嫁の尻に敷かれた僕 ―それでも僕は妻を愛してる―

エロティックなまじめ子

第1話 嫁の尻に敷かれた僕 ―それでも僕は妻を愛してる―

嫁の尻に敷かれた僕

―それでも僕は妻を愛してる―


彼女いるルームはシャワーから出ると

いつも少し暗い。


静かなオルゴールが流れ

彼女の体温だけが、現実を曖昧にした。




うつ伏せの僕の背中に、

彼女の手が乗った瞬間、

呼吸がひとつ、深くなる。


「今日は…かなり無理してますね」


指が、

疲労だけを正確に探し当てる。

押されるたび、身体の奥から、

言葉にできないものが滲み出る。

仕事。

責任。

嫁のために稼ぐ毎日。

愛する妻を守るためだったはずなのに、

いつの間にか、

触れられない距離が増えていた。



彼女の手が、

いつもよりほんの少し長く留まる。




彼女との境界線が、溶けそうになる。


「……大丈夫ですか?」


顔を覗き込まれた瞬間、

視線が絡む。

逃げられない。

近い。

近すぎる。

触れたい。

もっと触れられたい。


彼女の指が、

無意識に僕の腕をそっと触れた。


それだけで、

世界が傾く。


越える。


そう、思った。

そのとき、

頭に浮かんだのは、

嫁の目だった。



家で、

何も言わずに、

ただ僕を見る、あの視線。


「触るな」

「甘えるな」

「逃げるな」

そう言われている気がして、

僕は、息を呑んだ。


彼女は、

それ以上近づかない。

察したように、

手を離した。


「今日は、ここまでにしましょうか」


その声は、

優しすぎて、残酷だった。

家に帰ると、

嫁は玄関にいない。

リビングで腕を組み、

僕を見る。


冷たい。

責めない。

でも、許してもいない。

仕事を優先してきたのは、僕だ。

嫁のために頑張ってきたのも、僕だ。


それでも、

優しく出迎えては、くれない。

甘えてもくれない。


近づこうとすると、

視線だけで制される。

触れるな、と。


マッサージ屋の彼女には、

心も身体も、ほどけてしまいそうになる。


嫁の前では、

背筋を伸ばし、

黙って耐えるしかない。

尻に敷かれている。

支配されている。


それでも。

逃げられる場所を知りながら、

逃げ切らせてくれないのが、

嫁だった。

欲を知っていて、

それでも帰る場所であり続ける場所。


罪な僕は、

今日も揺れる。


心と体は、

あのルームを思い出す。


彼女の指の温度を、忘れられない。


それでも――

尻に敷かれながら、

睨まれながら、

縛られながら、

どうしようもなく愛しているのは、

妻なんだ。

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