ひとのものをとったらどろぼう!

@lucky16000

第1話

「──先生、どう? 美味しい?」

 

「……うん。また腕を上げたね、アート」

 

 やった、と内心で大喜び。私は表情というものがどうにも動きにくいから分かりにくいらしいけど、先生に褒められるのはいつだって嬉しいのだ。

 

 おいで、と招いてくる手に応じて近寄れば、ぽふん、と頭に暖かくて大きな手が乗せられる。この瞬間のためなら料理の練習なんて何の苦労でもない。

 

「……先生、もっと褒めて」

 

「うんうん、偉い偉い……けど、早く食べないと君の分も冷めてしまうよ?」

 

「む」

 

 それはいけない。食べ物は美味しいうちに食べなくては。食べ物を粗末にするのは『わるいこと』なのだから、大事に食べるのは『いいこと』のはず。

 

「いただきます」

 

「召し上がれ……って僕が言うのもおかしいか。作ったのは君なんだから」

 

 それはまあどうでもいい。食事で一番大事なのは誰と食べるかだって先生から教わったし、その通りだと思うから。

 1人で食べても美味しくないご飯も、先生に褒めてもらったあとなら御馳走だ。

 

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 手を合わせて、挨拶。正直意味はまだよくわかってないけれど、こういうのは形だけでもやってみるのが大事……らしい。先生が言ってたんだから間違いない。

 

「……あ」

 

 ともあれ片付け……と言っても、手入れするような高い食器(先生に一回だけ見せてもらった。私はすぐに割ってしまいそう)ではないから軽く水で流して終わり、なのだけれど。

 

「先生。水、出なくなっちゃった」

 

「ん? ……ああ、魔力切れか。丁度いい。アート、魔石を持っておいで」

 

「はーい」

 

『魔石』。私にとっては殺した魔物の身体から出てくる、食べる時に邪魔な石ころでしかないのだけど、ちゃんと正しい使い方があるのだと教えてくれたのも先生。なんとなく綺麗なものを集めておいた自分は賢かったのかもしれない。

 

「うん。相変わらずアートが持ってくる魔石はどれも質がいいね」

 

「偉い?」

 

「そうだね。アートは良い子だねぇ」

 

 よしよしと頭を撫でてくれる。暖かくてとてもいい気分。お肉とか毛皮のおまけで手に入る魔石でこんなに褒めてもらえるのだからとってもお得。先生に渡す以外の使い道は私には無いことだし。

 

 先生に渡した魔石には、私には読めない文字が刻まれていく。これは私が文字の読み書きができないというわけではなく(とはいえ共有語にも自信はない。先生が教えてくれてはいるのだけど)、刻まれているのが特別な文字だから。

 

「はい、出来たよ」

 

「ありがと、先生」

 

 魔石が不思議……というよりは、先生が刻んでくれる文字のおかげなのだけど、古い魔石と新しく刻んでもらったそれを交換してやれば、すぐにまた水が出てくるようになる。

 

 火が使いたければそれに応じた文字を、風が欲しければまた別の文字を……とはいえ、私にはどれも変な模様としか思えないのだけど。

 

「アート、あとの魔石は貰っておいてもいいかい?」

 

「勿論。……あ、でも」

 

「でも? 何か代わりに欲しい物でもあるのかい?」

 

「ううん。物じゃなくて……先生も一緒に山に来て欲しい。……ダメ?」

 

 私の『お願い』を聞いた先生は難しい顔をしている。まあ正直いいよって言ってくれるとは思ってなかったのだけど。

 

「うーん……僕はアートほど強くないからなぁ。魔物どころかその辺の獣にも殺されそうだ」

 

 私が住んでいた──というか、先生に拾われてからも街に馴染めずに今も住んでいるのだけれど──山は、どうやら『ふつうのひと』からすると足を踏み入れるのすら嫌がるような場所とのことで。私からすれば殺せば死ぬ生き物しかいないのに何が怖いんだろうと不思議なのだけど、『ふつうのひと』寄りの先生もやはり来るのは嫌らしい。

 

「……先生が来てくれたら、普段より良い素材が手に入る……よ?」

 

 黒檀狼の毛皮、琥珀羆の肝、翡翠蜥蜴の爪。私が魔石と一緒に持ち帰ってくるこれらの素材はどうやら沢山のお金と交換してもらえるものらしい……といっても、私にお金の使い方なんてわからないから全部先生にあげてしまっているのだけれど。

 

 それはさておき、私が肉と魔石のオマケついでに持って来るものより、価値が分かっている先生が一緒に居た方が良いものが採れるはず。私は何のどの部位に価値があるとか言われても分からないし。なんなら狩っている生き物が魔物なのか動物なのかもよくわかってない。死骸から魔石が出たら魔物! 以上の区別は出来ないのだ、私には。

 

 ──結論から言って、お誘いへの答えはノー。せっかくだから私の住んでいる所に先生を招待したいという気持ちはあえなくご破算。さっきも言った通り断られると思っていたからあまり悲しくはない。うーん、でもちょっぴり残念。

 

「僕がアートぐらいとは言わなくても、せめて身を守れるぐらいに強ければよかったんだけど……」

 

「あんまり気にしないで、先生。それに、慣れてない人に山登りも辛いだろうし」

 

 嘘。本当はもっと気にして欲しい。何故なら。

 

「……だから、それは諦めるから。先生。前みたいにまたぎゅって、して?」

 

「……アート。前も言ったけど、君ももう年頃の女の子で、僕とは異性で──」

 

「ダメ?」

 

 ちょっと涙を溜めて、泣きそうな声色で一言。はーっと先生の方から大きなため息が聞こえてきたら勝ったも同然。

 

「これで最後だよ?」

 

 果たしてこれは何十回目の最後だったか。少なくとも一度目のお願いを断られた後に抱き締めて欲しいと言って断られたことはない。一回目のお願いをこれにした時は『最後って言ったよね?』って逃げられてしまったこともあるけど。

 

 一人は寒い。先生は暖かい。暖かいのは幸せ。つまり先生に抱き締められるのは幸せ。これはとても頭のいい考え方というやつなのではないだろうか。

 

「……匂うかい?」

 

 すんすんと堪能していたのを見咎められたらしい。

 

「あんまり? 嫌な臭いじゃないよ?」

 

「そこは嘘でも匂わないって言って欲しかったな」

 

「? 嘘をつくのは悪いことでしょ?」

 

「……うん、そうだね。僕が間違ってた」

 

 良かった。良いこととか悪いこととか。ちゃんと覚えてきてるつもりではあるけど間違っていたら大変だから。先生以外の人と交流することなんてそうそうないとはいえゼロではないし、何より先生に失望されたくない。

 

 寒いと一回気づいてしまったら、暖かさはもう手放せないのだ。

 

 

 

 

 

「そうだ、アート。最近山で変わったことはないかい?」

 

 寒さが一番厳しくなる時期も終わって、私が住む山にも雪が降らなくなってきた頃。

 いつものように先生に山での収穫物を渡していた時にそんなことを聞かれた。

 

 変わったこと……変な色をしたキノコなら見かけたが、別に最近の変化でもない。魔物は相変わらず湧いているが、正直あまり区別がつかないから種類が変わっていたとしても私は気づけない。

 

「あ」

 

 そんな風に頭を回していたら、思い当たることが一つ。何かあったかい? と促してくる先生に言葉を続ける。

 

「最近、人間を見かけるようになった。……死体じゃない人達」

 

 死体はまあ、珍しくはあるけど見かけはした。先生が言うところの『無謀な欲張り』というやつだ。大体は魔物の餌になっているから私が何かをすることは無い。

 

 けど最近になって見かけたのはそれとは違う人達。魔物から逃げられるぐらいには強いのか、どこか安全な場所でも見つけたのか。ともかく死んではない動いている人間。それはまあ、とても珍しい。少なくとも私は、『死んだ人』か『もうすぐ死ぬ人』以外を街に下りる時以外で見たことが無かった。

 

「そうか……どのくらい居るとかは、分かるかい?」

 

「え。えっと……」

 

 何人居るか。なんてことのない質問であろうそれは、私にとっては難問だ。何故なら──

 

「お……オスとメスがいたと思う……よ? あ、あと子供はいなかった! ……と、思う……」

 

 何故なら、ヒトの区別がつかないから。先生は別だけど。

 

「……殺してないから数えられなくて。ヒトは殺しちゃダメ……なんだよね? 合ってる?」

 

 先生に失望されるのが怖くて、話題とそれた言い訳がましい話をしてしまう。幸い、合ってるよと返事が来て、先生の質問にちゃんと答えられなかったことに失望はされなかったよう。

 

 ヒトを殺してはいけない。初めて街に下りて来た時に先生から教えてもらったこと。欲しいものを持ってるヒトがいたとしても、殺して収穫してはいけないらしい。魔物は殺してもいいのに何故だろう、と思わなくはないのだけど、先生がダメと言ってるからダメなのだ。

 

「そのことなんだけどね、アート。今回は君に頼み事をしたいんだ」

 

「? 山の事なら力になれるかもしれないけど……」

 

 というかそれ以外は多分無理。まだまだ私にとって生まれ育った山以外はよくわからない場所だ。

 

「いや、そうじゃなく……いや、ある意味では山の事ではあるんだが……」

 

 歯切れの悪い言葉。続きが語られるまで、少しばかり時間がかかった。

 

「一言で言うと、君に人を殺してもらいたい」

 

「別にいいけど……? あれ? よくないのかな。人殺しはダメ……だけど先生は私に人を殺して欲しくって? あれ?」

 

「ごめんね。ちょっと話を急ぎ過ぎたみたいだ」

 

 先生が言うには、私に住んでる山に賊と呼ばれる人たちが住み着くようになったのだとか。普通は迷い込んだ──或いは逃げ込んだ人たちはすぐに獣や魔物の餌になって終わるのだけど、この人たちは何故かそうはならなかったらしい。

 

「あそこの魔物より強いのか、はたまた身を守る魔法を使える奴でも居るのか。そこはわからないんだけどね」

 

 ともかくそうして山に住み着くようになった山賊たちが、近くの村や町を好き放題襲うようになったらしい。救援を求められて討伐隊を差し向けようにも、山を恐れて誰も向かおうとしない始末。かといってボーケンシャという人達に頼るのは『貴族の面子』に関わるらしい。あまり意味は理解できてない。

 

「そこで僕が引き受けることにした。一応、最底辺でも貴族は貴族だしね」

 

 よく分からないけど、『みんなが困っていること』を先生が解決しようとしていることは分かった。それで合ってる? と聞いてみたら大体合ってると返ってきたから間違いない。

 

「……でも先生。ヒトは殺しちゃダメなんでしょ? その人達はいいの?」

 

「うーん……アート、僕がなんて教えたか覚えてるかい?」

 

「『ヒトは殺しちゃダメ』『ヒトの物を盗っちゃダメ』『ヒトを傷つけちゃダメ』」

 

 ほーさんしょーとかいう一番簡単な決まり事らしい。これ以上細かい規則を私が覚えられるとも思えないから、街で一人暮らしは出来そうもない。だからこそ街に来るときは先生のところに居つかせてもらってるのだけど。トラブルは嫌なので。

 

「うん、ちゃんと覚えてるね」

 

「偉い?」

 

「偉い偉い」

 

「ふふん」

 

 いつものやり取りを挟んだ後で、肝心の理由を教えてもらう。

 

「言った通り普通は人は殺しちゃ駄目なんだけどね。そうじゃない時もある」

 

「どんな時?」

 

「その人がもっと悪いことをしてた時。……例えば、いっぱい人を傷つけたり、他人の大切な物を盗んだり。そういう人は、守ってもらえなくなるんだ」

 

「……悪いことをしたヒトは、殺してもいいってこと?」

 

「程度にもよるけど……今は、概ねそういう理解でいいよ」

 

「ん。わかった」

 

「──ああ、それと。山賊退治は僕も一緒に行くことになると思う。記録を残す人間が必要だからね」

 

「ほんと!?」

 

「嘘はつかないさ」

 

 街での暮らしはよく分からないことばかりで、多分先生にもいっぱい迷惑をかけている。でも山での生活なら別だ。いっぱい良い所を見せて、いっぱい先生に褒めてもらおう。

 

 

 

 

 

 ある程度麓に近くて、出来れば洞窟とかがあって、道中に邪魔が多く入ってくるところ。

 

 先生から案内を頼まれたのはそんな場所だった……とはいえ、あてはまる所がいくつか思いついたから、何度か無駄足を踏む羽目にもなってしまったのだけれど。

 

 しかし、とある一ヶ所に向かうときに、空からは猛禽が襲ってきて──跳んで羽を切り落としてしまえば何も出来なくなるから狩るのは楽な類だ──地上では魔物の群れが襲ってきて──魔物は力は強いが、首を落とせば死ぬのだから結局は獣と大差ない。私が獣と魔物の区別がいまいちついてない理由でもある──と、明らかに『邪魔が多い』洞窟があった。そして今。

 

「お前が噂の山賊か?」

 

「そういうアンタはなんだ? わざわざ一人でこんなとこに来る物好きは初めてだ」

 

 そんな会話を上から聞いている。

 

 山賊の人数、捕まる気があるか、何故ここで無事なのか。先生はそんなことを聞くつもりらしかったから、本当は待機するべきだったと思うのだけど。

 

 どんな会話があったかまでは聞き取れなかった。でも山賊の人が先生に剣を向けるのが見えて──

 

「アート!」

 

「ああ? なん──」

 

 ぐしゃり。

 

 私は重い方ではないけれど、高いところから飛び降りた勢いも加わればこうもなる。本当は、もっと大型の魔物とかを狩る時にするやり方。……ヒトを殺すのは初めてだったけど、これなら随分と楽に済みそうだ。

 

「先生、大丈夫? 怪我してない?」

 

「アートのおかげでね。ありがとう」

 

 褒められたのはいいのだけど、血塗れなせいで撫でてもらえないのはちょっと悲しい。まあ、全部終わったらその分おねだりしたらいいか。

 

 それからは……まあ、大した話じゃない。

 

 洞窟の中は山賊の根城になっていたけれど、暗くて狭い場所なら小柄な私の方が動きやすいし、ヒトというのは実に容易く殺せてしまって、むしろ退屈なくらい。これに慣れてしまったら他の獲物を狩るのが面倒になってしまいそう。ああでも、ヒトのお肉は食べられないんだっけ? そんなことを教えてもらった気がする。

 

 洞窟の一番奥……といってもそんなに深いわけじゃないけど、ともかくそこに山賊の一番偉い人がいて、オマケに魔物が何匹か。後で先生から教わったことだけど、山賊のリーダーが魔法で手懐けた魔物達だったらしい。この山賊の集団が山で生き延びられたのもそのおかげだったのだとか。

 

 まあでも、散々殺し慣れてる魔物なんて数匹居たところで別に何の障害にもならなかったし、ヒトなんて脆い生き物は猶更。首を落とす前に何か言おうとしていたようだったけど、まあ知ったことじゃない。

 

 それから大事にしまわれていた檻の中の人達を──

 

「アート、止まって」

 

「?」

 

「……その人たちは殺しちゃ駄目な人だよ」

 

「そうなの?」

 

 どうやら『大事にしまわれていたヒト達』ではなく『雑に閉じ込められていた戦利品』だったらしい。やっぱり私はモノの区別をするのがどうにも苦手すぎる。

 

 とりあえず武器を下ろして……どうしたらいいのだろう。私の仕事はこれで終わりでいいのだろうか? 

 

 悩んでいる私の頭に先生の手が乗せられた。

 

「汚れるよ先生……わ」

 

 撫でられて、そのまま抱き締められる。暖かくてとても嬉しいのだけど、今の私にそんなことをすると流石に先生の方もただでは済まない。汚れ的な意味で。

 

「アート……すまない」

 

「? なにが?」

 

 私だけが戦ったことだろうか? でも先生がその手のことを苦手としているなんて今更すぎる話だ。

 

「……ここまで殺させることになるとは思わなかった」

 

「別に……普段狩ってる数の方が多いと思うよ?」

 

 そうだねと、悲しそうに笑った先生が、どうしてそんな顔をしたのかは分からなかった。もしかして生きたまま捕まえた方が喜んでもらえたのだろうか? ……過ぎたことを考えても仕方ないとはいえ、先に聞いておくべきだったのかも。まあそんな軽い後悔も、抱き締められる暖かさの前にすぐに消えてしまった。

 

 そこからは私は特に役に立てることも無く……というか血塗れの私はあまりにも露骨に避けられていたからどうしようもなかったのだけど、先生に捕まっていたヒトたちの保護はお任せ。代わりに帰り道の護衛をしっかりと果たしてまた先生に褒めてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 それからまた季節がいくつか巡った。

 

 とはいえ私の生活は変わらない……と言いたかったのだけど、そうもいかなかった。

 

 あの山の山賊討伐というのは私が何となく思っていたよりも大事なことだったみたいで、請け負った先生には何とかという難しい名前をした勲章が授けられた──これはまあ、いい話。先生が評価されるのは私にとっても嬉しい。先生が凄い人って一番最初から知っていたのは私だけど。

 

 良くない話というのは──

 

「せんせ……む」

 

「アート。また色々持ってきてくれたのかい?」

 

 いつも通りに迎えてくれる先生。これはいつもの光景。

 

「あ、アートちゃんだ。久しぶり~」

 

 手を振りながら親しげに話しかけてくる女性。これも……残念ながら、いつもの光景になってしまった。これが良くない方。

 

 誰かと言えば、『山賊にキズモノにされた』『良い所のお嬢様』とのことで。よく分からないけど、あの時に先生が助け出したうちの一人らしい。

 

 その人曰く、『女としての価値を失った娘に用はない』と実家を追い出されたらしく、こうして先生の家に住み込んでいる。「せめて勲章持ちの誰かでも捕まえられたらいいんだけど」なんて気になることを言っていたから要警戒。

 

 まあ最初のうちは私も先生もこの人も……つまりは全員距離を測りかねていたのだけれど、私が山で暮らしている間に二人は適切な距離感というやつを見つけたのだろう。話に聞いたことのある『家族』というのはこんな感じで巣……じゃなかった、家で暮らすのかなと思えるぐらいに、自然体で接しているように見える。

 

 料理とか、ちょっとした家事とか。そういった今までは私がやっていたような事がどんどん盗られていく……とはいえ、家具の配置や調理器具の場所といった細々したことを覚えきれていない私と、ここに住み込んでいて毎日使っている彼女とどっちが手際よくできるかと考えれば仕方のないことではあるのだけど。

 

 ……料理はまだ、私の方が上手だと思う。材料だって私が居なければ上質なものは手に入らない。あの山の生き物の肉は街で売ってるようなものじゃないらしいから。魔石を持ってくれば先生はちゃんと褒めてくれる。

 

 それでも。私が居ない時間に、少しずつ私の存在が薄まっていく。

 

 知らない間に日用品が増えている。知らない話題で二人が話している。勿論私がないがしろにされているわけじゃない。ただ私が勝手に疎外感と居心地の悪さを感じているだけだ。

 

 一緒に食事をして、先生と話して、時々新しく来たこの女性とも話して。

 

 私がこの居心地の悪さを飲み込めれば、多分全部上手くいっていたのだと思う。

 

 

 

 ある日。いつものように訪ねた時にはなんとなく雰囲気が違うなと感じてはいた。

 

 少し用事があると言って先生が家をでて、私と女性の二人きりになる。思えば、初めて会った時から結構な時間も経っているのか。

 

 二人ではあまり話すこともない……のだけど。私が来た時からソワソワしているというか、何か言いたそうにしているのは感じていた。

 

 意を決したように彼女が口にしたのは。

 

「結婚することになったの」

 

「ケッコン?」

 

 初めて聞く言葉。でも、なんとなく嫌な予感はしていた。

 

「妻と夫になる……じゃアートちゃんには伝わらないか。……そうね、無理矢理例えるなら、だけど」

 

「だけど?」

 

「お互いに相手を一番に大切にするって約束を結ぶこと、かな?」

 

「一番……」

 

「そう。まあだからってあの人がアートちゃんに興味なくなるなんてことはないだろうけど……でも、一番は私。代わりに私もあの人を一番大切にするの」

 

 それが語る言葉を聞いて、ようやく自分の気持ちを理解できた。

 

 最初から気に食わなかったんだ。先生との時間を減らされること。ベタベタと先生に引っ付いている姿を見せられること。先生が私には向けないような顔をしていること──

 

 ──先生を、奪われること。

 

 大丈夫。いつもやっていることだ。短刀はいつも持ち歩いているし、手入れだって欠かしていない。

 

「アートちゃん?」

 

『ヒトは殺しちゃダメ』

 

 一瞬そんな言葉を思い出したが、すぐに例外も思い出した。

 

『悪いことをしたヒトは殺してもいい』

 

 現に、山賊たちを皆殺しにしたけど先生は私の事を褒めてくれたし、偉い人も先生を褒めていた。

 

 だから。私は。

 

 

 

 

 

 

 

「……アート。どうして、こんな……」

 

 帰ってきた先生が部屋を見て、なんとか絞り出したというような声。どうしてそんな辛そうにしているのだろう? 

 

「だって、私の一番大事なものを奪おうとしたから。悪いことをしたヒトを殺すのは良いこと……でしょ? 先生」

 

 先生に褒めてもらうことが一番嬉しい。独りに戻るのは絶対に嫌。なのにこのヒトは私から先生を奪おうとした。

 

「私、また悪いヒトをちゃんと殺したよ? だから──」

 

 そんな顔しないで、いっぱい褒めて? 先生。

 

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