吾だ。」
「冬川先輩ですか。三年生、ですよね?多分。」
「あぁ、まぁな。夏目は、一年か?」
「はい。まだ少し高校生活には慣れてはいません。気づいたら冬でした。」
「…そうか。」
話はそこで途切れてしまった。俺は元より話下手。これ以上どう話を続けようか悩んで窓を眺める。
「続き、やらないんですか?」
「は?」
「筋トレ。やってたら寒くないんでしょう?」
「人に見られるのはやりにくい。」
「なら、静かにしてますので。視線も窓見てますよ。」
「そういう問題じゃ…はぁ。なら、話無視しても許せ。」
「はい。」
夏目はその二文字を最後に、本当に窓の外を見て黙りこくってしまった。この変な状況に俺も頭が回らず、とりあえず体を動かすことにしていつものトレーニングを再開した。
腹筋100回、腕立て伏せ100回、背筋100回、その場で全力ダッシュ10回。
毎日、休みの日も繰り返しているルーティンみたいなもん。さっきまで腕立て伏せをしていたのだが、何回か忘れてしまったので最初から始めた。
(夏目のことは気にせずやろう。)
女子にうつつ抜かして野球人生棒に振りました、なんていつか来るであろう酒の席でも言えない。墓まで持って行くことすら死にきれないだろうな。
腕立てを100回終えて、腹筋へと取り掛かろうとした頃。
「冬川先輩は何部なんですか?」
「野球だ。」
突然、夏目が話しかけて来た。けどやっぱり視線は降り積もる窓の雪。いつ帰るんだろうコイツ。
「野球部…熱血ですね。」
「部活は大体熱血系だろう。」
「野球は一段とだと思ってます。偏見ですが。頭丸刈りなんて、他のどの部活より熱意籠ってるじゃないですか。」
「最近は強制じゃなくなったがな。」
「ふさふさですもんね。」
「悪いか。」
「いえ、趣味への熱量と毛量は関係ないと思います。」
「…趣味じゃねぇ。」
「え?」
「…。」
趣味と言われて、腹が立ってしまった。なんて情けないんだか。実際、何か大会で成績を残したりしてるわけじゃない。頑張っているだけ、それを人は趣味と呼ぶことはわかってる。わかってるのに、その二文字を、何も知らない女子生徒に言われて腹が立った自分が、情けない。
それでも今さら撤回するほど、俺は器用じゃない。不機嫌なまま腹筋を始める。
けれど、思わずその動きを止めてしまった。
「すいません、趣味だなんて言って。」
「お、おい。」
夏目は頭を下げてしまった。年下に頭を下げさせる、それがどれだけ罪悪感を募らせるかわかっての行為だとしたら、夏目は十分に作戦を成功させている。
「ま、待て。謝るほどじゃないだろ。顔上げろ。」
「でも、冬川先輩は本気でやってるんじゃないんですか。」
「そうだが…お前には関係ないだろう。」
「…そうですね。」
「お、おう。」
夏目はまた、窓の外へと視線を戻した。何だったんだ一体…。
「先輩。」
「なんだ今度は…。」
「腹筋するんですか?」
「まぁ…。」
夏目は俺の動作で次やる運動を読んだみたいだ。
俺は夏目の行動を読めなかった。
「何してんだ…。」
「重りです。足乗ってた方が、やりやすいでしょ。」
夏目は突然立ち上がり、腹筋をやろうとしていた俺の足に乗っかった。本人は重りと言ってるが、軽すぎて何も感じない。
心臓はバクバクだが。
「…軽すぎて何の意味もないんだが。」
「先輩、女の子を喜ばせるの上手いですね。」
「言わせただろうが今のは。」
「ふふっ、まぁ。そうですね。」
夏目はまた笑って、今度は両手を足に回す。
「これでどうですか?」
「まだマシだが、無い方がもっとマシだ。」
「酷い。良いじゃないですか、あったかいんだし。」
「それはお前がだろう。」
「はい。先輩暖かいです。」
汗をかいているはずなのに、夏目は気にせずぎゅっと俺の足の重りをやろうとしていた。突然現れた変な女子に、俺は興味を持たざるを得なかった。
「…仕方ない。」
「はい、いーち。」
「…。」
「にー。」
「…。」
「さん。」
「やりにくいな。」
「英語で言いましょうか?」
「俺は純日本人だ。」
「私はロシア系のハーフです。お母さんが日本人で。」
「…。」
「どうしたんです?続けないんですか?」
「お前の話が続きそうだったから。」
「聞きながらやってください。」
「はぁ…。」
結局会話をしながら、俺は筋トレを再開した。
「でも生まれは日本なんです。ロシア語わかりません。冬川先輩わかりますか?」
「わかると…ふっ…思うか?」
「いや別に。」
「ふっ、なんなんだよ。」
動きながらも案外会話できるもんなんだって知った。
「それで、こんな髪じゃないですか。変にモテるんですよね。」
「自慢か?」
「相談です。」
「俺は白髪じゃない。」
「私も白髪ではないですよ。薄い金髪です。」
「そうなのか?」
「えぇ、見てみます?」
夏目は顔を近づけ、髪を持ち上げた。ふわりと甘く良い匂いが鼻を刺激する。
俺は思わず、思い切り離れて、頭を床に打ち付けた。
「ど、どうしたんですか。」
「…ビビった。」
話すことはおろか、触れたことなんてあるはずがないのに。いきなり目の前にせまった人形のような可愛い顔に条件反射的に離れてしまった。
しかし足は囚われの身。
「……ふっ、ふふっ。変なの。」
「お前に言われたくはない。いきなり運動中の先輩に話しかけてきて、何がしたいんだ。」
「良いじゃないですか、私がどこにいようと、誰といようと。…でしょ?」
「知るか。…あ。」
「今度はなんです?」
「今何回目か忘れた。」
「45ですよ。」
「…助かる。」
どうやら夏目は記憶力が良いみたいだ。
それから100回腹筋を終えると、夏目は端に置いておいた鞄を持ち上げて。
「そろそろ帰ります。」
「行動の読めないやつだな…。」
「ミステリアスで魅力的?」
「そこまでは言ってない。」
「ふふっ、じゃあ風邪ひく前に帰ってくださいね。」
「わかってる。」
「なら良かった。また明日来ますね。」
「おう。」
ふりふりと手を動かして、夏目は廊下を戻って行った。向かってきた方向へと。
結局何がしたかったんだ…。
「…ん?また明日来ますね?」
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