永遠の町、君と。

イズラ

永遠の町、君と。

 けっして、日の暮れない町だ。 

 私の気持ちは闇に落ち続けるが。


 目覚めたら、冷たいアスファルトの上だった。

 起き上がると同時に掠れた声が漏れ、さらに白い息を生む。それを目にして初めて、自分が凍えていることに気が付いた。

「……あ」

 そして、思い出した。

 私は、もう丸三日ここにいるのだ。これまでの事象が次々と追憶されていく。

「……あ」

 ついに、”禁断”の片鱗に触れる。

 それを思い出しかけた瞬間、自分の手を顔に押し付けた。考え続ける脳を止めるため、この顔を握り続ける。もう一方の手を地面に叩きつける。

 だが、やはり感覚がない。

 私は、すでに手遅れだった。

 そんな時──

「──あかねぇ」

 聞きなれた声が耳をくすぐる。歳にしては幼げで、少しうるさい声。それが、いつも心地よかった声。

「……青花せいか

 それを発音した瞬間、視界に彼女が入る。やはり、本当に可愛らしい顔だ。

「……ねぇ」

 私は、あなたに生まれたかった。あかるくて、運動神経抜群、勉強は苦手だったけど、健気で、可愛くて、……髪も似合ってる。

「……青花?」

 呼びかけると、屈んでくれた。それに伴って、私は再び倒れる。

 一瞬だけ合った視線の高さ。しかし、やはり見上げるしかなかったようだ。

「……青花、私……」

 頬の熱が奪われていく。

「……私……」

 青花は、ただ丸い大きな目で見つめていた。それが、薄れゆく”私”を繋ぎとめていた。

 最期に、私は呟いた。

「……あのと、き、は」


      *


「?」

 その瞬間、無に疑問符が付いた。


「……茜? ……どう、したの?」

 聞き覚えのある声だった。それも、直前に聞いた声。私は息をのんで、恐る恐るそちらに目を向けた。

「……青花!」

 道路に横たわっていたのは、ただの親友だった。かなり衰弱していた。

「……大きな声、ださないで……。……びっくりするから……」

 元気は残っていない。すでに、彼女は今際の際だった。

 それでも、青花は生きていた。

「……あ、うん」

 だが、それ以上の言葉をかけるつもりはなかった。

 ここから出なければならない。

 この、山上の周回道路サーキットから。

「……茜、待って……」


 倒れた青花を置き去りにし、私はガードレールに歩み寄った。

「……ここから……」

 見渡すと、相変わらず夕焼けの町。虫も鳴いていない、無音の町。沈まない太陽だけが私を見ている。

「……家に、帰る……!」

 左足を上げて、慎重にガードレールをまたぐ。かじかんだ手でガードレールをしっかりと押さえつつ。

 そして、残された右足も上げて、二本の足を端に置いた。

「……大丈夫」

 飛び降りる先には、生気のない緑が生い茂っている。

「……ごめんね。……青花」

 決して振り返らず、私はアスファルトを蹴った。


      *


「!」

 無に感嘆符が付いた。

「……茜? ……どうしたの……?」

 確信した。

 そうだ、この世界に家はないのだ。

「……青花。……気分は……?」

 意図もなく聞くと、青花は少し口角を上げた。

「……茜。……相変わらず、唐突だなー……」

 えへっと笑いかけると、青花は表情を変えずに「死んじゃいそう」と吐いた。

「……そっか」

 また、どうしようもなく笑いかける。

「……あの時は、ごめんね」

 青花の方から先に言われた。私は思わず口角を落としてしまった。

「……私、青花の気持ち、まったく考えてなかった……。『青花のため』って思ってた……」

 私の声が詰まっているうちに、青花は疲れた声で話す。

「……圭介けいすけ君は、けっこう優しい子かもね……。私にまで奢ってくれたよね。ラーメン、温かかったなー」

 瞳を閉じて、彼の顔を思い出した。

 ちょっと強引なところ。ちょっと優しいところ。記憶を思い返す度に、熱が戻る気がした。

「……ケー君、そう、ほんとに良い人だよ。大好き」

「……まぁ、私は嫌いだけどね……!」

「アハハ、それでいいよ……」

 ちょっと笑い合って、それから見つめ合う。目の模様をなぞるように、色を確かめるように、丁寧に、丁寧に見た。

 それから、私はやっと立ち上がる。

「……行っちゃうの?」

「……うん」

 うなづいて、ガードレールに歩く。

 夕日が眩しい。


「じゃあね、青花」

「……ばいばい、茜」

 鋭くて冷たい風が、頬を流れた。


 けっして、日の暮れない町だ。

 気持ちは、ようやく晴れた。

 だから、二人で行こう?

 青花。

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永遠の町、君と。 イズラ @izura

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