南の釣りガール ~エレナの場合
五月女オルソ
第1話 大阪人エレナ
鹿児島県の離島とは言うものの影間島は距離的に沖縄に近い。
「冬なんか無いはずやん」とエレナが首をすくめる。「反則やん」とも愚痴る。
沖縄に近い南国とはいえ影間島にもきちんと冬は来る。
雪こそ降らぬが体感は以前住んでいた埼玉の冬と大差無い。冬の北風が吹き荒れると島の北側の集落に住んでいる人達は閉塞感に苛まれる。
私、相原美月は小学校六年生の時に埼玉から越してきた。影間島歴ももうすぐ丸三年になる。始めたばかりだけど趣味の釣りのおかげもあって暑さ寒さには多少免疫ができている。
一月半ばの冬の北風に、隣で震えているのは大阪から転校してきたばかりのエレナ。まだ島の自然に慣れていない。
本人曰くの「シティーガール」のままだ。
二人は今、島の北側にいて「ミーニシ(真北)」の風に真っ向勝負を挑んでいる。
「センセイどこまで行ったん?」
エレナの「先生」は頭の「セ」にアクセントのある関西風「先生」だ。
「さあ、我寿小中学校前の販売機じゃない?」
「なんでぇな。販売機ならそこにもあるやん」
エレナが顎で指した先にはフェリーの待合所がある。そこにも当然自動販売機はある。
「そこには私の好きなココアが無い」と言いたかったが、自分だけ特別扱いされているようで逆にカッコ悪いから「さあ」と小首を傾げるだけにしておいた。
今日は元萩徳小中学校釣り部顧問の南方久人先生、通称「クマ」と三人で生間港にアオリイカ釣りに来ている。エギングってやつだ。
「寒いな。温かいものでも飲むか?」
北風に震える私たちにイヤは無い。
クマは「ちょっと待ってろ」と我寿集落方面に車で走り去った。
以前、温かい飲み物を買ってもらった時に、私が「ココアが好き」と言ったら我寿小中学校前の自販機まで連れて行ってくれた。
近くの自販機で温かいココアが入っているのはそこだけだからだ。クマはそれを覚えておいてくれたんだろう。
やがて我寿集落からの峠道にクマのワゴン車が現れた。
「すまんすまん。これ売ってるの我寿小中前の販売機しか無いから」
とふくれっ面をしているエレナに私の好物のあったかいココアの説明……。
って、ポタージュ! 三本ともポタージュスープ!
「あ、これウチ好きやねん」
「おお、良かった。先生もこれ大好きなんだけどこの辺りで売ってる販売機が一台しか無くてな。ほら、みつきも好きだろ」
そりゃあきらいじゃあないけど。
勝手に期待して勝手に裏切られた場合はだれにもその悔しさをぶつけられない。
「あ、がと、ござます」
「おお、飲め飲め。温かいうちが旨いからな」
かじかんだ手をポタージュの缶で温めながらゆっくりとすする。うん、確かにおいしい。でも悔しい。
「先生この後どうします?」
「だめか?」
「エギも真っ直ぐ飛ばないし、糸ふけはすごいし。ちょっと嫌になってます」
「そっか。せっかくエレナもその気になったのに残念だけど今日は帰るか」
「センセ、ウチその気になんかなってませんよ。日の出前の一時間でおいしいイカが釣れる言うから見に来ただけなんやから」
「そっかそっか。んじゃ、先生が何投かしてみるからそうしたら帰ろう。みつきは片づけし始めて良いぞ」
「はーい」
もう寒さと思い通りのロッドアクションのできないつらさで嫌になっていたところだから素直に従った。
エレナはさっさと車の中に逃げ込む。
クマが自分のロッドとリールをワゴンのラックから取り外して組み立てた。
空を一瞬眺めエギを一つチョイスした。蛍光オレンジ。
ヒュンとロッドを一振りするとやはりたいして飛距離が出ない。
シューとリールを巻いて糸ふけを取るとリールのベイルを起こした。ゆっくり垂直にエギを落とす作戦だろう。
にしてもシャクらない。いつまでもエギをフリーで落としたままだ。
ベイルを閉じたからシャクるのかと思いきや今度はスローリトリーブを始めた。
「シャクらないんですか?」
「……」
聞こえてないのか答えたくないのか、クマは何も言わずにロッドに変なアクションを付け始めた。
竿先だけをフルフルと小刻みに動かし、少しだけリトリーブ。
「ん」と言って竿を立てるとロッドがギューンとしなり、ユルユルのドラグが「ジー」と鳴った。
「みつきタモ」
こいつにはいつも驚かされる。魔法使いか!
「そんなに大きいんですか?」
アオリイカでタモ(玉網)を使うのはよほど大きい時か、針掛かりが悪くてバラす(逃がす)危険性のあるときがほとんどだ。普通はロッドのしなりを利用して一気に抜き上げる。
今はまだどこに掛かっているのか見えていない。つまりよほど大物の可能性があるということだ。
「いや、そうでもないけど、コブシメ系は抜き上げられないんだ」
「コブシメ!」
まだ浮いてきていないのにコブシメって分かるのも凄い。
コブシメはコウイカの仲間で本名はカミナリイカ。体全体に稲妻のような模様があって、胴体の真ん中に靴べらのような大きな甲骨を持っている。それがコウイカと呼ばれる所以だ。
いつもより慎重にやり取りしているクマに車の中からエレナが声を掛ける。
「早よしいや!」
「うっせ」
クマが小さく答える。エレナに聞こえるか聞こえない程度の吐き捨て声だ。
なんかこの二人息があっている。
私が何か月もかかって叩けるようになった軽口を既にエレナは叩いている。これが大阪人の力か。
南の釣りガール ~エレナの場合 五月女オルソ @kuma7510
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