角砂糖のなぞ

くもとまご。

角砂糖のなぞ


「暇ですねぇ、この時間」

「暇だなぁ、雪平くん」

 

喫茶『マチノ』の昼下がり。この時間はいつも客がいない。だから従業員はただ立っているだけの苦行をこなす羽目になる。『マチノ』の従業員はマスターの男と、雪平雅人の二人だけだ。

 

「トランプでもやりますか?」

「二人でやっても面白くないだろ」

 

 雪平はどこからか出してきたトランプを大人しくしまった。こういうとき、本当はじっとしていることに耐えられない。それをマスターに悟られたくなくて、暇つぶしにと、各席に常備している角砂糖の数をかぞえてまわることにした。『マチノ』のマスターは、ゴリラに似た風貌に似合わず神経質なところがある。朝七時に開店したら、まず初めに角砂糖を補充するのだ。決まって24個ずつ。彼は24という数字が好きだと言っていた。海外のドラマ『24』が大好きだからという単純な理由だ。雪平はテレビをあまり見ないのでよく知らない。『マチノ』はテーブル席が4つにカウンター席が3つ。マスターと雪平の間では各席に1〜7まで番号を振っている。


「あれ?」

 

いち、にー、さん、し、,,,23、おかしい23個しかない。2番のテーブル席は窓側の外が見える席だ。端っこの場所は落ち着くのか、大体座る人はいつも決まっている。子連れの主婦、近所の老人、サラリーマン風の男性。この時間までに来るのはこの3組。順番は覚えていないが、今日も確かにこの3組だった。いずれもコーヒーはブラックか、コーヒー以外のものを頼んでおり、角砂糖を使った人はいないはずだ。それなのに、なぜ減っているのか。

雪平は無意識に頬を手で触った。謎に出会ったときやワクワクしたときの雪平の癖だ。指の皮膚から伝わる熱で感じた身体中に血が巡る感覚。雪平の瞳が真剣なものに変わる。


「マスター、この席の角砂糖一つ減ってますよ」

「そりゃお客さんが使うんだから減るだろ」

 

雪平は今日来た客が誰一人角砂糖を使っていないことを説明する。


「俺が七時に補充したときは、確かに24個あったぞ」

「それほんとですか?」

 

24という数字に謎のこだわりを持っているマスターは、間違いない、と自信満々にこたえる。


「ちゃんと声に出して数えたよ、どこの席も」


そこまでいうのなら、数え間違いという線は薄そうだ。


じゃあ、どうして。雪平が知らないうちに客が来た、そんなことはないだろう。マスターは、調理場から出るのを面倒くさがって、水出しを一切しない。料理人は料理だけしていればいいという考えらしい。それもどこぞの料理人の密着ドキュメンタリー番組で語られたポリシーを真似ているだけだが。


「角砂糖をコーヒー以外のものに使ったとか?」

 

雪平は小さく呟いた。


「どういうことだ?」


「たとえばサラリーマン風の男性、あのひと甘いものが好きみたいで、ココアとかカプチーノとかをよく飲んでますよね。甘さが足りずに足したなんてことは」


「ココアやカプチーノに砂糖入れてたら逆に印象に残るだろ」


「ですよねぇ」


次に雪平は、子連れの主婦について思い出した。子どもはクリームソーダ。母親はいつも決まってブラックコーヒー。

「その二人はないんじゃないか?角砂糖の使い道がない」


「いえ、あります」


「はぁ!?あの母親はぜったいブラックコーヒーだぞ、甘いものは苦手だって言ってたし」


「母親じゃありません。子どもです」


「子ども?」


雪平は、角砂糖の入った小瓶のフタを開ける。角砂糖はどれも欠けていない。


「子どもが何に使ったんだ?」


「そのままです」


雪平は満足そうに笑った。


「舐めるために持っていったんですよ。そして角砂糖をくすねるなんて行為はあまり上品とは言えない。だから誰にも見つからないように、こっそりと」


「なるほどな」


「子どもにとってはお菓子みたいなものですからね」


しばらく沈黙が続いた。マスターは角砂糖のはいった容器から一つ取り出し、2番テーブルに補充した。


「一個くらいならまぁ、いいか」


「いいんですか?」


「ガキが喜んだならな」


「これでまた24個だ」


雪平は、拍子抜けした気分だった。胸の高揚はもうなくなっている。


「今度から、きちっと蓋しめておきます」


「たのむ」


窓の外では夕日が傾いていた。喫茶『マチノ』の時間は静かに動き出し、何事もなかったように進んでいく。


 



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角砂糖のなぞ くもとまご。 @kumomago

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