神に無理やり力を授けられ、異世界召喚されたけど、ラスボスが強すぎて詰んだ件

@usk1210

第1話 神に無理やり異世界へ放り込まれた件

──日本 東京


上原アズマ、二十歳。

かつてはフリーターとして働いていたが、今は完全な無職だ。


けれど、彼はただの無職ではなかった。いや、正確に言うなら――彼は“普通の人間”ですらなかった。


アズマには、生まれながらにして誰も望まなかった、呪いのような体質があった。


──人の悲しみを肩代わりしてしまうこと。


誰かに触れると、その人が抱える深い悲しみを、文字通り自分の心に取り込んでしまう。


泣いている人の涙を拭っただけで、胸が引き裂かれるような痛みに襲われる。


肩に手を置けば、相手がこれまで味わった喪失や絶望が洪水のように押し寄せ、心も体も削られる。


人と関われば地獄。


人を避ければ孤独。


どちらを選んでも、救いはない。


まるで“悲しみ”という牢獄の中で、生きているかのような日々だった。


それでもアズマは、人を救う道を選んだ。

自分を犠牲にしてでも、誰かの心を少しでも軽くしたい。――ただ、その一心で。


――――


――だが、それはある日、唐突に臨界点りんかいてんを迎えた。


かつて経験したことのないほどの強烈な悲しみに襲われたのだ。


胸を裂かれるような痛み。血が逆流するかのような吐き気。心臓を氷漬けにされるような絶望。


これまでに吸い込んできた無数の悲しみを束ねても到底比べものにならないほどの圧倒的な負の感情が、アズマの精神を無慈悲に支配した。


「……ぐっはっ……!!」


視界が黒く染まり、立っていることすらできない。

やがてアズマの意識は、暗闇へと沈み込んでいった。


──目を覚ますと、そこは見知らぬ地だった。


地平線の向こうまで、黒い炎が空を覆い、渦を巻いて荒れ狂っている。

周囲の景色は荒野ですらなく、まるで絶望そのものが形を取って広がっているかのようであった。


一歩踏み出しただけで胸が裂けるような痛みに襲われ、息を吸うたびに心臓が悲鳴を上げる。


「か、悲しみに押しつぶされる……」


黒き炎が燃え上がるたび、悲しみは増幅していった。

絶望、絶望、絶望――。


そして、悲しみの極地に至った瞬間、暗闇の向こうに一枚の大扉が現れた。

その大扉は禍々まがまがしくも荘厳そうげんな気配を放ち、抗えぬ力に導かれるまま、アズマはそれを開いた。


――――


──“唯無の境地”《ゆいむのきょうち》──


そこは、八百万の神々が存在する場所だった。

無数の声が遠くで響き、無数の気配が重なり合い、あらゆる神性が交錯こうさくする超常の世界。


その中心に立つ一柱の神が、アズマを見下ろしていた。


『……お前は何者だ?普通の人間とは毛色が違うな。本当に人間なのか?』


その声は低く、荒々しく、だがどこか威厳を帯びていた。


その神の名は――須佐之男命(スサノオノミコト)。

荒ぶる神にして、戦を司る守護者。破壊と再生の神。

そしてその身には五柱の神を宿していた。


アズマはかすれた声で問う。


「……ここは……どこなんだ?」


闇が震え、底知れぬ圧のような声が降り注ぐ。


『主の世界の言葉で言えば、“唯無の境地”《ゆいむのきょうち》――すべてが失われ、魂すら裸でさらされる場所だ』


その声はただ耳に届くだけではなく、心臓を直接握り潰されるように響き、アズマの内奥へと染み渡っていく。


スサノオは冷ややかに笑みを浮かべ、視線でアズマを縫いとめた。


『……もう一度聞く、お前は何者だ?』


その問いは鋭利な刃のようで、アズマの心臓を突き刺す。


アズマは息を呑み、一瞬迷った末に吐き出すように言葉を紡ぐ。


「俺は……この世から悲しみをなくす者だ。だから、邪魔をしないでくれ……こんな場所で立ち止まっている訳にはいかないんだよ!!」


しかし返るのは、嘲りを含んだ低音だった。

 

『……哀れよな。己を救世主と信じるか。


だが覚えておけ。お前は“悲しみを喰らう器”として選ばれたのだ。

抗えば抗うほど、より深く悲しみを刻み込まれ、その魂は悲嘆そのものに変わる』


不気味な声は、まるで心臓の鼓動に合わせて囁くかのようにアズマを覆い、視界の闇すら脈動して見えた。


『逃げられぬぞ。望まずとも理解する……己が背負うものの重さを。そして、悲しみこそが、お前を完成させるのだ』


アズマは歯を食いしばりながら、その言葉に押し潰されまいと必死に立っていた。


「さっきから聞いていれば、勝手なことばっかり言いやがって!俺はお前の従者でもなんでもない!今すぐ解放しろ!」


スサノオの眼差しは深く、容赦がなかった。


『……まだ、状況がつかめてないようだな。


上原アズマ、我が神威しんいと五神は今より主に宿る。受けよ、この戦神の神力を――すべてを押し砕き、世界を震撼しんかんさせる力を!』


そしてスサノオは話し続ける。余り時間がないようだ。


『覚えておけ。

我は戦の化身にして、あらゆる闘いを司る神。


剣も槍も、戦術も軍略も、すべて我が掌に収まる。


忘れるな――戦場でお前を制するのは、ただの“力”ではない。


“想像”と“創造”だ。


己が描くその理想を極限まで磨き上げろ。

お前が思い描いた瞬間、その想像は創造となり、刃となり、嵐となり、すべてを屠る《ほふ》る。


恐れるな、疑うな、慌てるな、ただ思い描け。さすれば自ずと道が開かれるだろう。


――そして世界に刻め、お前こそが"悲しみの王"であると』


「いや、ちょっと待ってくれよ!もうちょっと話を……」


アズマは手を振って制する。


『使いこなしてみろ。我が力……そして、未知なる強大な力を打ち砕け!』


「いや、強制かよっ!!」


叫んだ瞬間、視界が白く包まれる。


――――

 

気づけば、アズマは寝汗でぐっしょりになりながら、ベッドに横たわっていた。


混乱は続いた。だが考えねばならない。

何が正しいのか。何をすべきなのか。


アズマがカーテンを開けると違和感に気がついた。

たくさんのビルが立っているはずが、森と丘しかないのだ。


アズマはカーテンを一度閉め、見間違いであることを祈りながらもう一度開けてみた。


やはりそこには、森と丘しかなかった。


「え?東京じゃなくなってる?」


アズマは部屋を見回した。

部屋は古い個室で、歪んだベッドに布が置かれており、壁はボロボロに壊れていた。


「ここはどこなんだ?早く日本に帰りたい。帰る方法なんてあるのかな……」


アズマは頭を抱えて悩んだ。


――――


「今は少しでも情報が欲しいな。周辺を探してみよう。」


アズマは部屋の隅々まで目を光らせ、細かいところまで調べていった。


埃を被った棚の奥や、床に散乱する古い紙、壁の貼り紙や小物まで、一つずつ手に取り確認する。すると、棚の奥に日本語ではない奇妙な文字がびっしり書かれた本を見つけた。


ページを開くと、見たこともない文字がぎっしり並んでおり、読むことは到底できなかった。文字の形状や並び方は不規則で、見るだけで胸がざわつくような不思議な威圧感があった。


「全く読めない!」


アズマは肩を落とし、本を元の位置に戻す。すると、棚の隙間から一枚の手紙が現れた。


紙は黄ばんでおり、触れると指にざらつきを感じる。だが、そこに書かれていたのもまた、読めない文字の羅列だった。


「ここが日本でないことは間違いないようだな」


決意を固め、アズマは建物を出た。外の空気は乾き、少し冷たく、鼻に突き刺さるような匂いがあった。周囲を見渡すと、目の前には森と丘が広がり、遠くの地平線まで続く。


その先には、黒い影が渦を巻きながら荒れ狂っているように見えた。


しばらく歩いていると、黒い狼のような魔物が姿を現した。その瞳は赤く光り、鋭い牙と長い爪を剥き出しにしている。


黒い狼は、アズマを見つけるやいなや、襲いかかってきた。


「や、やばい!食われちまう、想定外すぎる!!」


アズマは咄嗟に体をひねり、後ろに回転しながら全力で逃げ出す。足元の土や石が蹴り上げられ、森の静寂を破って地面に響いた。


「落ち着け、落ち着け、考えろ。この状況を覆す戦略を!」


走りながら、アズマは狼の動きを観察した。


牙が光り、爪が風を切る。


次の瞬間を見極め、止まると同時に足を振り上げ、黒い狼の眉間に向かって蹴り抜いた。


カウンターの形で蹴りが入った瞬間、狼は悲鳴をあげ、後退しながら森へ逃げていった。


「や、やばかった。この世界はこんなことが普通に起こるのか?強くないと生きていけないじゃないか……」


アズマは息を整え、スサノオの言葉を思い返した。


「想像と創造を大切にしろって言ってた気がする。これが力になるって言ってたな。そんなことあるか?」


だが、今はやるしかない。次に生き残れる保証はない。


「弓だ!弓と矢を創造する!」


弓を想像するとアズマの手に、静かにゆっくりと和弓と矢が創造された。だが、形は不完全で、弦も木もボロボロだった。


続けて剣を創造してみる。だが、刃は欠け、使用に耐えない状態だった。


どうやら、見たことのないものの創造は難易度が高いらしい。


次に、実際に見たこともあり、使ったこともある包丁を想像した。


すると、一本の出刃包丁が静かに手に現れた。


包丁はよく研がれており、切れ味は抜群に見える。もう片方の手には、不格好ながらも木で作られた盾が出現した。


アズマは深呼吸し、武器と盾を握りしめ、外に出た。


次の瞬間、再び黒い狼が姿を現した。

だが今度は、包丁と盾を構えたアズマがそこに立っていた――。


――――


アズマは和食のバイトで覚えた包丁捌きだけを頼りに、黒い狼へ斬撃を浴びせた。

包丁は軽く、扱い慣れている。しかし戦場では心許ない武器だ。


飛びかかってきた爪を盾で受け、体勢が崩れる前に再び包丁を突き立てる。

そんな戦いを繰り返すうちに、アズマは少しずつ実戦の呼吸を覚えていった。


しかし――


大型の魔物が現れた時、状況は一変した。

包丁で何度斬りつけても、傷一つ付かない。

刃は欠け、柄はきしみ、武器としての寿命は尽きかけていた。


「このままじゃ、勝てない……!」


追い詰められたアズマは、剣を想像した。

実物を見たことはない。ただアニメで見たような剣を強く想像する。

そして、光が収束し剣が生まれた。しかし刃は研がれておらず、観賞用のように頼りない。


大型の魔物との戦いで、剣はまったく通用しなかった。

斬れず、削れず、手応えもない。

だが、アズマが突きを放った瞬間だけは違った。

柔らかい喉元へ刃が入り、かすかに手応えがあった。


「突き……なら効く!」


アズマは突きを連発し、ひたすら喉を狙い続けた。

魔物は血を吹き出し、唸りをあげて暴れた。

だが次第に剣は耐えられなくなり、ぽっきりと折れた。

魔物も同時に息絶えた。


「よし……次は、ちゃんと切れる剣を創る!」


――――


ボロボロの家へ戻ったアズマは、息を整えながら深呼吸をした。


「剣だ!鋭くて、何でも斬れる剣を……!」


しかし彼の想像は、どうしても包丁の延長にしかならない。

生まれたのは、ただの長い包丁だった。


「……違うな。包丁じゃない。もっと日本人として身近な……刀だ!」


アズマは頭の中で日本刀を描いた。

刃はよく研がれ、紙を置くだけで音もなく断ち割る――そんな刀身を。


(研ぎ澄まされた日本刀……頼む、来い!)


創造すると、胸の前に広がる白い光が強烈に収束していく。

次の瞬間、刀身百センチを超える白銀の刀が姿を現した。


「……す、すげぇ!初めての成功だ!」


アズマは歓喜し、丈夫な盾を創造し、ついでにりんごを創造して食べ、そのまま眠りについた。


――――


数日後。

アズマは森の奥で、四体の大型魔物に包囲された。

熊のような凶暴な魔物だ。


「マズいな……」


牙を剥いた四体が一斉に襲いかかろうとした、その時だった。

彼らの動きが唐突に止まり、怯えたように震え出す。


アズマは嫌な予感を覚えつつ背後を見る。


「……なんだ、あれ……」


四本足で立つ巨大な魔物。

真っ白の体毛は神聖にも見え、シルエットは龍を思わせる。

鋭い双眸だけが、アズマを値踏みするように光っていた。


四体の魔物は一目散に逃げ去り、アズマはひとりだけ取り残された。


「え?みんな逃げるのか!?」


アズマは刀を握り、白い魔物に向かって飛び出した。

全力の突きを眉間へ叩き込む――だが、ふわりとかわされる。


「まだだ!」


再び突き。

三度、四度、五度。

鋭い突きを連続で放ち続けた。


その刹那、白い魔物が叩きつけた圧のこもった一撃が、アズマの体を弾き飛ばした。


直後、魔獣は怒りに任せて大口を開き、炎を吐き出した。

灼熱の奔流がアズマを飲み込む。


「ぐっ……!」


燃えながら転がり、地面にはいつくばる。

追い討ちのように、鋭い鉤爪が迫り、アズマの腕を裂いた。


(ダメだ……このままじゃ焼かれる!)


アズマは自分に言い聞かせるように創造した。


(熱くない、熱くない!俺は炎に耐える!神経を集中しろ!神経を研ぎすませ!)


その瞬間、炎の熱は霧散したかのように消え、アズマは炎の中を突っ切ることに成功した。


「よし!いくぞぉぉ!」


身を低くし、炎の帳を抜け、白い魔物の腹へ鋭い突きを突き刺す。

さらに創造で炎を流し込み、内側から焼こうとするが、それでも倒れない。


ならばと、アズマは雷を想像した。

暗雲が広がり、呼び出した雷が、暴れるように白い魔物へ落ちた!


轟音と閃光の中、魔物は地に伏した。

が――死んではいなかった。


次の瞬間、白い鱗が次々と剥がれ宙に舞い、鋭い刃のようにアズマへ襲いかかる。


「くっ……!」


盾を構えても耐えられず、たちまち破壊される。

アズマは木陰へ隠れたが、鱗は蛇のように曲がりながら追尾してきた。


剣で弾いても、数が多すぎる。

傷は広がり、体は重い。


(……そうだ!体を鋼にするんだ!)


アズマは鋼鉄の肉体を想像した。

すると、みるみる体が鋼鉄化していく。

鱗は硬い体表で弾かれ、カランカランと落ちていった。


白い魔物はその様子に驚き、鱗を引っ込めた。

そして巨大な拳を振り上げ、アズマへ叩きつける。


だが鋼鉄の体には効かない。

しかし再度の一撃が来た時、すでに効力が切れていた。


「ぐあっ!」


吹き飛ばされ、肺の空気が一瞬で抜ける。


(やば……死ぬかも……)


荒れた呼吸の中、アズマの脳裏にひらめく。


(そうだ!上空から落とす……なら、でかい岩だ!)


アズマは白い魔物の頭上に、手頃な岩を創造した。


落下は一瞬。


鈍い音とともに岩が頭を直撃し、白い魔物がたまらず身をよじる。


アズマは続けて二度、三度と同じように岩を落とした。


白い魔物は苦しげに暴れ回るが、動きは次第に弱まり、やがてゆっくりと沈むように倒れ、完全に動かなくなった。


アズマは地面に膝をつき、息を荒く吐いた。


「……助かった……今回は、本当にヤバかった……」


達成感と疲労が同時に押し寄せる。

彼は素早く素材を剥ぎ取り、袋に詰めた。


こうしてアズマは、森の主たる魔物を討ち、新たな森の主となった。

ような気がした。


周囲の魔物たちは逃げ去り、時折訪れる冒険者の討伐もすべて退ける。


その中で、彼はただ強さを磨き続け、森とともに、静かに、しかし確実にその力を刻み込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月26日 21:00

神に無理やり力を授けられ、異世界召喚されたけど、ラスボスが強すぎて詰んだ件 @usk1210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ