迷頭認影 ー私は底辺小説家ー

出鱈目0

迷頭認影 ー私は底辺小説家ー

 これは私が小説を書き始めて5ヶ月の頃に経験した些細で大きな挫折の話。


 私はあの日もパソコンの画面に向かっていた。

 だがやっていることはただのネットサーフィン。


 求めている評価はつかない。

 PVは増えるだけで感想やリアクションは一切ない。


 そんな日々が続いていた私は小説を書くことが楽しくなくなっていた。

 だから私は意味もなくネットの海を彷徨っていた。


「お。イラ・ストさんのイラストだ。やっぱりこの人のイラストは好きなんだよね~」


 私はそれにいいねを押すとまた画面をスクロールさせる。

 すると1つの投稿が目に留まる。

 それはとある小説家の10万PV突破といいね総数が1万を超えたことに対する感謝報告。

 私はそれを見て目元が少し痙攣する。


 何で私の作品はこの人みたいに伸びないんだろう?

 あんなにも面白いのに。

 今の流行りに合わせているのに。


 そんな思いを巡らせながら私は投稿主のプロフィールを開く。

 するとそこには『~「異世界に転生した小説家、想像力と話術で魔王に成り上がる」第3巻本日発売~』の文字が。

 私の視線はそこに固定されていた。


「はあ。書籍化か……。なんか、こういうのを見ていると改めて自分の小ささに打ちのめされそうになるのよね……」


 そんなことを口にしながらも私の心は嫉妬の感情で破裂しそうになっていた。


 何でこんな内容の薄っぺらそうな話が売れるんだよ!

 何で私はこんなにも頑張っているのにまったく注目されないのよ!


 頭では思ってはいけないことだと分かっていても抑えられない。

 逆に必死に抑えようとすればするほど噴出口が大きくなってしまう。


(さすがにまずいな……)


 そう思った私は気分を紛らわせるために一度ゲームで現実逃避をすることにする。


「ふう。えーっと、一旦ホーム画面に戻ってからタブを……」


 私がそうしてタブを閉じようとした時、視界の端から1つの投稿が飛び出してくる。

 それは『#再掲載してくれた人の小説を読みに行く』というハッシュタグのついた投稿。

 いわゆるお互いの小説を読み合って成長していこうというコミュ障の私が一番苦手としている部類の投稿だった。

 私は内容を上から嘗め回すように黙読する。


--


 【定期】暇なので小説を読んで感想を書く企画をする

 【ジャンル】何でも可

 【条件】長編は1~3話までしか読まん、10作まで


 コメント数:6 いいね数:5 再掲載数:1 表示:25


--


 ジャンルは何でも可で10作品まで。

 それで応募人数が7人。


 その瞬間、私は咄嗟に指が動き自作品を送り付けていた。


 普段なら私はこんなことをしない。

 でもこの時の私は感想と評価に飢えていた。

 それにさっきの嫉妬心の処理で一杯一杯になっていた。

 だから送ってしまったのだろう。


「よし。これでいいか。さて今日も144チャンク露天掘り頑張るぞー!!」


 そうして私はゲームの世界へ逃げていくのだった。


◇  ◆


 私がゲームの世界へ逃げて数時間が経過した時のこと。


「ぐぇー。これで丸石が20ラージチェスト分とそれ以外の鉱石類が10ラージチェスト分か……。さすがに手作業での倉庫整理はめんどくさくなってきたな。そろそろ自動仕分け機付きの倉庫を……」


 ブーブー。


 金属製の机が振動した。


「ん~通知か。まあ、キリがいいし今日はこのぐらいにしておこ」


 そうして私は引き出しから携帯を取り出し通知を確認する。

 するとそこには複数のSNSからの通知が来ていた。


「えーっと通知は、Picsib、MeTubeに……お! さっきの返信がもう来ているじゃん! 思っていたよりも早かったなぁ」


 私は何も考えずにその返信の内容を開く。


「えーとどれどれ? 『正直に言ってこの話はつまらない。不快だった』……」


 そこまで読んだ時、私の中で何かが崩れるような音がした。


 え? な、何よこれ?

 私の作品が面白くないだって?

 う、嘘よ。そう。きっとこれは何かの幻さ。

 

 何度もその文を読み返す。

 だがその内容が変わることはなかった。


 私は携帯を机の上にゆっくりと置く。

 そして今までの創作活動を振り返り始める。


 ふと小説家になってそれを仕事にしたいと思ったあの日。

 行動力だけはある私はさっそくそれを行動に移す。


 みんなに読んでもらえるよう、何度も練り直した作品の設定と構想。

 無限に溢れ出てくるアイディアを紙に書き上げるのが大変で指を痛めてしまった。

 でもその時のワクワク感は子供の時に見ていた景色を見せてくれていた。


 初投稿の日。

 今まで本を読んでこなかった私なんかが小説を書いてもいいのか? と不安に思いながら投稿ボタンを押した。

 だがPVが初めてついたときは飛び跳ねるように嬉しかった。


 自作品を面白くするために始めた独学での小説の勉強。

 私は文字を読むことが苦手だったので初めは苦痛だった。 

 だがやっていく内に読む楽しさに目覚め、文字を読むのがむしろ好きになっていた。


 みんなに作品を知ってもらうために始めたSNS活動。

 コミュ障の私は最初、気に入った投稿にいいね押すか押さないかで何度も迷ったりしていた。

 だが今はさりげなくいいねを押せるようになり、様々な人と積極的に関われるようになった。


 そうして振り返ると私は改めて実感する。


 私はものすごく頑張っていたのだと。

 慣れないことを、私らしくないことをよく5ヶ月も続けられていたなと。


 だがそれは喜ばしいことではなかった。

 それは余計、私の作品に対する否定の言葉を鋭くするだけだった。


「何で、私のやることは昔からこうも上手く行かないのよ……」


 机に水滴が滴った。


 私は昔からいろいろなことに挑戦してきた。

 だがどれも中途半端に終わってしまい、後悔だけが残った。

 だから私は今回こそ、今回こそは果たして見せると思い、必死に努力していた。

 でもダメだった。

 私のメンタルは『たった1つの感想』でズタボロにされたのだ。


 私は小説が嫌いになった。

 その日から私は小説を書くのを辞めてしまったのだった。



◇  ◆



 小説を書かなくなってから1ヶ月。

 私はごくごく普通の日常を送っていた。


 朝、いつものように起きていつものように会社へ行き、いつものように事務作業をこなして、いつものように疲れた体で帰宅する。


 そんないつもと変わらない日常のはずだった。

 だが何故か世界からいつもの色が失われていた。

 ただ暗く、つまらない、そんな灰色をしていた。


「はあ。私はこのままつまらない人生を送るんだろうな……」


 そう呟きながら今日もすっかり明かりを失った街を背景に駅に向かって歩みを進める。


 帰宅してもただMeTubeのショート動画を怠惰に眺めるだけ。

 寄り道をしても徒歩が故にほとんどが見たことのある景色しか私の目には映らない。

 とにかく毎日がつまらない。

 そして今日もそう思いながら同じように過ごすんだろうな……。


 するとその時、私の視界に淡い光が入り込んできた。


「ん? あれは……本屋さん?」


 それは大型商業施設にあるような豪華な本屋ではなかった。

 それは商店街にあるような小さくて古い本屋だった。


 いつも歩いている道なのに何でこんな気付かなかったんだろう?


 気になった私は行き先を駅からその本屋に変更する。


 私は今までの人生で1度も本屋に行ったことがなかった。

 そして今後もきっとないだろうと思っていた。

 だがこの時の私は光に集まる虫のようにその本屋に吸い寄せられた。

 本屋の前に着くと、


「いらっしゃいませ」


 と言いながら店の中から小さくて可愛らしいお婆ちゃんが出てきた。


「あ、ど、どうもです……」

「その服装、お客さん、仕事帰りかい?」

「そ、そうです」


 私は小さい声でそう返事をする。

 するとそれを聞いたお婆ちゃんがより顔を緩ませる。


「そうかい。疲れているだろうに……。こんなおんぼろな店に寄ってくれてありがとうね」

「い、いえ! おんぼろだなんて……」

「ふぉっふぉっふぉ。そんな風に気を使わなくてもいいわい。どうせ来年には店を閉じてしまうからのう」


 お婆ちゃんはどこか儚そうな顔で店を見ていた。


 そうか。

 ネットが発展したこの時代、わざわざ本屋に行かなくても本は買えるし、大型商業施設に行けばこの店よりもたくさんの本が売っている。

 そうなるとこういう小さな本屋の需要は減る。

 その結果、このお婆ちゃんは店じまいをするに至ったんだ。


 私はその背景を勝手にそう推測した。

 これは私の独りよがりだったかもしれない。

 でもそれは私の善意に火をつけたのだ。


「お婆ちゃん。まだこの店って開いていますか?」

「ああ。まだやっているよ」


 それを聞いた私は何かに急かされているかのように中に入っていく。

 すると参考書、雑誌、ラノベなどいろいろなジャンルの本が目の前に現れる。

 さらに店の暖色系の電灯と年代を感じる壁紙がよりそれらを強調させていた。


「本屋の中ってこんな感じだったんだ」


 本屋の中は外の腐った世界とは違って輝いていた。

 まさに色の宝庫だった。

 私はそんな景色に子供心をくすぐられた。


 そこで私はラノベのコーナーに足を運ぶ。

 恋愛系、ファンタジー系、日常系、どれも面白そうな話ばかりだった。

 私はどれを買おうかしばらく悩む。

 すると1冊の本に私の目が釘付けにされる。


『異世界に転生した小説家、想像力と話術で魔王に成り上がる』


 これは私があの日、あの返信が来た日に見た、嫉妬した小説だった。

 私はその第1巻をそっと手にすると表紙をめくり、軽く読み始めた。


--


 とある冴えない小説家は交通事故で死亡し異世界に転生した。

 そんな彼の転生先はなんと……ゴブリン。

 彼は少し不運だなと思いながらも異世界ライフを楽しもうとする。

 だがゴブリンは魔族の中でも最底辺に位置する種族で他の魔族に見下されておりそれどころではなかった。

 そこで彼はそんな状況を打破すべく前世の知識を生かして魔王に成り上がると決意する。

 これはそんな彼が下剋上していくだけの物語。


--


 気づいたら第1巻の最後のページをめくっていた。


 この先の展開が気になる。


 そこで私は手に持っていた1巻と残っていた2巻と3巻を両手で抱えてお婆ちゃんの待つカウンターへと向かう。


「お婆ちゃん。この3冊、お願いします」


 私が本をカウンターの上に置くとお婆ちゃんは微笑みながら会計してくれた。


「お会計は3冊で2430円だよ」

「えっと2000、400、30円ですね。これでお願いします」

「それじゃあ2430円ちょうど、お預かりするね。レシートは欲しいかい?」

「はい。お願いします」


 私はそう言ってレシートと本を受け取ると店を出ようとする。

 その時私は、


「お客さん」


 とお婆ちゃんに呼び止められた。

 私はさらっと振り返るとお婆ちゃんは一歩一歩を踏みしめながらこちらに近づいていた。

 そして私の前に来ると手をそっと握る。


「ありがとうね」


 そういうお婆ちゃんの顔には希望と喜びが詰まっていた。

 私はそこでとあることを思い出す。


 それは「私が小説を書き始めた理由」だった。



◇  ◆



 私が小説を書き始めた理由。

 それは「誰かを笑顔にするため」だった。


 たくさんの人に読まれなくたっていい。

 評価されなくてたっていい。

 酷評されたってかまわない。

 ただ、私の作品を読んで笑顔になってくれる人が居れば、私はそれだけで十分だ。


 私はそんな思いを抱いて小説を書き始めたはずだった。

 だがいつしか他人の目ばかりを気にするようになっていた。

 自作品を通して伝えたいことを捻じ曲げてしまうほどに気にするようになっていた。


 そう。私は「迷頭認影めいとうにんえい」していたのだ。


 でもお婆ちゃんは私を目覚めさせてくれた。

 沼に沈んでいた本来の私を引きずり出してくれた。


 そこで私はお婆ちゃんに深いお辞儀と共にこう返す。


「どういたしまして。そしてこちらこそ本当にありがとうございます」


 私がそう言うとお婆ちゃんも同じようにお辞儀を返してくれた。


 そうして私はお婆ちゃんの暖かい視線を背に力強く駅に向かって歩みを進めた。


 いつもと同じ景色。

 いつもと同じ環境音。

 だがそれらは色を取り戻した……いや、虹色に染まった私の世界からしたらどれも新鮮で面白いものだった。


 小説を書かなくなって1ヶ月。

 私はようやく挫折から立ち直ったのだった。



◇  ◆



 そしてそれから数年の年月が経ったときのこと。

 舞台はあの古い本屋の前。


 1人の女性がシャッターのかかった店の前に立っていた。

 よく見るとその女性の手には1冊の本が。

 題名は『あなたの世界は何色? 私は虹色』。

 これは……私の本だった。



◇  ◆



 私はあの後、家についてすぐ、それまで書いていた小説を消し、私の本当に伝えたかったことを言葉に、物語にした。


 初めは全く伸びていなかった。

 誰も評価してくれなかった。

 だが半年たった時からみるみると数字が伸びていき最終的に書籍化の話が来たのだ。


 私は嬉しかった。

 そしてそれをお婆ちゃんに伝えようと思っていた。

 だが書籍化が決まった翌日。

 お婆ちゃんの店の前で立つ私の目に1つの張り紙が張られたシャッターが。


『店主が先日亡くなられたため店じまいとなります』


 あの日を境にほぼ毎日通うようになった本屋。

 あのお婆ちゃんを驚かせたくて、あのお婆ちゃんに新たな楽しみを作りたくて、私を救ってくれたお婆ちゃんに恩返しをするために、頑張った創作活動。

 私はそんな彼女が本当の祖母のように大好きだった。


 私はそれを見てしばらく立ち竦んでいた。


 「お婆ちゃんに恩返し……できなかった」


 そう言った途端に涙が溢れ出てくる。


 私は最近書籍化の話で忙しくて本屋に通えていなかった自分を責めた。


 一番最初に伝えたかったのに……。

 一番笑顔にしたかった相手なのに……。

 もっとお婆ちゃんの笑顔が見たかった……。

 最後ぐらいお婆ちゃんの傍にいてあげたかった。


 そんな風に自分を責めている時だった。


「あのーすみません」


 後ろから女性の声が聞こえる。

 私は急いで涙をぬぐうとゆっくりと振り返った。

 するとそこにはあのお婆ちゃんと似た顔立ちをした女性が立っていた。


「人違いだったら申し訳ないのですが……あなたって去年からここで本を買うようになった方ですか?」

「え、あ、はい。たぶん、そうです」

「良かったー!!」


 その女性はそう言うと私に1つの封筒を手渡す。


「これは……?」

「この店の店主、私の母から預かったものです。母にあなたが来たらこれを渡すようにって言われて」


 あのお婆ちゃんからの手紙……。


 私はゆっくりと封を開ける。

 するとそこには震えた手で書いたであろうグラグラとした文が1文だけ。

 私はその内容をお婆ちゃんの声で再生させる。


『私の店に毎日通ってくれてありがとうね。名の知れないお客さん』


 とても短い文だった。

 でも私にはその1文に込められているお婆ちゃんの想いの大きさがわかった。

 するとまた目に涙が溜まり始める。


「あなたが来るようになってからお母さん、毎日が楽しそうでしたよ。本当にありがとうございました」


 女性はそうやってお辞儀をするが私は涙が止められなくてお辞儀を返すことができなかったのだった。

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