欠片(pieces)はそこで呼んでいる

飛武伽(Himuca)

前綴 『拾い屋<スカベンジャー>』

 ——二六八五年。


 反グローバリズム政党によって参議院事務総長に発議された防諜施策推進法案、および特定秘密保護法・重要経済安保情報保護活用法の一部改正案──いわゆる「スパイ防止法」──は、与党と保守系野党、そして多くの国民の賛同を得て、両院を通過した。

 翌年には公布され、さらに半年経って予定通り発布された。


 しかしながら、海外投資に頼りきった、既に破綻している経済政策はグローバル企業の意を受けて継続され、『消費税』と云う詐欺や、インボイス制度ですら止めようとはしない。


 この「失われた三十年」の延長は、少子高齢化をさらに加速させた。


 ——二六八六年。


 生活困窮者の増大と、それに伴う少子化。それにmRNAワクチン被害の拡大による人口減少。

 政権与党は的外れな政策を繰り返し、発足時には高かった支持率も、すでに五割を割り込んでいた。


 そんな折、極左メディアによるデマ報道をきっかけに、内閣支持率がさらに急落し、内閣解散に追い込まれた。総選挙の結果、反グローバリズム政党が第二党に躍り出て、与党連立に加わった。


 反グローバリズム政党は党勢拡大と政権入りにより、政党としての形を完成させたことを確認した代表が「役割を終えた」と辞任した。代表選挙により、副代表である女性代議士が新たな代表へと選出される。


 ——二六八七年。


 前年のデマ報道(騒動とも言う)により、極左メディアは国民から見放された。

 家電メーカー各社は家庭で手軽にネットニュースを閲覧できる端末を販売したところ飛ぶように売れ、高齢者ですら紙媒体ではなくネットでニュースを追うようになっていた。


 数年前に流行した“疫病”を装った世界的茶番劇や、mRNAに関する世界の見解を、多くの国民がようやく知ることになる。

 その結果、グローバリズム一掃を掲げるデモが各地で行なわれ、一部暴徒化した者達がグローバル企業の建物を破壊し、機動隊が出撃する事態となった。


 この一連の騒ぎを抑えきれず、再び内閣は解散、十月に総選挙が実施された。


 その結果、第一党と第二党が入れ替わり、反グローバリズム政党が最大与党へと躍り出た。

 首相は引責辞任し、首班指名では前年に反グローバリズム政党の代表に選出された女性党首が新たな内閣の長に指名される。ちなみに、齢四十での内閣総理大臣就任は、史上最年少での就任となり、大きな話題を呼んだ。


 ——二六八八年。


 新政権は、前政権の経済政策を内需拡大型へと大きく舵を切った。


 消費税関連の税制は即時廃止され、中小企業は自力で社員の賃金を上げるきっかけを与えた。


 子育て家庭には子ども一人につき月に五十万円が支給されるようになった。後に増額されるが、七年後には出生率が倍に増えた。


 そして、新たに発行された政府暗号通貨により、国債による所謂「国の借金」は消滅した。


 さらに、これまで民営化してきた企業の再公営化によって、政府みずから収益を上げるようになった。


 農政改革にもようやく取りかかることになり、減反政策の完全廃止と、米農家の公務員化により食料自給率が向上した。


 勿論、かの疫病紛いの騒動に関する検証が行なわれ、抑も茶番であることを政府が認め、謝罪した。


 他にも公約通りの政策が実行され、国民生活はようやく安定の兆しを見せ始めた。


 ——二六九〇年。


 政権与党が次々と政策を打ち出す一方で、まだ少子高齢化が解消し始めたばかりで、人材不足が深刻なのは、この時点では変わっていない。


「スパイ防止法」によって新設された庁や入管管理局をはじめとする諸機関は慢性的な人手不足となり、警察までもが人員を“狩り出される”状況に陥る。


 そこで、事件の証拠収集業務を民間に委託できるよう、警察法が改正された。

 業務委託を受けるには資格が必要とされたが、主な受託先はセキュリティ会社や調査会社だが、それだけでは追いつかず、個人の探偵事務所にまで委託していた。


 結婚するカップルの減少により、離婚調停を目的とした浮気調査の仕事が激減していた彼らとしても、報酬は安くとも、渡りに船だった。


 人手不足が解消するまでの数年間、彼らは必死に証拠を集め歩いた。

 誰が言ったか知らないが、そんな彼らをこのように呼んだ。



 『拾い屋』と。



 ——二六九〇年春


 ピーカンの花見日和のある日のこと。小さなビルに詰め込まれた探偵事務所。扉を入って右にトイレとシャワールーム、廊下を挟んで左にIHコンロの上にカセットコンロを置き、横には流し台がある。廊下を進むと、正面に小さいローテーブルと奥に事務机が一つ。食器棚を倒したような小さなキャビネットが壁に貼り付けられているように並んでいて、書類が押し込まれていた。それと既に使い物にならないブラウン管テレビがムダに部屋を狭くしているせいでもなかろうが、五十過ぎの男が机にしがみついて、タブレット端末を睨みつけていた。


 彼の名は青山浩一。この探偵事務所の主である。彼もまた『拾い屋』である。


 タブレットに映しているのは、桜田惣一警部である。


『拾い屋』は基本的に身元を隠している。そうしないと、探偵なんてやってられない。

「私、探偵ですよ〜」などと職業を明かすのは江⚪︎川コナンや毛利小⚪︎郎の一派だけで充分だ。

 なので、一般人と同化すべく、刑事との接触も極力オンラインで行なって、周囲から怪しまれないように細心の注意を払っている。


 タブレットの中では桜田が事件の概要を汗水垂らして説明している。桜田は二十代後半で、そこそこのイケメンだ。桜田が汗水垂らしているのは別に太っているからではない。寧ろ筋肉質だ。


 近年の温暖化により、春でも気温が二十五度を超えていると云うのに、「コスト削減」を強要されて、いや、彼等的には『自主的』なんだそうだが、クーラーは気温が三十度を超えないと使ってはいけないとのこと。


 しかしながら、汗だくの男の顔など、見てるこっちが暑苦しくなる。

 そんなことを考えながら、青山はさらさらとメモを取っていく。



 今回の事件は…

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欠片(pieces)はそこで呼んでいる 飛武伽(Himuca) @YagamiJyosuke

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