エピソード2 違和感

「お、来たな耕史!」

「おう、信広!」


耕史は中学からの腐れ縁だ。

同じサッカー部で汗を流した仲間。

オレがキーパーで、耕史がオレの前を守るセンターバック。スイーパーポジションだったやつだ。


オレがセービングをミスった時に助けてくれたこともあるし、その逆も数え切れない程あった。

もちろん、二人が揃ってもダメだったことも、同じくらいある。


「ホラ、これお土産!

早く会わせろよ〜、たかひとくん、だっけ?」


「うるさいって!

さっき寝たとこなんだ、お前起こすなよな!」


「おう……わりい。

でも、お前も十分声でけえって…。」


たかひと。

誉仁、ひとにたかく仁を誉れるように。

そんな願いを込めたつもりだ。


耕史の持って来たオムツ、新生児用3パック。

助かる。そろそろ買いに行かないとなと思っていたところだったから。


「うるせえって。

いいか、絶対起こすなよな。

寝てる時だけが平和なんだからよ。」


「ああ、分かったって。

いいから早く見せろって!」


抜き足、差し足、忍び足。

絶対起こさないようにしないと。


産後すぐの育児で、里香も疲れ果てている。

誉仁が寝たと同じタイミングで、自分の寝室に引き篭もった。

同じように抱っこしてるはずなのに、オレが抱っこしても泣くだけ。

里香が抱くだけですぐに機嫌を直す我が息子の姿に、毎日毎日敗北感を味合わされている。


(ホラ、ここだ。いいか、絶対起こすなよな?)


(分かったって!

うわぁ、可愛いなぁ〜!)


我が子ながら可愛い。

絶対天使だと思う。

寝てる時だけはだが。


(うわぁ、ぷっくぷく!

ミルクの匂いかな?

匂いまで可愛いとか反則だ!

何この小さな唇!

手!)


耕史がその頬を突つく。

うわ、馬鹿やめろ!


「ふ、ふわ、ふぇ……。」

サッと誉仁の横に周り、小さな小さな手に人差し指を差し出して握らせながら、その小さな胸を優しく叩く。

トン、トン、トン。


まだ眠りが浅かったのか。

少しだけ愚図る様子を見せたものの、すぐにすやすやと眠ってくれた。


耕史に睨み付ける。

(ご、ごめんて!

うわぁ、でも可愛いなぁ〜!

泣き声も可愛い……!)


(バッカ、お前これが毎日続いてみろ!地獄だぞ…夜は寝れねえし!

お〜ヨチヨチ、誉仁くん、ねんねちまちょうね〜。


頼むから、マジで。)


「プッ!」


途端にまた愚図る気配を見せる誉仁。

焦る耕史を無視して、ただ誉仁の機嫌を取ることに必死になる。


ようやくぐっすりと眠ってくれたのを見届けて、その場を離れようとするが――誉仁の手が、オレの指を離さない。


可愛い。

可愛すぎる。

思わず、顔が綻び、視界が細くなるのが分かる。


(すっかりパパの顔、だな。

信広もついにパパか……。)


お前も歳を取ったな、そんなふうに言われた気がして、思わず耕史を見るが…予想に反して、耕史は――羨ましそうな、柔らかい笑顔でオレを見つめていた。


「羨ましいよ、ノブ。」


思い出す。

耕史は、先天性の精子異常で――。

「――耕史……。」


息が詰まる。

何か言葉にしなければ、そう思うのに。

言葉が見つからない。


「たかひとくんも見れたしな。

あんまり長居して、たかひとくんを起こしちまっても悪いからな。

今日は行くよ。

また来るよ、お前も少しは休めよ、ノブ。」


耕史が立ち上がり、背を向ける。

その背中が…小さく見える。

玄関までの短い時間、言葉が見つからないまま、重い空気が流れる。

玄関に腰を掛け、靴紐を結ぶ親友の背中が遠く見えた。

絞り出した言葉は、逃げるような一言。

「……そういや、お前店長に昇進するんだって?

おめでとう。」


「おう、ありがとよ。

最短記録更新だよ、まあ光回線とかオプション頑張ったからな!

お前にも協力してもらった甲斐があったぜ!」


「いや、それ抜きでもお前の実力さ。

すごいな、お前は――。


また、誉仁の顔見に来てくれよ。」


振り向いたその表情には、さっき浮かんでいたはずの痛い程の羨望の色は消えていた。

「おう、また来るよ。」


どこかやり切れない空気を残して、耕史は帰っていった。




そして、悪戦苦闘する日々はあっという間に過ぎて。

誉仁の3ヶ月健診の日がやって来た。


もうすぐ首も座る頃かな、その兆候はいつ出るのかな。

そんな風に気楽に思って、ただの確認作業のはずだったのに。



「ううん……ちょっと首の座りもですが。

追視も弱い気がしますね。


次の6カ月健診でまた診てみましょう。」


医師の宣告は、拭い切れない違和感をオレ達夫婦に植え付けていった。

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ぼくとぱぱ 藤川郁人 @fumito227

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