特異点のカップ麺
平葉与雨
ふたりの足跡
「メーデーメーデー。ただいま宇宙を漂流中……」
なにやってんだ俺は。通信が届かなくなってからかなり時間が経ってんだ。こんなことしたって返事は絶対に来ない。なんの意味もない。
酸素残量は二時間。無駄なことをして酸素を使うくらいなら、このまま黙って助けが来るのを待つほうがいい。
いや、助けなんて来るわけがない。俺は止まることなく流されているし、どこまで行くかもわからない。そんな俺をわざわざ危険を冒してまで助けたりはしない。たったひとりを救うために、仲間たちが命を捨てることはない。俺だったらそうする。燃料も有限だしな。
無人救助システムはたまたま修理中で使えない。それに、予備のほうは俺が投げ出された直後に充電し始めた。動かすためには最低でもあと三時間は必要。つまり、動いたとしてもそのとき俺はもう死んでる。充電するだけ無駄ってことだ。
いま思えば、事故ったときに宇宙服を過信したのが馬鹿だった。自動推進機能があるとはいえ、それが確実に機能する保証はなかった。
完璧なんてものはこの世に存在しない。それが俺の信条だったのに……。
人類が火星移住計画を本格的に進めているなか、俺は何もできずにただ流されているだけ。
火星はサイズがほぼ変わってないように見える。まあ、デカいからな。
でも、探査基地はもう見えない。直前に修理してた監視衛星にいたっては影も形もない。距離感がバグっててよくわからないけど、たぶんクソ遠い。
俺、死ぬのか……ははっ、笑える。
死と隣り合わせであることくらい、宇宙飛行士になる前からわかってた。けど、いざ直面すると死ぬほど怖い。まあ、死んだことないからわかんねぇけど。
このまま流されるのは精神的にきつい。それならいっそのこと、今ここで死んじまうか……。
いや、どうせ死ぬんだから酸素がなくなるまでは生きてみよう。未知の世界をこの目に焼きつけて死ぬ。うん、ロマンだわ。
——ん?
なんだ……?
なんか目がおかしいぞ。
酸素はまだまだある。酸欠じゃない。
じゃあこのノイズはなんだ。なんなんだこれは……。
「うわっ、目がっ!!」
*
ここは……変わらず宇宙か。
あれはテレビ画面の砂嵐みたいだった。それが視界を覆い、そのまま強烈な光に包まれた。そして、気づいたら元に戻っていた。
「くそっ、マジでなんだったんだ……」
いや、待て……火星が見えない。どういうことだ。
酸素は残り一時間と五十五分。つまり、確認したのはついさっきだ。
たった五分で火星が見えなくなる……いやありえない。移動速度はそんなになかったはずだ。いったい何がどうなってやがる。
「ふぅ……」
落ち着け。まずは状況整理だ。
周りはほとんど何もない。こんなに真っ暗なのは変だ。それに、あんなにあった星はどこに消えたんだ。
もしかしたら、さっきので体の向きが変わったのかもしれない。うん、その可能性はある。
腕のスラスターは壊れてるから使えない。ここは猫の要領でいこう。
一、二、三!
よし、問題ない。
おっ、光が見えるぞ。あれは……恒星か?
いや、違う。あれは……穴だ。
「おいおい、まさか冗談だろ……」
真っ黒な部分を囲うように、まばゆい光がリング状になっている。これはおそらく降着円盤だ。てことは、目に見えないあの円状の影は……ブラックホール。
いやいや、ありえねぇ。火星が見えなくなるだけならまだしも、ブラックホールだと?!
観測できてるものでも地球からどんだけ離れてると思ってんだよ。ただ飛ばされただけの人間が移動できる距離じゃねぇぞ。
それに、今の技術力でもとうてい届かない。マジでどうなってやがんだ。
そんなことより、進行方向からすれば、このままだと俺も吸い込まれる。
まったく……最期にしては華がありすぎるぜ。
いや、初めてブラックホールに吸い込まれた人間になれるんだ。そう考えれば偉業だろ。
「ははっ、俺かっけぇ……」
念のために記録でもしとくか。
どうせ意味はないだろうけど、まあ一応な。
「あー、あー。こちら
もしこの記録が奇跡的に残ったら、俺は史上最高の宇宙飛行士として崇められるだろうな。いや、人類の宝か。
肉眼ではよくわからないけど、背景が歪んで見える。重力レンズってやつか。それだけあの塊の重力がエグいってことだ。やっぱこえーよ。怖すぎるよ。
てか、吸い込まれたらほんとにスパゲッティになるのかね。もしそうなら、自分がそうなった瞬間は目にしたくないな。ゲロまみれになる自信しかないし。
頼むから気絶するか即死であってくれよ。
うっ……身体が引っ張られてるような感じがする。まだそんな近くにいるとは思えないけど、そう見えるだけで、もうすぐそこなのかもな。
とうとう最期か……。
よし、寝よう。
*
「……い」
なんだ……なんか聞こえた気がする。
いや、気のせいか。
それにしても、身体が異常に重い。こりゃ訓練の比じゃねぇぞ。
「……い」
やっぱりなんか聞こえた。さっきのも気のせいじゃなかったのか。
そういえばブラックホールに吸い込まれたんだった。ついに天国にでも来ちまったか。まあ、それはそれでいいか。
さて、どんな楽園が広がってんのかね……。
「へ?」
な、なんだここ。天国ってこんな暗いのか。想像の真逆だわ。
てかそんなことより……なんかいるんだが!?
頭は直径六〇センチほど。紫色に光る細い身体に、蛍光ペンのような黄色の線がランダムに入っている。人間のような形ではあるけど、明らかに人間じゃない。なんなんだこいつ。
かといって、地球上にこんな生物がいたなんて聞いたこともない。まさか、天国は別の惑星の生物も来るのか。てことは、こいつは宇宙人か。
それに、なんか食ってんぞ。
あれは……カップ麺?
「あ、気がついた?」
「うわっ!」
「うわっ! びっくりしたぁ……急に大声出さないでくれよ」
「え、あぁ、すんません」
おいおいしゃべったぞ!?
てかなんで言葉が通じんだよ!!
——いや、天国だからそんなの関係ないのか。誰も死んでまで言語なんて勉強しないだろうし。これが普通ってことか。なんかすげぇ納得したわ。
「それで、君は迷子?」
「……え?」
「困ったなぁ。今日みんな休みで僕しかいないんだよねぇ。面倒だし、悪いけどどっか行ってくれる?」
「……はぁ?」
こいつはいったい何を言ってんだ。
ここはみんなが幸せになる天国じゃないのか。
「あれ、ひょっとして……地球人?」
「え、あぁ、はい。まあそうですけど」
「なんだやっぱそうか! いや驚いたぁ……まさかこんなところで会えるとはね」
「はあ」
地球人がそんなにめずらしいのか。
でもまあ、全宇宙の天国がひとつだとしたら別におかしくはないか。
「それで、どうやってここに?」
「ど、どうやって? そりゃ死んだからでしょ」
「……死んだ? え、なに言ってんの? 大丈夫? 頭でも打った?」
「は? だって俺、ブラックホールに吸い込まれて……」
「あぁ、そういうこと!」
「……どゆこと?」
気色の悪い見た目をした宇宙人が、ここがどこなのかを教えてくれた。
どうやらここは天国ではなく、『スペースインフォメーションセンター』という場所らしい。ここで働くこの宇宙人とその仲間たちは、略して
シックの役割は宇宙の情報管理や案内、落とし物や迷子の対応など。ショッピングモールのインフォメーションカウンターとほぼ同じだ。
「マジで意味不明なんですけど。ブラックホールの中にはこんな異空間があるってことですか? あ、もしかしてこれが特異点ってこと?」
「まあ、そんなところじゃないかな。正直、僕もあんまりわかってないけどね」
「……宇宙人なのに?」
「失敬な! 僕も君と同じ地球人だよ!」
「……いやいやいや、冗談きついって! どこにそんな地球人がいるんだよ!」
「ん……? あ、ごめんごめん。これ着てたの忘れてたわ」
——おいおいマジかよ!!
宇宙人の背中が開いたと思ったら、中から人が出てきやがった。
この見た目……ガチで人間だ。
「ほら、僕も地球人だろ?」
「いやほらって……じゃあ同じこと
「たぶん君もそうだろうけど、僕は宇宙飛行士なんだよ。それで、船外活動中にジャンプしたら命綱が外れちゃってそのまま漂流。そんで、しばらく流されてたらなんかノイズみたいな空間に包まれて、収まったと思ったらまったく知らない場所にいたわけよ。おまけに目の前にブラックホールときた。あんときは恐怖を通り越して笑ったね。はっはっは!」
事故が起きたから今があるってことか。なるほど、ほとんど俺と同じだな。
ただ、人類初のブラックホーラーはこの陽気なおっさんってことになる。生存者が他にいたのは心強いけど、ちょっと複雑な心境だわ。
「それ、俺もほぼ同じです」
「あ、やっぱり? 君もかなり運がよかったね」
「どういうことですか?」
「ここに来てすぐに友好的な宇宙人に教えてもらったんだけど、ノイズの正体は『宇宙嵐』ってやつで、巻き込まれたら何千何万光年単位で飛ばされるらしいんだよ」
「はぁ?! それってもうワープと変わらないじゃないですか!」
「そうね。それに、僕らが吸い込まれたブラックホールは他とは別物で、こちらから外に出ることができるんだよ。だから僕らが知ってるものとは性質が異なるってわけ。だからまあ、ある意味では君が言った特異点ってことかもね」
「そうですか……」
「宇宙嵐に異質なブラックホール。こんな途方もない広さの宇宙でふたりの飛行士が同じ道をたどるなんて、ちょっと信じられないよね」
「たしかに……ロマンですね」
「おっ、それがわかるとはやっぱり男だね〜」
よくわからないけど、とりあえず奇跡が起きたってことか。
「てかさっきスルーしちゃいましたけど、友好的な宇宙人ってなんですか? なんで会話できるんですか?」
「んー、頭がマリモみたいだからマリモンって僕は呼んでるけど、そういえばどこの人なのかは訊いてないや」
頭がマリモみたいって、阿寒湖のきれいな形のやつかな……ちょっと気になる。
「あと、会話できる理由は僕にもわからないよ。でも、それが宇宙ってことじゃないの?」
「……なるほど、人智の及ばぬ地ってわけですね」
「かっくいい〜」
人類はまだまだ宇宙のうの字も知らない。だからこそ神秘であり、俺が宇宙飛行士である理由でもある。
「そういえば君が着てた宇宙服だけど、あれどこの技術力?」
「あぁ、あれは日本とアメリカの共同開発です」
「共同!? え、ちょい待ち。いま地球だと何年?」
「西暦二〇七五年ですけど」
「ほぇ……もうそんな経ったんだ。驚き桃の木山椒の木だね」
「え、どういうことですか?」
「すごく驚いたってこと」
「それはわかりますよ! その前のです」
「あぁ……それについては君も驚くと思うけど、実は僕がここに来たのは一〇〇年以上も前なんだよ」
「はぁ!? ど、どういうことですか?!」
「ここはそれだけ時間の流れが遅いってことさ。まったくたまげたよ」
「そんな馬鹿な……」
いや、でもありえなくはないのか。
そもそもありえないと思うことが間違いか。俺が知ってることなんて、この宇宙に比べれば塵ほどのレベルだろうから。
でもそうなると、このおっさんはそんなに前からここにいることになる。
つまり、もう火星どころか地球にも帰れない……。
「あの」
「ん?」
「さっき外に出られるって言ってましたよね?」
「あぁ、言ったね」
「あなたは出たことあるんですか?」
「ないよ」
「じゃあ他の宇宙人が出たってことですか?」
「まあ、そうなるね」
「なんでそんな微妙な返しなんですか?」
「実際に見たことがあるわけじゃないからだよ。まあ、いろいろな宇宙人が出入りしてるからできるんだろうけどね」
「なるほど」
いろいろねぇ……いったいどれだけの種類がいるんだろうか。考えただけでも恐ろしいな。
「ちなみに、地球に帰りたいって思ったことはないんですか?」
「もちろん最初はあったよ。でも、ここで死ぬのも悪くないかなって」
「そうですか……」
「あれ、もしかしてホームシック? あ、家がここってわけじゃないよ?」
「それくらいわかってますし、別にそんなんじゃないです。けど……」
「けど?」
「やっぱり戻りたいですね」
「ふーん、そうかい」
「だって俺、十八ですよ? まだまだこれからってときにこんなところで終わるなんて、あまりにむなしすぎる」
「え、十八? 若いなぁ。僕なんて五十二……いや、もう何歳かわかんないや」
「来たときが五十二って、当時じゃ最年長クラスじゃないですか?」
「うーん、確かそうだったかな。でも、正式に飛んだわけじゃないからなんとも言えないね」
「それってつまり、記録に残らない方法で飛んだってことですか?」
「そうそう。当時の宇宙開発は見せるものと見せないものがあったからね」
「へぇ……」
なんでもかんでも誇示してたと思ってたけど、秘密裏に進めてたものもあるってことか。おもしれぇ!!
けど、だとすると……このおっさんがほぼ帰らぬ人状態であることは誰も知らないってことだ。昔の飛行士はだいたい知ってるけど、たしかにこの人のことは見たことも聞いたこともない。
報道されずに、孤独に死んでいく。カッケーけど、かなりきついだろうな。
「俺が地球に戻るって言ったら、一緒に来ますか?」
「え、なに急に」
「どうなんですか?」
「うーん、どっちでもいいかな。まあでも、いま戻ったら僕からしたら未来世界なわけか……。それはちょっとおもしろそうだね」
「じゃあ」
「でも、たぶん無理だよ。ここの人たちは他の宇宙人を自分らの船に乗せたりはしないからね」
「けど、外に出て宇宙嵐に巻き込まれさえすれば、可能性はありますよね?」
「限りなくゼロに近いよ。地球で言うそれとはレベルが違うし」
「ふんっ、そのほうがやりがいがあるってもんですよ。これでも俺は史上最年少宇宙飛行士。超天才ですから!」
「ふーん……まあ、がんばって」
*
「衝撃的ニュースです! なんとなんと! こちらは火星監視衛星の修理ミッション中に行方不明となっていた宇宙飛行士、真船千進さんです! ご覧のとおり、生還されました!」
「いやぁ、どうもどうも」
「いまだに自分の目が信じられません!」
「あはは……」
「さて、いきなりこんなことを言ってはなんですが、真船さんの生還率は状況と科学的観点からみて、〇・〇〇〇〇一パーセント未満でした。つまり、ほぼゼロ。帰ってこれるわけがないのです」
「まあ、そうですよね」
「ですが、それにもかかわらず、真船さんは無事に帰還されました。そこで、わたくしが国民を代表して
「いやだなぁ、どう見ても人間じゃないですか」
「では別の観点からもうひとつ。あなたは宇宙人に助けられたのではないですか?」
「宇宙人? はて、なんのことでしょう?」
「ぐっ、ではなぜここにいるのです? 不可能を可能にしたその方法とはいったいなんなんですか!」
「そうですね……あきらめが肝心とはよく言いますけど、その逆も然り。僕が言えることはそれだけです」
くぅぅぅ、決まったぜぇぇぇ!!
「……い」
——ん? なんかぼんやりと聞こえたな。
いや、気のせいか。
「おーい」
「どぅわっ!」
「うわっ! びっくりしたぁ……また急に、心臓に悪いって」
ここは……シックか。
なんだよ夢かよ。くそっ……。
「すみません。で、なんですか?」
「いや、カップ麺できたからさ。伸びる前に食べようよ」
「あ、はい」
そういえば、ちょっと前まで調べてたんだ。それで、おっさんがカップ麺を作ってる間に寝ちまったってわけか。
豪語したはいいものの、今のところはなんの解決策も浮かばない。
そもそも情報が少なすぎる。このままじゃとうてい無理だ。
「んじゃあ、いただきまーす」
「いただきます」
カップ麺か……
味はどうなんだろう——おっ、意外とイケるわ。ちょっと薄いけど、ここじゃ贅沢は言えないか。
「もしかしてだけど、地球に生還した夢でも見てた?」
「ぶふっ、ごほっ、ごほっ……なに言ってるんですか! そんな希望的な夢、この天才が見るわけないじゃないですか!」
「あ、そう。じゃあさっきの笑顔はなんだったわけ?」
「そんなの覚えてないですよ」
「ふーん」
希望的な夢か。そんなものを見た時点で、俺は負けを認めたも同然だ。
けど、ここへはまだ来たばかり。命ある限り挑戦しようじゃねぇか。
——いや、待て。確かここは時間の流れがクソ遅いんだ。つまり、たとえ戻れたとしても浦島太郎になるのがオチ。考えるだけ無駄なのか……。
待て待て。ここにはおっさん以外にもいるじゃねぇか。友好的な宇宙人という強い味方が。そいつに話を聞けば、もしかしたら何かわかるかもしれない。
「ふぅ、食った食った。ごちそうさん」
そうだ、カップ麺!
これがここにあるってことは、宇宙人が定期的に地球を訪れてる可能性が高い。
解決の糸口は目の前にあったんだ!
「そういえば、このカップ麺ってどこで集めたんですか? さすがに一〇〇年も前に持ってきたものじゃないですよね?」
「あぁ、これ? 僕が作ってるんだよ、ここで」
「……はい?」
特異点のカップ麺 平葉与雨 @hiraba_you
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
母さんのきりたんぽ鍋/上田 由紀
★18 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます