鉄と火薬の異端審問 〜15世紀フス戦争を「情報工学」と「経済封鎖」でハックせよ〜
藤田 郁雄
第一章「JRPG」
第1話:神は遅い
一四二〇年、七月。ボヘミアの夏は短く、夜風にはすでに秋の気配が混じっている。
プラハ郊外、ヴィートコフの丘。
包囲された王都の救援に駆けつけた我らフス派ターボル軍は、静まり返っていた。
焚き火の爆ぜる音だけが、不気味なほどに大きく響く。
無理もない。皇帝の号令で全欧州から招集された十字軍、その数五万。
対する我らは、農民と職人で寄せ集めたボヘミア義勇兵四百。
質でも量でも圧倒されている――。
「――随分と静かな夜ですね、閣下」
天幕に入ると、ヤン・ジシュカは地図の上で駒を動かしていた。隻眼の老将軍。
その表情は岩のように硬く、恐怖など微塵も感じさせない。
ただ、圧倒的な死の予感に対して、冷徹な計算を繰り返しているだけだ。
「ジリか。閣下と呼ぶのはやめろ」ジシュカは顔を上げず、低い声で言った。
私の名はジリ。フルム家の三男。プラハ大学で学び――学びすぎた。
カトリックだけが扱える魔法『聖蹟』の仕組みを、ただ知りたかった。
「聖蹟を暴くな」教会はそう何度も警告してきた。だが私は引かなかった。
『神を試すな』とは書いてあっても、『聖蹟を試すな』とは聖書に書かれていない。
そう言って私は研究を続けた。その代償は、血で支払うことになった。家族の血で。
教会から破門。大学から追放。
実家のフルム城は、カトリックの盟主ロジュンベルク軍に焼かれ、
父と兄は中庭で矢を浴びて殺されていた。
妹エリシュカは、崩れた梁の下で――焼かれていた。
助けを求めて伸ばされた小さな手。私は掴めなかった。
「斥候の報告によれば、敵は聖ヨハネ騎士団。全員が聖蹟を使える聖騎士どもだ。
我々の持つ火器や矢では、奴らの輝く鎧にかすり傷ひとつ付けられんだろうな」
ジシュカは冷静に分析を口にする。諦めではない。単なる事実の確認だ。
天幕には数人の幹部と、書記官を務める痩せた男プロコフが控えていた。
彼もまたプラハ大学で神学を修めたエリートで、この陣営では数少ない、
私の『言葉』を正しく理解できる人間だ。
「撤退を進言しにここへ?ジリ」
重苦しい空気の中、プロクが眼鏡の位置を直しながら尋ねる。
「いいや。むしろ好機だと言いに来たのさ、プロコフ書記官殿。
そして――ジシュカ将軍殿」
どう見ても絶望的な状況だが、私には勝算があった。
「好機だと? 聖騎士どもを相手にか?」隣にいた農夫上がりの隊長が鼻で笑った。
「あんたが大学でなに学んできたのか知らねえが、奴らの聖蹟は無敵だ。
俺たちゃ何度も見てきた。矢が当たった瞬間、光が弾けて終わりだ」
「ええ。その『当たった瞬間』というのが重要でしてね」
私は懐から羊皮紙を取り出し、地図の上に広げる。そこには聖蹟アイギスの
シーケンス図と、ある数式が記されている。私の、忌まわしき研究成果の一つだ。
「プロク、君なら分かるはずだ。聖蹟アイギスの基本原理を」
そっとシーケンス図を指す。
「――インパクト・アクティベーションのことか、ジリ?
常時展開していると魔力の消費が激しすぎるため、
外部からの衝撃を感知して瞬時に障壁密度を上げる」
プロクは淀みなく答える。さすがは優等生だ。
「その通り。アイギスは衝撃を受けてから硬化する鎧なんだ。
感知から展開までに、必ずラグが生じる。瞬きするよりかは速いが、ゼロではない」
私は周囲を見渡して反応を確かめる。ジシュカの隻眼が、興味深そうに光っている。
「つまり、今までの矢や弾丸では遅すぎるから、
神のご加護が間に合っているだけなのさ」
「だが、これ以上速くなどできんだろう?」ジシュカが口を挟む。
「ええ。これまでの常識ならば」私は持ってきた革袋を卓上で逆さにする。
サラサラとした粉末ではない。黒光りする、粟のような小さな粒。
二十一世紀の化学プラントで長年エンジニアとして従事してきた前世の記憶を持つ、私だからこそ辿り着ける答え――粒状火薬だ。
この粒状火薬の燃焼速度は約四百m/s。筒内圧力は二〇〇〇気圧を超える。
従来の黒色火薬とは異なり、鉛弾の初速は、優に音速を突破する。
(――ただし問題はある、ここでは決して言えないが)
「私の計算では、この粒状火薬なら弾丸は音よりも速く飛ぶ。
聖蹟が展開するよりも早く、弾丸はアイギスを潜り抜けるだろう」
疑いの目。祈るような目。怖れている目。全部まとめて、私は受け止める。
今の私はすべてを奪われた人間だ。
破門され、追放され、家も家族も――妹を失った。
奪われたなら奪い返すまで。ここから反撃の狼煙を上げることにする。
(聖蹟は絶対だと?――いいや、遅いのさ、神は。その遅れを、私は撃ち抜く)
「――いいだろう、ジリ工匠頭」隻眼が、私の目をじっと見据えた。
ヘーゼル色の瞳、その奥に薄暗い炎が揺らめいている。
老将軍は、その炎の正体を知っている。
「今回もまた、貴様に賭けよう」
その決断を聞いて、プロク、そして各部隊長たちはそれぞれ目配せして
ゆっくりと頷く。その目には、僅かながらも希望の光が灯っていた。
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