消したつもりだったのに

@ekumaru0124

消したつもりだったのに


ふと口をついて出た言葉が、俺の心情をぴたりと表していた。デバイスの液晶に踊るのは1人の女の子の写真ばかり。笑ってるのや怒ってるの、果てには寝顔まである。余程大事にしてたんだろう。そりゃそうか、初めての彼女だったもんな。なんで別れたんだったか…。そんな記憶も芋づる式に掘り当てながら、最下層だった写真のフォルダを現代へと進めていく。どの写真も無くしたと思っていたものばかりで、親指は何度も止まった。


この頃はああだった、こうだった……なんて思えるかと期待したのも束の間。シフトを記したカレンダーの写真が並んでいる。空白が見当たらないそのカレンダーは、別れた理由を冷たく映し出した。よくある話だな。また口をついて出た。


次に見つけたのは食事の写真ばかり。しかも刑務所の飯……想像でしかないが……みたいなアングルと色味のものがほとんどだ。俺が作って俺が食うためだったのに、なぜか写真がある。きっとこの頃からだったろう、俺が、俺の生きた記録くらい残したいと思い始めたのは。


写真は続く。2人目の彼女に、今はどこにいるかも分からない親友、一緒に働いた仲間、飯、酒、景色……よくある写真フォルダになってきただろう。心も動かない、と思っていた矢先だ。ああ、こればかりは、堪えるな。可愛がっていたが、虹の橋を渡った実家の犬がいた。よかった、写真があって。俺はその写真を3回も保存して、家族LINEにも送ってやった。親も可愛がっていたので憎まれごとを言われるかもしれないが、写真はいくらでもあった方がいいと俺は思う。


スクロールされていくのは新居らしき写真だ。あぁ、同棲前に写真を共有したんだっけな。入念に撮ってやがる。この一年後に別れることも知らないで……。写真は2人の生活に切り替わり、俺は一旦水を飲んだ。

なんで消えてねぇんだ。ほんとに。

1番大事にしてたが、大事ゆえに家族すぎて別れたというのが結論だった。情けないもので、別れ目には会わせて貰えなかった。俺は彼女が実家へ帰る前日に、慣れない酒を1Lも飲んでしまっていたから。腹を壊していた。1歩もうごけねぇと思うほどの腹痛は、今でもない。ありゃ天罰だと思うことにしている。

ともあれそれからの俺は一人で二人分の家で暮らした。あまりにも無気力だった。誰かのために生きてきちまったようで、自分を認めてやるなんて無理だった。限界に達した頃、俺は配信アプリに出会うことになった。


粗野な物言い、人を人とも思わないやり取り、自由な発言、全てが許される場所は、俺が馴染むのにそう時間がかからなかった。だが俺は俺に自信がなかった。だから、お前も配信をしてみろという声に1ヶ月渋った。

だが始めた。

幸いなことに、コメント欄で知り合ったやつが、俺を唆した粗野な配信者が、その仲間が、新しいリスナーが俺を迎えてくれた。

俺はこの時、ようやく自我を取り戻した、ように思う。実際にはまやかしだった訳だが、そんな話はネットにごまんと転がってるだろう。今はその話じゃないから割愛するが、結論としては、俺は紆余曲折あってまた1人になってしまった。

どれも俺の理由とは思えないが、ネットでこうなる時はだいたい自分のせいだと思うようにしていたし、現実でも基本自分に非がある想定でいることにしていたのでそこまでは落ち込まなかった。嘘だ。めちゃくちゃに落ち込んだ。全部の病気にかかったんじゃないかと思うほど。大袈裟かもしれない。


スクロールバーの空白が残りわずかとなった。配信のスクリーンショットが残っている。俺を好いてくれた人達の証と言っていいだろう。この人達が声を褒めてくれたから、俺は呪いから逃れられたんだと思う。

小学生の頃から物語を書くのが好きだった。ケンタの大冒険っていうお話を、先生からA4のコピー用紙貰って、15話くらい書いてた。読者だっていた。読ませるのが好きだった。特にラブコメみたいにするのは好きでよくやってた。机の鍵付き引き出しに、ケンタの大冒険を入れてたんだ。

子供ながらに可愛いだろ?でも、ある日学校から帰ったらさ、ゴミ袋に、ゴミと一緒に、いれられてたんだ、諸共全部。それから俺は、表現や感情をできるだけ避けてたんだ。壊されるかもしれない、バカにされるかもしれない、と。

だからこそ、その記憶は消したはずだったのに、恩人達のお陰で鮮明に蘇ったのは、俺への警告…警鐘ってとこだろうか。


もうスクロールは出来なくなっていた。

消したつもりだった写真には終わりが来たらしい。

だが、新しい写真は、物語は、終わりがない。俺が書けば、誰かが読んでくれるし、俺が歌ったり弾いたりすれば、誰かが聴いてくれる。それでいい。


だから俺は、これからも、将来、消したはずだったのに、と思えるようなものを遺して行くのだと思う。遺したいのだと思う。

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