マリとマリン 2in1 追憶

@tumarun

第1話 寝不足注意

 パーティ会場では、参加者がそこらかしこで談笑をしている。テーブルには、シェフが腕によりをかけた料理が所狭しと並んでた。 居並ぶ、ドレスコードに合致した正装を着た男女の足元を女の子が一人、走り回っている。

 チュールを何層にも重ね、パニエでふっくらと膨らませたスカートを靡かせて、編み上げられた黒髪の上にティアラを載せ、パティシエが精魂込めて作ったケーキのクリームを口の周りにベッタリとつけて、笑顔を振りまいて動き回っている。

 そんな喧騒の中、女の子がふと、立ち止まる。周りを見渡し、聞き耳を立てていた。


【グッド・イブニング】

【ボンソワール】

【グーテンアーベント】

【ブエノス・ノーチェス】

【ボア・ノイテ】


 自分の知らぬ、未知の言葉に聴きいっていた。

 そして女の子は、傍の立っていた老人の紋付袴の裾を引っ張ってしまう。


『どないしたんねん? お嬢』

『ねえ、みんな何の話をしよる? どない話してるか分からへん? 教えてぇな』

『ああ、それはな……』

『なんか、聞いててけったいな言葉ばかりや。何言うとるか分からへん』

『そうやろ、そうやろ。今日はな、お嬢の誕生日祝いにギョウさん人がきてるねん。それも海の向こうから来とるんやど』

『そうなんや、嬉しいこっちゃな』

『だろ。だから、みんなのところへお礼に回っとき』

『うん。そないするは。ありがとぉな、おっちゃん』

『わしをおっちゃん呼ばわりか、さすが御影さんちの、お嬢やなぁ』

『じゃあ、行ってくるわ』

『足元、気ぃ付けときや。茉琳』

『わかっとるさかい』


 地元でも名士と名高いご老人の元を笑顔を残して、茉琳は走り去っていた。




「あ〜、あん時のケーキ、めっちゃうまっかたなしな」


がんっ!


 夢現に、ボソッと独り言を呟いたマリンは船を漕いで頭を振らつかせるとテーブルに突っ伏した。額を強打してしまう。

 ゆっくりと起こした顔に、しょぼしょぼとした目をして、唇の端から涎が流れ落ちている。寝ぼけていたのである。


「痛いなり〜」


 茉琳は赤くなった額を手で押さえてキョロキョロと辺りを見渡していく。


「まっ、茉琳⁈ 大丈夫か」

「あぁ〜、翔。おっ、おはようなっし」


 茉琳は側から声を掛けられて、正面に日向翔が座っているのに、気づいた。彼はカフェオレの入ったカップを持ったまま固まっている。


「おはようじゃない。今、いつだと思ってるの。もう昼だよ、昼」


 茉琳達二人は、大学のカフェテリアにある座っている。翔は茉琳に一緒にランチを食べようと誘われていた。


「呼ばれてきたのに、茉琳、座ったまま寝てたんだよ。ひどくない」

「ごめんなっし。いつの間にか寝てたなりよ」

「ごめんじゃないよ。ウツラウツラしてたと思ったら、いきなり突っ伏すし、心配したじゃないか」

「そうなしな。気がついたら、テーブルにゴッツンこしてたなり。ところで翔。なんでウチが買ったカフェオレのカップ持ってるなし」

「これか。これは誰かさんの頭の落下地点に丁度あったからだよ。打ちかまして中身が飛び散らなくてよかったよ」

「そう………。ぁっそうなしね。カフェオレ助けてくれてありがとう。翔」

「いや、後始末をさせられる身としては、当然の行為かと」

「………」


 翔に突っ込まれて茉琳はジト目で見つめ返すだけで言葉が出せなかった。


“いけず”


 そして口に出せない言葉を飲み込んでいる。


「茉琳?」

「………何え」


 ふと、茉琳の顔を呆れたように見ていた翔が聞いてくるのだが、彼女は、ぶっきらぼうな返事を返してしまう。


「ちっと、額をよく見せてよ」

「何なし?」」

「いいから。頭をこっちに寄せて。よく見えないから」


 茉琳は、不承不承ながらも翔に頭を近づけていった。


「あぁ、赤くなってる」


 翔は茉琳の前髪を上げ、額の赤くなっているところを指先で摩リ、様子を見ている。近づくだけで発症する女性恐怖症のトラウマを持つ彼には珍しい。


「気をつけないとダメじゃないか。ただでさえ茉琳は何時、気を失うかわかんないし。心配するこっちの身にもなってよね」


 それを聞いた茉琳の目が大きく開かれる。不機嫌そうな顔が消え去り。頬がミルミルと赤く染まる。


「ウチのことを心配してくれるえ⁈」

「当たり前だろ。これ以上、酷くなったら堪らないよ」

ピシッと茉琳の顔が固まった。こういう展開なら、翔は、


『俺の大事な人なんだから』


とか、


『俺の彼女なんだぞ』


 最近、付き合いだしたのだから、そう言う言葉が出るものと期待していたのだが、望んだ話ではなかった。


「翔のいけず」


 とうとう、心の言葉をぼやいてしまう。


「何か、言った?」

「何も言ってへん。もう、ウチ、知らん」


 茉琳はプンスカして。ソッポを向いてしまう。


「全く、何言ってるだか。ところで茉琳。物凄く眠そうだけど、どうしたの? 実際、寝てたけどね」

「知らんって言ってるなし」

「茉琳。何か知らないけど、機嫌なおしてよ」


 そう言われて、茉琳は翔を横目でじっと見つめた。そして片方の口角を上げる。


「寝不足だったのはぁ………、翔の所為なしな」

「俺え。俺、何かしたっけ?」

「ウチに、あんなことして、覚えてへんの? ウチ、眠いって言うのに、何度も、何度も何度も………」

「俺、してないぞ」

「何、言ってるねん。見てみぃ。ここ、赤くなっとるやろ」


 茉琳は少し屈むと上着の襟切りを手で広げて見せ、翔に肌を見せる所業に出た。


「なっ」

「服の下、翔のつけた跡がギョウサンあるさかい、隠すの往生したえ。見かけによらず、翔って好きもんやなぁ」

「なっ、なっ」


 翔があんぐりと、口が塞がらず言葉も出せない状況に、茉琳は勝ち誇ったようににんまりと、ほくそ笑む。


「思い出したえ?……」


 すると、


「何、言ってるの茉琳。翔くん、困ってるよ」


 いきなり、茉琳の口調が変わる。


「翔くん。違うからね。寝不足になったのは、茉琳の自業自得なんだからね」


 実は、茉琳の中には別の魂が同居している。今、話をしているのは茉莉という名前の女の子。訳あって、茉琳の体に同居していたりする。


「赤くなったのだって、痒いって自分で掻きむしっただけなんだからね。キスマークじゃないから。ねえ、聞いてよ。茉琳たら翔くんに教えてもらった画像投稿サイトを見るのに夢中になって朝まで見てたんだよ。おかげで私も寝られなくて、今さっき、起きたばっか。本当にごめん」

「別に、バラさなくてもいいやろ。茉莉もいけずや」

「何、言ってるの。翔くんは、いつも私たちを思って、助けてくれてくれるんだから、困らせないの」

「ちょっと揶揄っただけやない。構わんどきぃ」

「茉琳!」

「ふん!」

「翔に謝りなさい」

「ふんっ」


 ざわざわ、ヒソヒソと周りの喧騒が増す。茉琳の凄まじい剣幕の一人芝居が周りの注目を集めてしまった。

 翔は、周りの視線に耐えきれず、


「まあまあ、茉莉も茉琳も静かにして、周りに目があるからね。頼むよ」

「「ふん」」


 翔は二人、(いや、一人? )を取りなそうとするのだけれど、なかなか、収まらないようで、左右にフンッ、フンっと首を振っている。


「全くしょうがないなあ。で、茉琳。夜通し見っぱなしになるって、どんなコンテンツを見てたの?」

「フンっ」

「埒が空かんよ。困ったなあ」

「私が教えるよ。翔くん」

「助かる。ありがとう、茉莉」

「へへん」


 茉琳の顔が不機嫌さが消え、ドヤ顔へと変わっていく。


「聞いて! この子ったらね、サイトにある、ケーキの画像ばっか見てるの。世界の有名なパティスリーを探して、美味しそうなケーキ見てたのよ。涎まで垂らしちゃって。この、食いしん坊」

「フンっ、人の好き好きや、構わんきぃ」


 しかしながら不機嫌になった茉琳を見ていた翔は、徐に着ているパーカーのポケットからハンカチを出して、茉琳に差し出した。


「何え?」

「口元に涎が垂れてる」


 不機嫌なマリンであったが、そこからの反応は、早かった。頬が瞬く間に染まり、目を見開いて翔が出して来たハンカチをひったくると、大急ぎで口元を拭う。そして誰かに見られていないかと、周りをキャロキョロと見渡す。


 はあぁ、


 どうやら、翔以外に誰のいも見られていなかったようで、茉琳は息を吐き、脱力をして、テーブルに伏せてしまった。


「もっと、早う言ってなしぃ」


 ブリーチをして黄色に染めた髪の毛の下から彼女のぼやき声が聞こえる。そして、彼女は、ふとした拍子に手に持つハンカチを見てしまった。


(口元を拭ったのに口紅の色がついていない!)


 跳ね起き、顔を手でペタペタと触り、感触を確かめた。


(何ちゅうこっちゃ。寝ぼけてメイクわすれとる)


 そのまま、手で顔を隠し、伏せてしまった。


「すっぴんや。もしかして、マンションからずっと………」


 下に伏せた茉琳からぼやきが聞こえてくる。


「はずかしぃなり。ウチ、帰りたぁなったわ。でも、これじゃ、動けんし、どないしょ」


 肩も微かに震えている様。


「何、一人で言ってるの。いいから、ちょっと顔みせて」

「嫌なり。こんなか恥ずかしい顔、みんなに晒せんて」

「茉琳! いいから見せて」

「嫌なものは嫌なし、いくら翔の頼みでも聞けんもの聞けんなり」


 バンっ バンっ

 

 茉琳は、顔は伏せたまま、拳でテーブルを叩き、抗議する。

 しかし、


「茉琳は、化粧してなくても可愛いよ」


 茉琳の剣幕に慄きながらも、翔は話しかける。


ビクンッ


 伏せてままの茉琳の背が、一瞬震えた。


「俺は、そう思っているから」


 再び、茉琳の背が震える。暫くして、


「翔………、ほんま? ほんまに思っちゅう?」

「ああ、ほんまのほんま。思ってるよ」


 更に暫くして、僅かに頭が上がる。


「やっぱ、ダメや。恥ずかしぃ」


 また、伏せてしまった。


 ほとほと、困った翔が、しばらく考えた挙句、


「ねえ、茉琳。そんなにケーキを食べたかったの?」


 テーブルに伏したままの彼女の頭の旋毛に話しかけた。茉琳の肩が震える。


「なら、この後、食べに行こう。それならいいでしょ」

「………」

「ショートがいい。シフォン? チョコがいいかなぁ。タルトっていう線もある。どう?」

「………」

「俺の奢りで」


「………、ほんまにええの?」

「いいよ」


「………、なら」


 茉琳は、微かに呟くと、微かに頭を上げる。見えてきた前髪の奥に彼女の目が見えた途端、


「やっぱ、恥ずかしいねん」


 再び、伏せてしまう。


「じゃあさ、コンビニにメイクのトラベルキットあるんじゃない。見たことあるよ。それも買ったきてあげるから」

「マスクも、お願いなし」

「わかったよ。じゃあ、行ってくる」

翔は、直様、立ち上がると、テーブルを離れ、カフェテリアを出ていく。


「茉琳。あなた、翔に甘えすぎじゃないの。いい加減にしないと」

「でもね。めっちゃ嬉しいと思わん? あんなに、ウチらのこと思ってくれるんやで」

「だね」

「大事にせな、あかんな」

「そうだよ」


 テーブルに残った茉琳は顔を伏せたまま、翔が帰ってくるまで、一人、嬉しそうに会話を続けていた。













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