クリスマスの夜に

国見 紀行

ある聖夜の奇跡とは

「あなたが落としたのは金のスマホですか? 銀のスマホですか?」


 クリスマスイブの夜、頑張って夕食に誘った相手からドタキャンを食らった。彼女がいないままもうすぐ三十歳を迎える直前の奇跡は、あっけなく散ってしまった。


「金のスマホにはいつでも愛してくれる女の子の連絡先がたくさん。銀のスマホにはいつでも遊べる女の子の連絡先がたくさん入ってますよ」


 しかも明らかなキープ扱いの返信でキレた俺は、スマホを思いきり水溜りに投げつけた。

 ……直前に拾ったばかりの小石を強く握りしめて、いましたことを激しく後悔してたところだ。


「なんだあんた」

「泉の精霊、ご存じないですか?」

「いや、知ってるけど」

「それです。……で、どちらにします?」

「いや、俺のを返してくださいよ」

「こっちのスマホには女の子の連絡先、ほとんどないですよ」

「知ってるよ、俺のなんだから」


 そう言うと、精霊は渋々俺のスマホを返してくれた。


「そんなに大事なんですか?」

「まあね。数少ない知り合いが乗ってるスマホだから」


 渡されたスマホが自分のものであるか確認する。間違いない。このエロ画像が待ち受けのスマホは俺くらいなもんだ。


「……ちなみに正直者には?」

「何もありません」

「え、ちょ」


 精霊は音もなく水溜りに帰っていった。


「なんだよ…… 精霊にも嫌われたか?」


 まあいいや。

 実は正直ホッとしてる。


 周りはクリスマスイブだからとこぞって誰かと聖夜を過ごしたがる。俺もさみしさから誘ったものの、その後の展開が怖くてキモがられたらどうしようとか考えてた。


「これで『ドタキャンされたぜ!』って大手を振って報告できるってもんよ」


 誰にするでもない報告の文面を妄想しながら帰路につく。改めて小石を水溜りに投げつけると、ドポンと味気ない音がして見えなくなった。


「さて、帰るとす……」


 どぱあああああああああああああん!


「うおおおあああっ??」


 しかし次の瞬間、その水溜りから強かに水面を打ち付ける音が響いた。


「な、なんだなんだ??」

「またあなたですか! 私の神殿に恨みでもあるんですか!?」


 さっきの精霊がものすごい形相で飛びかかってきた。


「いいでしょう、あなたの望みを何でも叶えてさしあげます! それでいいですか? いいですね!!」


 精霊は両手で俺の頭を掴んでごつん、とおでこを彼女のおでこにくっつける。……まさか、記憶を読まれてるのか??


「あ、あの」

「静かに!」


 最初は不機嫌だった顔が真顔になり、徐々に真っ赤に染まっていく。

 終いにはゆっくり手を離すと、乱れていた衣服を整えながら一歩下がって上目遣いでこちらを見る。いっそ罵ってくれ、頼むから。


「さ、流石に初日からそんなプレイまでは」

「待って、何を読み取ったの!?」

「お、お友達からでもいいですか?」

「……まず、食事からでよければ」




         完!

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クリスマスの夜に 国見 紀行 @nori_kunimi

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