第8話 帰る場所のために
世界合同ダンジョンは、海上にあった。
正確には、かつて無人島だった場所だ。
今は島全体が巨大な封鎖区域となり、上空には監視ドローンが飛び交っている。
久瀬アラタは、船の甲板に立っていた。
周囲には、世界ランキング上位者たち。
誰もが名を知られた探索者だ。
だが――。
「……浮いてるな」
自分が、ではない。
ここにいる全員が、常識から外れている。
それを、アラタは肌で感じていた。
◇
ダンジョンは、深かった。
百階層以上。
これまで観測された中で、最深。
「ここから先は、全員で行動する」
指示を出したのは、世界ランキング一位の探索者だった。
老練な男で、無駄な言葉を使わない。
誰も異を唱えなかった。
この場では、序列よりも生存が優先される。
◇
深層は、静かすぎた。
魔物の気配が、薄い。
それが、逆に不気味だった。
「……来るぞ」
アラタの低い声に、全員が身構える。
次の瞬間、空間が歪んだ。
現れたのは――階層核。
ダンジョンそのものを統べる存在。
魔物ではない。現象に近い。
「攻撃、通らない!?」
「再生してる!」
世界ランカーたちの連携でも、削れない。
力ではない。
構造の問題だ。
アラタは、一歩前に出た。
「……俺が行きます」
「待て」
ランキング一位の男が、鋭く言う。
「根拠は?」
「経験です」
それだけだった。
◇
アラタは、剣を抜かなかった。
代わりに、魔力を広げる。
膨大な魔力。
だが、暴走させない。
制御する。
異世界で学んだことだ。
力は、振るうものじゃない。
通すものだ。
階層核の中心に、流れが見えた。
「……ここか」
短剣を突き立てる。
力任せではない。
最小限で、正確に。
階層核が、ひび割れた。
◇
世界が、揺れた。
光が溢れ、音が消える。
次の瞬間――。
ダンジョンは、停止した。
崩壊ではない。
沈静化だ。
「……終わった?」
誰かが、呆然と呟く。
アラタは、息を吐いた。
「ええ。もう、動かない」
◇
地上に戻ったとき、夜明けだった。
通信が一斉に入り、世界中に速報が流れる。
**世界合同ダンジョン攻略成功。
中心討伐者:久瀬アラタ。**
名前は、隠されなかった。
隠す理由が、なくなったからだ。
◇
数日後。
世界ランキングが、更新された。
第一位:久瀬アラタ。
記者会見も、表彰も、断った。
必要ない。
アラタが向かったのは、東群市の自宅だった。
◇
「おかえり」
玄関で、ミオが笑った。
いつも通りの声。
いつも通りの距離。
「ただいま」
それだけで、すべてが報われた気がした。
「……ニュース、見たよ」
「そうか」
ミオは、少し困った顔で言う。
「世界一、なんだって?」
「……らしい」
ミオは、少し黙ってから、こう言った。
「でも」
アラタを見る。
「帰ってきたでしょ」
「うん」
それで、十分だった。
◇
夜。
二人で夕飯を食べる。
テレビでは、探索者特集が流れている。
だが、音は小さい。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何だ」
「もう……行かなくてもいい?」
その問いに、アラタは少し考えた。
「行くよ」
「……そっか」
ミオは、少し寂しそうに笑う。
「でも」
続ける。
「帰る」
「必ず」
それだけは、変わらない。
◇
世界一になっても、世界は変わらない。
ダンジョンは残り、戦いは続く。
だが――。
久瀬アラタは、もう勇者ではない。
役目のために戦う存在ではない。
選んで、戻る者だ。
世界一の探索者であり、
一人の兄として。
彼は、今日もダンジョンへ向かう。
そして――。
必ず、帰る。
元勇者は現代ダンジョンで世界一を目指す――妹の待つ家へ帰るために 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123
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