第3話:繰り返される現場

灰は、昨日と同じ降り方をしていた。


強くもなく、弱くもない。

視界を遮らない程度に、空気の中を漂う。

灰鎮師にとっては、やりやすい日だ。


「次の現場、第四区画。倉庫街」


セラが端末を確認しながら言う。


「反応は?」


歪成型わいせいがた、単体。周辺への拡散なし」


「一体だけか」


ルインは歩きながら銃の安全装置を外した。

単体なら、問題はない。

ヴァルドもそう判断したのだろう。

楯を構える動きが、昨日よりも軽い。


倉庫街は静まり返っていた。

大型シャッターは半分降り、

内部には積み上げられたコンテナが影を作っている。


「灰濃度、基準内」


セラの声は一定だ。


「……ただし、微細な揺らぎあり」


「またか」


ルインは足を止めずに言った。


「説明できるか」


「数値上は、誤差です」


“誤差”。

昨日も聞いた言葉。


倉庫の奥から、物音がした。

金属が擦れる音。

何かを引きずるような、規則的な音。


「来るぞ」


ヴァルドが一歩前に出る。


歪成型わいせいがたは、ゆっくり現れた。

片腕が異様に長く、

指先が床を擦っている。

顔は俯いていて、表情は見えない。


「……人語反応、なし」


セラが告げる。


ヴァルドが楯を構える。

歪成型わいせいがたが跳ぶ。


衝撃。

昨日と同じ。

楯が受け止め、床にヒビが入る。


「このまま押さえられる」


ヴァルドの声は落ち着いている。


「了解」


ルインは回り込む。

撃つ角度を取る。


一発。

膝。


歪成型わいせいがたが崩れ、

それでも腕だけが動く。


二発目。

肩。


「沈静化まで、三十秒以内」


セラが予測を出す。


「そのまま行く」


ルインは冷静だった。

この程度なら、何度もやってきた。


だが——


歪成型わいせいがたが、倒れたまま、

頭だけを持ち上げた。


顔が、こちらを向く。


その目は、焦点が合っていない。

それでも、確かに“見る”動きをした。


「……?」


ヴァルドの動きが、わずかに鈍る。


「ヴァルド、一応押さえろ」


即座に指示を出す。


ヴァルドは従う。

楯で押さえ込み、ルインが距離を詰める。


そして、ゼロ距離で撃つ。


頭部を、確実に。


歪成型わいせいがたは、動かなくなった。


静けさが戻る。

灰が、相変わらず降っている。


「反応、消失」


セラが言う。


「沈静化を確認」


いつも通りの言葉。

いつも通りの終わり。


だが、セラは続けた。


「……行動パターンに、微細な偏差があります」


ルインは振り返る。


「どの程度だ」


「説明可能範囲です」


また、その言い方だ。


「ただし——」


セラは、言葉を選ぶように一瞬止まった。


「過去の歪成型わいせいがたと比較して、“こちらを見る”頻度が高い」


「見る?」


「はい。観測対象を、回避ではなく……確認する傾向があります」


倉庫の壁に、灰が付着している。

そこに、血が混じっている。


「意味は?」


「現時点では、ありません」


セラは即答した。

だが、その返答は“処理”だった。


ヴァルドが大楯おおだてを拭いながら言う。


「……気のせいだろ」


誰に向けた言葉でもない。

自分に言い聞かせているようだった。


ルインは、何も否定しなかった。


「局への報告は?」


「標準フォーマットで提出します」


セラが言う。


「偏差は、誤差として処理可能です」


「そうか」


倉庫街を出る。

遠くで、作業用ドローンが灰を払っている。


今日も、問題は解決した。

書類上は。


ルインは歩きながら考える。


“見る”

ただそれだけの違い。


だが、

灰廻りはいまわりはこれまで、そんなことをしなかった。


それは恐怖でも、意思でもない。


——“確認”。


一体、誰を。

一体、何を。


ヴァルドの背中は、

昨日より少し硬い。


セラは、無言でログを整理している。


灰は、今日も降っている。


同じ仕事。

同じ手順。

同じ結果。


それでも、

同じとは言い切れない何かが、

確かに積もり始めていた。

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2025年12月31日 18:00
2025年12月31日 18:00

灰の降る境界で マッタージャン @MATTER-JAN

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