第17話 現実がねじれる場所

 だが、休憩は短かった。彼女は警告もなく、再び走り出した。僕は彼女を追って建物の中へと戻った。静電気のような奇妙な引力が、僕を本能的に追いかけさせた。


 追跡は突然終わった。彼女は鋭く右に曲がり、二階の女子トイレに滑り込んだのだ。ドアは背後でカチリと閉まった。僕はその正面で立ち止まり、待った。


 中に入るわけにはいかない。理性的な人間には、二階の窓から逃げる術はない。トイレの出口は一つしかない。だから、僕はそこに陣取り、ドアに視線を固定した。


 十秒が過ぎた。そして二十秒。さらに一分間。


 足音はない。物音もない。ドアの下に影もない。何もかも。


 まるで彼女が中に入った瞬間、ドアの奥の世界が消滅したかのようだった。背筋に悪寒が走った。


 足音が背後の階段から響いた。一定で、近づいてくる。僕は振り返り、そして凍りついた。


                 ( * * * )


 それは彼女ではなかった。本物のカティアだった。下の階から階段を上り、女子トイレの入り口のまさに隣に現れたのだ。


 僕の頭は停止した。すべての論理回路が火花を散らして停止した。カティアは眉をひそめ、困惑していた。


「何してるの、ミコ?授業はとっくに始まってるわ。庭を出てからあなたを探したのよ。サボってるの?」


 僕は急いで嘘をでっち上げようとした。


「お、僕は今……トイレから出てきたところだ。腹の調子がすごく悪くて、でも少し楽になった」


 彼女は疑わしげに眉を上げた。


「だったら、どうして二階にいるの?」


 僕は唾を飲み込み、再び嘘をついた。


「一階の男子トイレが完全に満室だったんだ。全部の個室が」


 カティアはため息をついた。


「わかったわ。授業に戻るか、まだ痛いなら保健室に行きなさい」


                 ( * * * )


 カティアが女子トイレに入った後も、僕は動かなかった。


 中に入った少女は出てくるべきだ……カティアはちょうど反対方向から到着したばかりだ。二人が同一人物であることは不可能だ。


 カティアが出てきた後、僕は無理に話しかけた。


「なあ……君が上がってきた時、中に誰かいたか?」


 僕がまだそこにいるという、予想外の質問にカティアは瞬きをした。


「いいえ、ミコ。誰もいなかったわ。言い訳はやめて。具合が悪いなら保健室に行きなさい」


 彼女の表情はわずかに和らいだ。


「送っていこうか?」


 僕は素早く首を振った。


「確認してくれないか?念のために。お願いだ」


 カティアはため息をついたが、ドアを押して中に入った。


 僕は外で待った。心臓がドクドクと鳴る。呼吸が詰まった。


 一瞬が過ぎた。カティアは戻ってきたが、全く感動した様子はなかった。


「誰もいないわ。全くね……ミコ、本当に今日はどうしたの?」


 僕はゆっくりと息を吐き、理解した。


 あのトイレに入った者は……決して出てこなかったのだ。論理が僕の頭の中を巡った。二階の部屋、出口は一つ、飛び降りる手段はない。間違いはない。計算は嘘をつかない。


 僕が追いかけたものは現実だった。走るのに十分なほど現実。隠れるのに十分なほど現実。カティアが現れた瞬間に消えるほどに現実だった。そして、本物のカティアが手を伸ばし、僕の手を取った。彼女は僕を保健室へと導き始めた。僕の心はまだ混乱していたが、初めて、安心感を覚えた。


 カティアが僕の手を握った瞬間、何かが違った。彼女の触れ方は柔らかかった。温かかった。それは、カフェテリアへ歩く途中で交わすような、何気ない接触とは違った。


 僕はいつもの明晰さが戻るのを待った。しかし、戻らなかった。代わりに、奇妙な感覚が胸に広がった。胃がねじれた。病気からではない。嘘からではない。何か現実のもの。僕には名付けられない何か。


 一つの記憶が現れた。ぼやけている。遠い。約十年前の記憶だ。はっきりとは思い出せないが、まるで失くしたものが今再び触れてきたかのように、懐かしく感じた。


 カティアの手は僕の手に留まっていた。その温もりは消えない。軽く、しっかりと、現実的に握られていた。


 僕の思考は混乱した。答えを見つけられない。説明できない。僕が感じられるのは、彼女の手と、それが運んでくる記憶だけだった。


 その時、僕の中で何かが動いた。ゆっくりと。静かに。穏やかに。まるで僕の心の中の箱が、勝手に開いたかのように。それは痛みを伴わない。恐ろしくもない。有害でもない。


 ただ、そこにある。


 現実なのだ。そして僕はそれを知っていた。


                 ( * * * )


「脳は本当に破損しうるのか?」


 カティアが僕の手を握った瞬間、その技術的な疑問が浮かび上がった。彼女の触れ方は柔らかく、カフェテリアへ歩く途中で交わすような、いつもの何気ない接触とは異なっていた。この優しさは、僕が予想していた確固たる、予測可能なデータを引き起こさなかった。代わりに、僕の中で分類も無視もできない感情的な不規則性(アノマリー)を生み出した。


 恋心や片思い、あるいは人々が通常使うどんな言葉であれ。このようなものは、技術的なシステムにおけるバグと見なせるのだろうか?そして、もしそれがバグだとしたら、人間の脳内に存在するエラーを一体どうやって修正するのだろうか?


 僕は、全く非技術的な問題に対し、技術的な答えを探し続けた。彼女の手から僕の手へゆっくりと広がる予期せぬ温かさを、どうにか分類しようとして。


 さらに多くの疑問が積み重なり、困惑するほど非効率なループの中で延々と回転した。顔に熱がラッシュした。病気からではなく、僕には定義できないある種の羞恥心のようなものからだった。胃がねじれた。今度は本当に。それはもはや言い訳に使った偽の腹痛ではなく、僕には事前のコードがない、感情的な刺激だった。


 奇妙なことに、その感覚は別の何かを引き寄せた。微かなイメージ。約十年前の断片。あまりにもぼやけていて、完全には取り戻せない記憶の断片だ。


「だから最初、違和感を覚えたのか……待て――!」


 言葉が囁きとなって漏れた。カティアの触れ方は、あの断片的な記憶と一致する形で懐かしく感じられた。だが、肉体的な影響がこれほどの力で僕を襲ったのは初めてだ。まるで感覚システム全体が突然限界を超えたかのようだった。


 僕がまだその感覚的な過負荷、彼女の手の奇妙な熱が僕の頭蓋骨内の論理と戦っているのを処理している最中、カティアの声がナイフのように沈黙を切り裂いた。


「ねえ、実は。父が私を彼を手伝うよう任命したの。彼の会社で働くのよ」


 僕は知っていた。もちろん知っていた。ディッキー先生は、八年前に僕の頭にチップを埋め込み、僕の存在と切り離せないバイオテック企業のオーナーだ。


 僕の標準的な、空虚な答えが滑り出た。


「ああ、そうなのか?それは良かった、おめでとう」


 瞬間、鋭い痛みが僕の手に走った。彼女の握力が、攻撃的に強まった。カティアは祝福を求めていたのではない。彼女はシューッという音を立てた。


「この馬鹿!」


 彼女の声は鋭いが、絶望的な囁きに抑えられていた。


「あなたは何か他のことを言うべきだったか、私を止めるべきだったわ!」


 僕を止める?なぜ?父親を手伝うのを僕が阻止しなかったことに、なぜ彼女がこれほど激怒しているのか理解できなかった。彼女は本当にディッキー先生の後継者になる運命なのか……あるいは、僕にはまたしても予測できない彼女の計画が何かあるのだろうか?


 二階で消えた少女についての混乱は薄れ、隣にいる少女からの生々しい、予測不可能な感情の嵐に取って代わられた。そしてその瞬間、僕は悟った。おそらく、僕は彼女を全く読むことができないのかもしれないと。


「彼女は予測不可能だ」


                 ( * * * )

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恋鹿 @azerostudio

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