問題のある日常の物語_挿話ノ弐

@mayoko_blossom

怪異

私には忘れられない出来事がある。

もちろん、誰にだって忘れられないことの一つや二つあるだろう。

例にも漏れず私にもあるだけの話しだ。

じゃあ、なんでこんな仰々しく語るのか。

聞いてくれた人にとっても、きっと忘れ難いことになると信じているからだ。


 -----挿話ノそうわのに_怪異-----


私の友人の子が、食事処に行くと必ず

「ちょっと頂戴ちょうだい」という怪異に取り憑かれるというのだ。


そんなの、どこにでもあるような与太話の類だろうと、面倒臭がって聞いていた。だが、巷にあるような話とはちょっと方向性が違う。

世間一般に話されているものであれば端的に、その友人と距離を取ることを一番に話す。そこで「はい、終わり」という訳だ。相手は反省するか、そのまま走り続けるかの二択しかないのだから。


その後の付き合い方など、申し訳ないが眼中に無い。相談というのは、過程ではなく結果が全てだと思っている節がある。それは否めない。

けれど、先延ばし先延ばしと話を聞いたところで何も解決しないし、何も成さないだろう?

相談の解決というのは「どうなりたいか」もしくは「どうしたいか」だ。聞き手は、その結果に向かって最善手を伝えたり、解決策に導くことが相談に乗るということだ。神ではない私が導くというのは烏滸おこがましいかもしれないが雰囲気はそういうことだ。

聞くだけで良いなら始めにそう言って欲しい。

「愚痴聞いて」とか「相槌よろしく」で問題ない。

簡単だ。


だが、先も述べたように、そんな簡単な話ではない。そんな与太話を物語にしたところで誰も読まないし、筆を取るものとしても面白味もないのだから。


友人から聞いた話をまとめるとこうだ。

異性のみならず同性までを魅了するそれは、首から鎖骨のみならず、胸の上部にかけての肌が露出させる極めて艶やかな容姿。

さらに、上目遣いという願いの姿勢から繰り出される「ちょっと頂戴」はあまりにも暴力的であるが故に被害が絶えないのだと。


そこで私に白羽の矢が立ったという。

いやいや、私ですらそんな怪異に出くわしたら「いいよいいよ」と何もかもを差し出してしまうに違いない。命さえ残れば儲けものなのだ。


涙を浮かべた瞳はなぜこうも美しいのだろうか、私は断ることができなかった。


それならば、ありったけのおふだを準備しなくてはと意気込む私の横で、友人は何かを決意するかのように呟いた「...を鬼にしなくちゃ。...を鬼にしないと。」何と言っていたか聞き取れなかった。


この時の言葉をしっかり聞いておかなかった事を

、私は後悔することになる。



私は銀行へ赴き、

電子音と機械音声に惑わされながらも、不慣れな手付きで暗証番号を入力すると、仕入れるだけのお札を手に入れた。

その数三十八枚。これだけあればいくら「ちょっと頂戴」でも怯むであろう。

ただ、それだけでは不安に勝てない。

私は更に身を清める為に滝行もおこなった。坐禅も組んだ。蒸し風呂に入り、某国で有名な「ろうりゅ」とやらにも手を出した。その恩恵は凄まじく、自分でも信じられない程、私の身体は整っていた。

いつかは国をも揺るがであろう怪異との対面、いくら準備しても足りないという思いとは裏腹に、時刻は既に二十二時を回っていることに気がついた。

私は明日みょうにち訪れる大戦おおいくさに向けて、就寝しなければない。

厚手の温かい毛布を被り仰向けになった途端、私は朝までの記憶はなかった。

ここへは何度も訪れてはいるが、過去へ遡ってもこんなにも清々しい朝は初めてだ。

日光が差し込む湯船に浸かりながら、来る大戦に最後の精神統一を行い、身支度を済ませると、黒服に身を包んだ紳士が食事を持ってきた。銀杏切りされた果物を口に運びながら黒服へ一礼すると同時に、私の心の準備は万全であるといえよう。


いざ、大戦へ。


焼いた肉を喰らう狩場「叙〇苑」

既に凶々しい雰囲気を醸し出していた。用意したお札は足りるだろうか、会話はもつだろうか、お手洗いには行けるだろうか、そんな不安をよそに一人の小柄な女性が現れた。

その人こそが今回の標的であり、怪異に取り憑かれているのだとわかった。

漂う雰囲気そのものが違う。

耳にはこの国のものではない宝石が耳を貫いたように配置され、怪しくも美しい輝きを放ち、胸部はお世辞にも立派とは言えないが、白色の長袖の上に、黒の繋服つなぎふくを合わせることで艶やかに演出している。装飾は派手ではないこそ、逆に調和がとれていて、きっと誰もがお洒落だと思うだろう。

それ故に、場の空気が変わったのだ。けれど誰も口にはしない。先に言葉を放てばたちまち、些細な個性など見抜かれ、勝手な上下関係が構築されるからだ。

決して厨二病を拗らせていた訳ではない。


面子は揃い、いざ店内へ。

薄暗い廊下を進むと、他の席では既に狩りは始まっていた。自然と額に汗が滲む。おびただしい程の煙を吸い上げる機械が「ゴウン、ゴウン」と唸り声をあげながら動いていた。その煙には食欲を刺激する何かが含まれているに違いない。

朝昼に加え間食まで済ませた私ですら、ますます空腹を募らせた。


四十秒程歩くと、私達は狩場に到着した。


四角い鉄板が取り付けられた卓に、私と怪異が向かい合い、私から見て右手に友人が腰をおろした。かの有名な「魔の海峡」の陣形だ。


鬼が出るか「じゃがりこ」か。

さあ饗宴きょうえんの始まりだ。


次々と運ばれてくる肉や野菜に舌鼓をうち、今まで見たこともなかった不思議な肉も登場した。

初めて訪れたが、やはり従業員が悪戯を、巫山戯ふざけて電子世界に晒すなど、某焼肉店とは何もかもが違う。

端的に話せば洗練されているのだ。

素材も人間も、雰囲気から所作に至るまで全て。


あまりに満たされすぎて、涙が出そうだ。

何より、考えていた不安は見事に打ち砕かれたたという、良い方向へ進んでいるという自負に。


終始笑いの絶えない雰囲気に酔いしれた。

私と友人が示し合わせた作戦は見事だったと言えよう。会話も途切れることもなかった。

ただ、私には秘密裏に進めていた計画がある。


ここまで仲良しこよししていた私だが、それもここまでだ。くらうがいい。


次の瞬間、

私はその友人を、驚きの極地へと突き放した。


「えっ、何何?えっ!えっ!」

友人は彼女の前で狼狽うろたえていた。

何が起こっているのか、まるでわからない顔をしている。

私はその顔が見たくて、この場で裏切ったのだ。


「「お誕生日おめでとう。」」

私は事前に店に予約を入れる時にある"特別な計画"を伝えておいた。

「私の大切な友人の生誕を祝いたいから、どうか協力していただきたい。いくらかかっても構わない」

喉が乾いたこともあり少し小声になってしまった事を理解して欲しい。

「ごくっ...(飲み込む音)...分かりました」

この店の奉仕の姿勢には頭が上がらない。

休憩中で何かを食べていたのに関わらず、三つ呼び鈴がなる前には受話器を取るのだから。


その甲斐あって、予期せぬ祝福は大成功を納めた。敵を欺くには味方からというように、私は見事、華麗な裏切りを見せつけたのだ。

その結果、友人は涙を流し、突然目の前に現れた、煌びやかに装飾が施された「甘味皿」を最新版の薄型携帯端末で、何枚も何枚も撮影している。

「ありがとう。すごく嬉しいよ。」

彼女がそう告げた瞬間、怪異は現れた。

音もなく首筋に刃物を突き付けられる様な重圧。

私は油断していた。

手には銀色に輝く、小型の三叉槍さんさそうを携えてこちらを向いていた。


「ちょっと...頂戴」

彼女は艶かしい素振りで、確実に獲物へ向かっている。私が対象なら「いいよいいよ」と、両手を差し出す程の刺激がそこにはあった。


私が持っていたお札も、整った身体も意味をなさなかった。それはそうだ、よく考えればお会計以外にお札は役に立たないし、整った身体も、衣服を纏えばまるで効果など無いではないか。


絶望に似た感情が私の心の中で滾滾こんこんと湧き出した。

飲み慣れないお酒をたっぷり飲んでしまったからか、はたまた鉄板から溢れる熱気からか、額からは汗が吹き出しており、流れた汗は瞼の御粧おめかしを落とす。頑張った装いは、防水ではなかったのだ。

もうダメだと、黒い涙が私の頬を伝う。


今日の為に仕上げて来たのは、私だけではなかったのだ。彼女も同じであった故の油断。

艶やかに整え、普段の装いから上回る変化した御粧しは、あっという間に私の心を砕いた。

「ごめんね。」

友人の甘味皿を守る術がなかった。



その時っ!!

友人の胸の辺りが光り出す。

「なんだ、なんだ!」店内がざわめき出す。

「ガコン、ガコン!」と音と共に、友人の胸部は厚さ五センチ程の塊が観音扉の様に開いた。

ゆうに縦横十五センチはあるであろう、その空間には何かがあるが、眩しくて見えない。

「私さ、今日はね、心を鬼にしてきたんだ。」

友人は開いた扉部位を掴み、開いた扉の中を見せつけた。

そこには、耳や鼻に輝く装飾を付け、瞼の上下には黒い塗装が施され、二本の角はそれぞれに鎖が巻かれ、一つの鎖は口元に繋がっている。

装飾が凄すぎて一瞬見間違えかと思ったが、そこには確かに鬼がいた。破天荒な音楽家の様な面持ちだか、確かに鬼だ。

「ちょっと頂戴じゃないよ。私達も分けっこした方が楽しいの知ってるの。だからね、これからは少し待ってみない。あなたには私たちをその気にさせる"何か"があるの。私達にとってもあなたと友達でいること誇らしい。だから口癖になっている、その"ちょっと頂戴"やめてくれないかな?」


その言葉を聞いた彼女は、少し俯いて「わかった。やめるね」と言った。

やけにあっさりと受け入れてくれて良かったと思ったが、話はこれで終わらなかった。

「ちょっと待って、私も見せたいの」

彼女はそう言うと控えめな胸部辺りに触れる。すると、先程の友人と同じように胸部の辺りが光り、厚みのある扉が「ガコンッ、ガコンッ」と開きその中には遊郭を彷彿とする障子しょうじが出現した。つまりは扉の中に、更に扉という訳だ。

私は目の間で起こっていることから目が離せない。

その障子がシャーッと開くと中には、純白から真紅への段階的色調だんかいてきしきちょうの美しい、尾の多い狐が小さな欠伸あくびをしていた。

「私ね、九尾の狐なんだぁ。」

私は言葉を失った。

目の前で起きたことの情報量の多さ、今の今まで見たことの無い光景に私はただ黙って口を開けていた。

「...可愛い...、だったの」

「なんだ...、のよ」

さっきまで共に楽しく食事を囲んでいた友人は、まるで遠のいていくように声が聞こえなくなった。

----------プツッ--------(何かが切れる音がした)

その後のことはよく覚えていない。

お支払いは?

気がつくと自宅にいたのだ。

一体、どうやって帰ってきたのか覚えていない。


ただ、一つだけ気になることがある。

私の「心」には「何」がいるの?



問題2

自身の心の扉が開いた時に、現れるものは何か答えなさい。(演出や装飾を加えてもよい。)

()

 例、小さなおじさんがテレビ観ながらお茶をすすっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

問題のある日常の物語_挿話ノ弐 @mayoko_blossom

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ