第21話 影に立つ者たち

 朝が来ても、影都えいとは静かだった。


 復興の音はある。

 木を組む音、瓦礫を運ぶ足音、低く交わされる指示。


 だが、怒号はない。


 それが、かえって重かった。


 街の外周――

 新たに設けられた警戒線に、影兵えいへいたちが立っている。


 人でもなく、妖怪でもない。

 名も声も持たない存在。


 それでも、誰よりも街を見ていた。


「……見られてる感じがするな」


 人間区画の男が、ぼそりと呟く。


「気味が悪い」


 その言葉に、隣の女が反論する。


「でも……

 昨夜、あれがいたから眠れた」


 評価は、割れていた。


 だが――

 それが現実だ。



 影国主えいこくしゅである俺は、中央塔の上から街を見下ろしていた。


 胸の奥で、影が静かに脈打つ。


 死者を影として残した。

 敵兵を裁き、殺さなかった。


 正しかったかどうかは、まだ分からない。


 結果が出るのは、これからだ。


「……王」


 【ミズハ】が、隣に立つ。


「人間側が、不安を抱き始めている」


「分かっている」


 俺は、視線を逸らさない。


「影兵の存在が、

 “守り”よりも“監視”に見えている」


 ミズハは、静かに続けた。


「噂も広がっている。

 『死ねば、影にされる』

 『王は、人の魂を集めている』」


 俺は、短く息を吐いた。


「……予想通りだ」


 中立国家が武力を持ち、

 死者すら戦力にする。


 恐れられない方が、おかしい。


「それでも、撤回はしない」


 俺は、はっきり言った。


「影兵は、必要だ」


 ミズハは、頷いた。


「では……初任務だな」



 昼過ぎ。


 街道から、警告が入った。


「影都近郊、森の外れに武装集団を確認!」


 斥候は、人間。

 だが、国章はない。


「傭兵です」


 鬼火小僧おにびこぞうが、歯を鳴らす。


「セイラン王国が放った連中だな」


 俺は、影兵の方へ視線を向けた。


「……行け」


 命令ではない。


 問いかけだ。


 影兵の一体が、一歩前に出た。


 続いて、二体、三体。


 誰も声を上げない。


 だが、意思は揃っている。


「止めろ」


 俺は、最後にそう告げた。


「殺すな。

 越えさせるな」


 影兵たちは、影の中へ溶けた。



 森の外れ。


 傭兵たちは、笑っていた。


「楽な仕事だな」

「街を一つ脅せば、金が出る」


 その時。


 影が、動いた。


「……何だ?」


 足元から伸びる黒。


 逃げようとした瞬間、

 身体が、地面に縫い止められる。


「敵襲――!?」


 声が上がる前に、

 視界が、影に覆われた。


 斬られない。

 殴られない。


 ただ――

 進めない。


 影兵が、姿を現す。


 無言で。

 無表情で。


 だが、その圧は、歴然だった。


「……化け物……」


 傭兵の一人が、震える。


 影兵は、答えない。


 ただ、森の外へ――

 押し返す。


 それだけだ。



 夕刻。


 影兵たちは、何事もなかったかのように戻ってきた。


 負傷者なし。

 死者なし。


 だが、街道には噂が残った。


「影の国には、

 斬らない兵がいる」


「近づくと、

 影に縫われる」


 恐怖と、畏怖。


 そして――

 抑止。


 俺は、それを聞き、静かに頷いた。


「……十分だ」


 剣を振るわずに、

 戦いを終えた。


 これが、影の国の戦争だ。



 夜。


 俺は、一人で影兵の前に立った。


「お前たちは、死んだ」


 影が、揺れる。


「だが、終わっていない」


 誰も、答えない。


 それでいい。


「守ると決めた者だけが、

 ここに立っている」


 俺は、深く頭を下げた。


「……ありがとう」


 その瞬間。


 影兵の一体が、わずかに――

 頷いた。


 それを見て、胸が締めつけられた。


 中立国家は、もう理想ではない。


 構造であり、抑止であり、

 選び続ける意思だ。


 そして、その影に立つ者たちがいる。


 影国主は、今日も理解する。


 守るとは、

 恐れられることを引き受けることなのだと。



影都えいとに、異質な静寂が降りた。


 警鐘は鳴らない。

 だが、影が――自然と道を開けた。


「……来たな」


 【ミズハ】が、低く呟く。


 街の正面。

 結界の外でも内でもない境界に、一つの影が立っていた。


 妖都【クグツ】の王――オロチ。


 護衛はいない。

 威圧もない。


 それでも、周囲の妖怪たちは息を潜めた。


 “格”が、違う。


 俺――影国主えいこくしゅは、一人で前に出る。


「来るとは思っていなかった」


 オロチは、口元だけで笑った。


「来ねばならなくなった」


 視線が、街へ向く。


 崩れた区画。

 修復途中の結界塔。

 そして――外周に立つ影兵えいへい


「……中立国は、ここまで来たか」


 感嘆とも、嘲りとも取れない声。


 俺は、否定しない。


「襲われた」


「知っている」


 オロチは、即答した。


「だから、来た」



 中央塔。


 玉座はない。

 ただの円卓。


 オロチと俺は、向かい合って座った。


「影国主」


 オロチは、はっきりと言う。


「お前は、約束を破った」


 空気が、張り詰める。


「中立は、武力を持たぬという意味ではない」


 俺は、即座に返した。


「だが――」


 オロチの目が、細まる。


「死者を軍とした」


 その言葉は、重かった。


「それは、中立の域を越える」


 俺は、影兵の姿を思い浮かべた。


「……彼らは、兵ではない」


「名を変えても、本質は変わらぬ」


 オロチは、冷静だった。


「世界は、そう見る」


 沈黙。


 俺は、拳を握る。


「では、聞く」


 真正面から問い返す。


「見捨てろと?」


 オロチは、答えなかった。


 代わりに、問いを返す。


「お前は、何になりたい?」


 その質問に、言葉が詰まる。


 王か。

 盾か。

 それとも――怪物か。


 オロチは、ゆっくりと言った。


「お前は、すでに選び始めている」


 視線が、俺の胸へ向く。


「人でもなく、妖でもない。

 中立でもなく、参戦でもない」


 低い声。


「第三の存在だ」



 オロチは、立ち上がった。


「だから、確認に来た」


 こちらを見下ろす。


「クグツは、まだお前を庇える」


 一瞬、胸が揺れた。


「だが、それは最後だ」


 オロチは、はっきり言う。


「次に影の国が武力を行使すれば、

 世界は“中立国の防衛”ではなく、

 “新勢力の誕生”として扱う」


 それは、警告だった。


「それでも、進むか?」


 俺は、ゆっくり立ち上がる。


 影が、足元で静かに広がる。


「進む」


 即答だった。


「もう、戻れない」


 オロチは、少しだけ目を閉じた。


「……そうか」


 そして、笑った。


「ならば、これだけは教えておく」


 声が、低くなる。


「セイラン王国は、次は街を壊さない」


 嫌な予感。


「象徴を壊しに来る」


「……俺か」


「そうだ」


 オロチは、はっきり言った。


「王を倒せば、国は瓦解すると信じている」


 俺は、静かに息を吐いた。


「甘いな」


「だから、生き延びろ」


 オロチは、背を向ける。


「影国主。

 お前が倒れれば、

 この国は“怪物の国”として処理される」


 その言葉は、優しさだった。


「立っていろ。

 王として」


 オロチは、影に溶ける前に一言残した。


「次に会う時、

 お前が“何と呼ばれているか”で、

 世界の答えが分かる」



 静寂が、戻る。


 【ミズハ】が、俺の隣に立つ。


「……覚悟を、試されたな」


「ああ」


 俺は、街を見下ろす。


「王は、立っているだけで意味を持つ」


 それが、今の戦いだ。


 影都は、まだ崩れている。

 だが、立っている。


 そして――

 王も、まだ立っている。


 影国主は、理解した。


 次の戦いは、

 剣ではない。


 存在そのものを賭けた戦いだ。

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影に縫われし妖怪、式神を集めて国を成す 羽蟲蛇 響太郎 @Kyotaro_1123

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