聖女暗殺計画失敗における、責任の所在について

筆と櫛

毒殺未遂

「あんたの所為よっ!!」


 お嬢様が叫ぶ。学園から与えられた私室に、キンキンとした声が反響する。非常に耳障りだ。

 普段は綺麗に整えられた赤髪も、今は幽鬼の如く振り乱している。

 

 俺としても、色々と言いたいことはある。

 ただそれはそれ。

 誰にだって立場というものがある。

 

「申し訳ございません」


 粛々と頭を下げて謝罪を口にする。


「なんで! なんでっ、あなたなのよ!! 私の使用人は、なんであなたみたいな出来損ないなの!!」

「返す言葉もございません」

「それに貴方もいい加減辞めなさいよ!! 給金の差し止めはされているのよね!?」

「えぇ、半年前から振り込まれていないようです」


 給料は貰っていない。

 

「だったらなんで、辞めないの⁉ そもそも解雇手続きだって、前回は私が直々にしたのにっ⁉」

「いやぁ、それなんですけどね、お嬢様。書類に不備があったみたいなんですよ。新任の者を手配する書類も同様のようで」

「そんな訳無い! 私が! この目で!! 問題がないことを確認したわっ!!!!」

「書類仕事に慣れていないので、見落としがあったのでは?」

「私がミスをしたって言いたいわけ!!」

「いえ、お嬢様の手を煩わせてしまった、私の失態でございます」

「~~~~⁉!? もう、いいっ!」


 気が抜けたようにお嬢様は、ヨロヨロとベッドに向かうと腰を下ろした。

 

「それで、なんで、今回は失敗したのよ……」


 頭を押さえて、諦めた様子のお嬢様。

 このままあっちの計画も諦めてくれればいいのに……。


「では、今回の聖女暗殺計画に関する報告を始めさせていただきます」







 今日の昼間、俺はお嬢様から仰せつかった任務に励んでいた。

 まあ、励むといっても、裏取引きで手に入れた学園の制服に身を包んでカフェで紅茶をしばいているだけだけど。いやあ学園が運営するカフェは無料の上に全部高い味がする。それ即ち、幸福の味である。

 普段頑張っているんだし、これくらいの役得は許されてもいいはず。変装もしているし多少、ゆっくりと情報収集(笑)に勤しんでも文句はいわれまい。

 

 お嬢様の通う王立学園には、各国の王侯貴族が通っている。本来であれば生まれがそのまま入学資格となるこの学園には、平民が入り込む余地はない。

 だが例外が無い訳では無い。

 世界最大の宗教、『聖女教』。読んで字の如く、聖女を崇める宗教である。そこで聖女と認められて推薦されれば、入学試験を受ける権利を得ることができる。

 ただ、ここ数百年ほど聖女と呼ばれる存在は現れていなかった。詳しくはしらないけど、何か体質的な素質が必要らしい。

 

 そして本年度、聖女が現れた。

 お嬢様が入学する年に、だ。

 

 もう、ね。笑うしかないよね。

 ただでさえ我儘放題が許される家系に生まれ、、その上、羨望を集めるにたる容姿と能力をもっていた。

 年々増長を繰り返して、とんでもモンスターが出来上がり、そして聖女とぶつかった。

 

 聖女という『特別』だけでちやほやされる存在が許せなかったらしい。

 小癪な嫌がらせを繰り返した。

 だが、その程度で聖女は折れなかった。健気に振舞い、それに感化された各国の王族たちは聖女に魅かれ始めた。

 そのあまりにも強固すぎる取り巻きを前にして、流石のお嬢様も怯んだ。

 ただそこで諦めないのが、我らがお嬢様だった。

 排他的な雰囲気を作って自主的に出て行かせるのではなく、排除する方向にシフトした。もちろん、自分の手を汚さずに。


 最初こそ、怪我をさせる程度の計画だったが、失敗を繰り返すうちに暗殺まで行きついた。

 毎度、お嬢様が練り上げる計画は穴がほぼないので、こっちの身にもなってほしい。


「にしても、結局は毒にいきつくかぁ……」


 本日、俺がお嬢様より承った計画というのは、シンプルな毒殺だった。小瓶に入った毒を一滴、聖女様の飲食物にいれればそれで終わりの、簡単なお仕事である。

 以前は、凝ったトリックを持って来てくれていたので簡単だった。計画というのは複雑になるほど、瓦解させるのが容易になる。

 だけど最近は、お嬢様も学習したらしい。

 なるべく簡単に、なるべくシンプルに。失敗のしようのない作戦を持ってくるようになった。

 本当にやめてほしい。その気遣いをもっと別の場所に向けてほしい。

 

「……バジリスク、か」

 

 手の平の中で小瓶の蓋を開けて香りを嗅げば、魔物の毒特有の匂いがした。

 バジリスクの毒は薄めれば強心剤となる。こっちの使い方が、世間では一般てきだ。

 また、暗殺においてもよく使われる。

 毒の中では比較的、匂いや味が少なく、色に関しては透明。しかし、そんなものは些細なことだ。

 一番の特徴は通常の毒に用いられる解毒方法が、役に立たないこと。

 だからもし解毒をしようと思えば、毒の分解系統の魔法ではなく、身体を落ち着かせる魔法が必要になる。


「さて、」


 紅茶を一口すすり、頭を巡らせる。

 どうやって失敗させようか。


 案1。小瓶を割る。ただ、これは露骨すぎるので今の立場が危うくなりかねない。

 案2。自前の、別の物を混入させる。ただし、同上の理由によりやりたくない。

 案3。服用させたうえで、助かるように仕向ける。ただしこれをすると、聖女に実害がでるので何かあったときに言い逃れが難しくなる

 案4。服用させたうえで、実害がでないように仕向ける…………これだな。


 俺が紅茶を啜って待っていると、聖女と取り巻きグループがカフェにやってきた。

 それと入れ違いで、席を立ってカフェを出る。裏に回って、あらかじめ近くに隠しておいたウェイターの服に着替えてから、厨房に忍び込んだ。

 

 





「聖女は毒を服用しました。しかし、ぴんぴんしておりました」

「何でよっ⁉」

「きっと聖女には、毒にも耐性があるんです」

「本当に飲ませたの?」

「えぇ、もちろんです。こちら、空の瓶です」


 嘘を見抜く魔道具を使われても問題ない。

 だって、実際に呑ませたのだから。

 

「証拠品じゃない。廃棄しなさい」

「御意に」


 言われなくても、そうする予定だ。ついでに自分のものも廃棄しないとだし。

 

 俺が聖女に呑ませた毒は二つ。

 一つは、強心作用のあるバジリスクの毒。

 もう一つは、心拍を抑える作用のあるコカトリスの毒。

 二つを混ぜ合わせて、中和させて飲ませた。


 これで俺はお嬢様の任を果たし、そのうえでお嬢様は罪を犯すことはなかった。

 きっとお嬢様はこれを繰り返すだろう。そして俺も失敗を繰り返す。卒業までずっと。

 そのためにも今日の失敗は、かなり大きな意味を持つものと言える。

 現にお嬢様は「……やっぱり毒はダメね……やるなら物理的に……でも、本職の暗殺者を雇うのは足がつくし……」などと、ぶつぶつ言っている。

 今日はうまくいったけど、毒というのは取り扱いを間違えればあっさり殺してしまう恐れがある。だから、今後も毒が効くことはないと思い込んだままであって欲しい。


「もういっそあなたが、爆弾でも抱えて聖女諸共、爆発させるのが良い気がするわ」

「ははっ、それは困りますね」


 それを言われたら、そのときは聖女様に寝返ろ。

 あっちについても、お嬢様が罪を犯すのは防げるし。

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聖女暗殺計画失敗における、責任の所在について 筆と櫛 @penkushi

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