第6話 魔導士の稽古

 翌朝の朝食は洋食だった。食パンにソーセージとオムレツ、サラダにスクランブルエッグ。まずは眠気覚ましのアイスコーヒーを胃に流し込む誠奈人まなと。ふと食堂に備え付けられたテレビを見ると、昨今の魔導犯罪増加についてのニュースが映されていた。世界情勢がどうとか、不景気がどうとか、コメンテーターが話しているのをぼんやりと眺めていると、莉央奈りおな律華りっかが自分達の分の朝食を持ってやって来た。


「おはよう誠奈人くん。眠そうだね」


「宿題をやってたら少し遅くなってな…」


「ちょうど魔導犯罪についてのニュースね。莉央奈の事は危険を避けるために秘匿しているようだから、報道されることはないと思うけど」


 画面が切り替わり、昨夜の魔導協会の会見が映された。魔導士や魔導犯罪に対する世間の関心を高めるため、協会は定例的に会見を開いている。


『皆様におかれましては、魔導犯罪の増加のためにご不安な日々を過ごされていらっしゃること、誠に心苦しく存じます。協会としましても、魔導犯罪者の確保と抑制に全力を上げている所存です』


 フラッシュがたかれる中、老齢の男性が話し始める。整ったスーツにオールバックの灰髪。するどい目付きで、只者ではない雰囲気を放つ。


「この人は、協会の偉い人? 」


「日本魔導協会会長の神代かみしろ龍文たつふみさん。協会で一番偉い人だ。優秀な魔導士でもある」


「すごく偉いし、すごく強いんだね」


「正解。偉いから、こうやって定期的に会見を開いている」


 会見は新しい情報はなく、現状の確認や警戒を強化するという程度のものだった。


「会長は昔、日本で一番強い魔導士だった。今は会長の息子が一番と言われてるが、それでも十分過ぎるくらい強い。本人は謙遜しているが」


「わたしから見たら誠奈人くんも十分凄かったんだけど…あれ以上って想像できないや」


「誠奈人もちゃんと凄いのよ。高校生以下が実践配備される事も珍しいけれど、誠奈人は大人含めてもトップクラスの実力があるの」


「実践に出てるのは律華も一緒だ。俺はまだまだ精進しないといけない」


「誠奈人くんはどうして強くなりたいの?」


 莉央奈の純粋な、しかし核心を突いた一言に少し驚く誠奈人だったが、間を置かずに答えた。


「俺は小さい頃に両親を亡くして、それからずっと戦い続けて来た。魔導士の子供が一人で生きてくにはそれしかなかった。俺が強い魔力を持って産まれたからというのもあるが…。俺にとって戦う事は生きる事だ。強くなる事も一緒だ」


 思いがけず誠奈人の生い立ちの一端に触れ、口をつむぐ莉央奈。少し間を置いてから、切り出した。


「ごめんなさい。ちょっと無神経だったね」


「いや、皆知ってる事だ。だから、そんな顔はするな」


「うん、ありがとう。誠奈人くんは優しいねえ」


「…そんなことはない」




 朝食の後、中庭のベンチで休憩する三人。


「わたし、もっと魔導について知りたいな。記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないし」


「そうね、いいと思う。私達が教えられると思うし」


「そうだな…じゃあ実際に何かお手本を見てもらおうか。ん、あれは」


 中庭脇の通路を歩いていた守衛の仙田せんだ玄治げんじを見つけ、手をふりながら「玄治さーん」と声をかける誠奈人。それに気付いた玄治が近づいて来る。


「おはよう、三人とも。昨日は眠れたかい? 」


「快眠」


「おかげさまでばっちりです! 」


「熟睡できました」


 答えた後に欠伸が漏れる誠奈人。他の三人から苦笑いが漏れる。


「誠奈人はもう少し、睡眠時間も大事にしなさい。それで、何か用かな? 」


「莉央奈が魔導について色々知りたいと言い出したところだった。だから玄治さん、俺に稽古をつけてくれないか。律華いるから結界も大丈夫だ」


「そういうことね。じゃあちょっとだけ」


 微笑む玄治の目付きが、鋭くなった。




 中庭で、少し距離を取って向かい合う誠奈人と玄治。離れた所でそれを見守る莉央奈と律華。


「ごくり…」


「なんであなたが緊張してるの? 」


 律華が手をかざすと、誠人と玄治は桜色の半透明な立方体に覆われた。二人の周囲を壁のように取り囲んでいる。


「わあ! すごい…でっかいアクリル板みたい」


結界魔導けっかいまどうよ。この壁は魔導を通さない。あまりに強力なものだと、そうもいかないけど。念の為、これで私達は安全」


 莉央奈が目を白黒させているうちに、誠奈人は地面を強く蹴る。10メートル程あった玄治との距離を一気に詰め、右手を薙ぎ払う。その手には莉央奈が以前に見た、青い直刀が握られている。


「峰打ちか。舐められたもんだな」


 後ろに飛び、なんなくかわす玄治。誠奈人と同じく右手に刀を作り出し、構える。誠奈人の物とは違い、反りがあり、鍔もある日本刀らしい装いで、黄土色に鈍く発光している。


「斬るわけにはいかないから」


「まだまだ斬れんさ…お前にはな! 」


 足元から鋭く刀を斬り上げる玄治。上体を反らし、とっさにかわす誠人。


「あんたも峰打ちじゃないか! 」


「大切な生徒を、斬るわけにはいかんからな! 」


 叫ぶと共に頭上まで振り上げた刀を誠奈人の頭部めがけて一気に振り下ろす。誠奈人は刀を横にして受け止め、押し合いになる。ギリギリと音を立てながら、少しずつ誠人が刀を押し上げる。


「力は、さすがに、俺の方が上だなっ」


「いいや、まだまだ若者には負けん! 」


 ぐぐぐ…と徐々に押し返す玄治。少し進んだ所で動きが止まりら拮抗状態に入る。


「やるじゃないか誠奈人。押し切れないとはな」


「お褒めにあずかり光栄だ」


 息を呑んで二人の稽古を見つめる莉央奈。


「二人が持ってる刀は、魔導で作ったものなの? 」


「ええ。形成魔導けいせいまどうといって、魔力を物体の形に押し固めて、実体化させる魔導よ。特定の形に魔力を凝縮させる事で高い攻撃力を発揮する上に、形成を解除すれば余った魔力を回収できて、効率も良いの。その代わり、形成した物を扱うための身体能力や武術の心得も必要になるわ」


「すごい…まるで侍みたい。魔導士って聞いてイメージしたのとは全然違う」


「とんがり帽子を被って、木の杖から火の玉を出すようなイメージだったかしら? 」


「なんでわかったの!? 魔導士じゃなくてエスパーだねっ! 」


「うふふ。莉央奈は面白い子ね」


 押し合いの最中、一瞬の隙をついて誠奈人は右足で玄治の腹を蹴り上げる。しかし…。

「か、硬すぎ…腹に鉄板でも仕込んでるのか? 」


「私の鍛え抜いた体を魔力で強化すれば、鋼の強度となる」


 今度は玄治が誠奈人の腹を蹴る。そのまま後方へ2メートル程吹き飛ばされる誠奈人。体勢は崩さずに着地する。


「ぐう…鍛えてなかったら吐いてたな」


「あまりこたえてないようだな…関心関心。では、今度はこっちから行くぞ! 」


 一歩踏み出しただけで一気に誠奈人の目前まで迫った玄治。老齢とは思えない脚力だった。その勢いのまま右脚で膝蹴りを放つ。誠奈人は両足で踏ん張りを効かせて左手を前に出し、掌で玄治の膝を受け止める。ずざざ、と後方に後退りしたが、玄治の突撃を止める事に成功した。しかし玄治は残った右足で地面を強く蹴り、縦に回転しながら誠奈人の頭上へ跳ぶ。一瞬にして背後に周り、着地と共に刀を振り抜く。一方の誠奈人は玄治が視界から消えた瞬間にその意図を見抜き、前方へ駆け出す。その後ろで、目標を失った玄治の刀が空を切った。背後で刀が空振る音を聞こえてすぐに後ろへ振り向き、己の刀を構える。


「今のは一本取ったと思ったが良い反応だ。おまえは本当にどんどん強くなる」


「協会にこき使われてるおかげでな」


「実戦から学ぶのは良い事だ。誰にでも出来ることではない。それによって、戦いの中で実力が逆転することもある」


「だったら今、それを証明してみせる」


「いいだろう…見せてみろ」


 今度は誠奈人の方から仕掛ける。左から両手で振り抜いた一太刀はあっさりと受け止められたが、次は右から、更に上、下…と、次々に斬撃を放つ。玄治はそれらを正確に見切り、受け止めていく。攻撃を防がれても誠奈人は焦らず、攻撃の手を緩めず、高速の斬撃を次々とを繰り出して行く。金属音に似た鈍い音が何度も周囲に響き渡る。絶え間なく鳴り響く音が協奏曲のように流れる。誠奈人と玄治は相手に一太刀浴びせようと互いに刀を合わせているが、まるで舞踊のように華麗に、息の合った動きを魅せる。


「これが、魔導士の戦い…」


 莉央奈は目の前の光景に釘付けになりながら、ぽつりと呟いた。二人の技と気迫に息を呑む。次に玄治は振り上げた刀を袈裟斬りの要領で誠奈人の左肩に向けて斜めに振り下ろす。誠奈人は玄治が踏み込んでくるより先に身を屈めて右後方に身を引く。そして袈裟斬りに合わせて下から体を回転させるように斬り上げる。


「くっ!? 」


 今度は玄治の刀を弾く事に成功する。斬り上げの勢いで宙に飛んだ誠奈人はそのまま玄治の頭部目掛けて振り下ろす。


「取った! 」


 次の瞬間、バシィィン! と高い音が響いた。


「なんの! これしき! 」


 玄治はとっさに刀を手放し、両の掌でもって刀を挟み込み、真剣白刃取り。誠奈人の一撃を見事に防いだ。落下による重力も込めた一撃を止められ、目を丸くする誠奈人。


「馬鹿な! 」


「ふふふ…こちらこそ、ここまでやるとは思わなかったぞ。腕を上げたようだな」


 誠奈人が力を込めても刀が動く気配はない。このままではどうにもならないと頭を回転させ、次の一手を捻り出す。誠奈人の目の色が変わった事に気づき、何か仕掛けてくると玄治も察した。


「だったら…纏雷刀てんらいとう! 」


 次の瞬間、バチッ! と音を立て、誠奈人の刀に青白い電撃が走った。


「うぐぅ!? 」


 刀に素手で触れていた玄治は電流をもろに受け、全身が硬直する。たまらず手の力が抜け、誠奈人の刀を手放した。


「もらった!! 」


 その隙を逃さず、玄治の頭に峰打ちで一撃を入れる。玄治は頭蓋から軽快な音を立てながら、後ろに倒れ込む。大の字に寝転んで頭をさすりながら、観念した。


「見事だ…いてて」


 莉央奈と結奈の方を見て、したり顔でピースサインをする誠奈人だった。




「最後、すごかったね。なんかバチバチしてたよ」


纏魔てんまそうといって、形成魔導の発展型だ。魔力で作り出した物体に、更に別の魔導を纏わせるんだ。さっきは雷の魔導を上乗せした。使い慣れた刀を媒介にすることで、雷の魔導を別に使用するよりもすぐに発動できるし、魔力の消耗も抑えられるんだ」


 律儀にメモを取る莉央奈。魔導の話を聞く時は、特に真剣だ。


「纏魔の装自体がかなり高度な魔導だから、使える人は限られるけどね。複数の魔導を重ね掛けするのは、別々に使うよりも難しいの。上手く波長を合わせないと、反発してしまう」


「一度コレを使えるようになれば、色んな魔導を一つ一つ覚えるよりも、全部刀に通した方が楽なんだがな」


「そんな力技ができるのはあなただけよ」


「めちゃくちゃ難しい公式を覚えれば、どんな計算も解けるようになる…みたいな? 」


 むむむ…と、腕組みをしながら唸る莉央奈。自分なりの解釈で魔導を呑み込もうとしている。


「今回は久しぶりに一本取られたな。やれやれ…どんどん強くなるね、誠奈人は。次にやる時はもっとしんどいかもしれないなあ」


「玄治さん、お稽古中はキャラ変わってませんでしたか? 」


 莉央奈は恐る恐る、玄治の様子を伺う。最初に出会った時と同じ、柔和な笑顔が張り付いたご尊顔がそこにはあった。


「僕も今は結構丸くなったんだけどね。戦いになると昔の血が騒いじゃうんだよね。ははは」


 玄治さんは怖い、という誠奈人の言葉を思い出しながら、絶対にこの人は怒らせないようにしようと心に誓う莉央奈だった。

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学生魔導士は街を駆ける ー現代社会における魔導の在り方ー 小仲はたる @pandacc

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