クリスマスの白く美しい雪

春本 快楓

僕の光、白い雪

 朝十時にインターホンが鳴り、外に出てみると、お隣さんで同級生の雪華ゆきかがかわいい笑みを浮かべて立っていた。

「メリークリスマス!」

「うん、メリークリスマス……どうしたの?」

 雪華が自分のマフラーを少し動かし首を傾けて触り、少しモジモジし出した。二人で話していると度々彼女はそういう仕草をして、僕もそれを見るたびに恥ずかしくなってくる。

「今年、というか今日、一緒にクリスマスマーケット行かない……?」うかがうように、慎重に聞いてきた。

 ただそれを聞いた途端、僕は反射的に即答していた。

「ごめん、やめとくよ」

 そう、今日は十二月二十五日のクリスマス。だから、県の中心の公園で開かれるお祭り、クリスマスマーケットは今日は賑わいのピークを迎えるだろう。

「人混みすごそうだし」

 知り合いや友達に、彼女と二人きりでいる所を見られたら、またしつこく雪華のことについて聞かれるだろう。

「雪もすごいし」

 また、今日の天候は僕たちが住んでいる県では珍しい、数十年来の大雪だった。もう雪は止んでいるが、ここから車で一時間かかるクリスマスマーケットまでの会場へ行く手段として自転車が使えないのは致命的だ。うん、外の道路を見た感じ使えそうにない。

「あと純粋にさむい」

 そう言った所で彼女の顔を再び見ると、さっきのかわいい笑みはみじんもなく、逆に不機嫌そうな、こわい表情をしていた。……これも度々見てきた彼女のそれと同じだった。

「そうですか、ならいいです」

 そう言って、プイッと顔を背けてどし、どしと鳴りそうな力強い歩き方で去っていった。

 

 

「まぁ、今回も怒っているんじゃねぇの」

 冬休みは、大体の日の昼時は親友の智樹ともきと近所の公園で、ピクニックをしていた。今日は大雪だったからピクニックは中止になると思ったが、彼は、今日こそ外で食べるべき日だろう、と朝メールで意気込んでいた。

「雪華ちゃん、大体感情が外に現れるから、まぁ分かりやすいのはありがたいよね」

「……ありがたいかな?」

 智樹は、興味なさげに淡々と弁当の中の卵焼きを食べていた。雪華のことで、彼に何回も相談しているから、もううんざりしているのだろう。

 と思ったら彼は突然、口を開いた。

「それにしても、有楽ゆうらって雪華ちゃんのこと好きなのに、よく彼女のこと怒らすよね」

 痛いところを突いてきた。自分でも思い悩んでいる事だ。

「心の奥底は優しいのに、何て言うんだろう……表向きはちょっと冷たいよね、お前」

「褒めているのやら、貶しているのやら」

 智樹は美術部で、第一志望を美大にしている芸術家からか、時々鋭い見解を述べてくる。特に人間の性質を見抜く力がすごい。

 うん、確かにどうして僕はこんなに雪華を怒らせてしまうのだろう。

 彼女の事、大好きなのに

……まぁ、理由は自分で大体理解しているつもりだ。

 中位の背丈で綺麗に整えられた黒いショートの髪に、今積もる雪に負けないぐらい白くてきれいな肌。とてもかわいい。

 また外見ばかりではなく、人が良くて、しっかりしていて……なにより、一緒にいて心地よい。二人きりで近所を散歩をする時とか、すごく安らかな気持ちになる。

 ただやっぱり、そういう女の子は学校関係者の中で非常にモテるわけで、彼女と二人きりでいる所は極力誰にも見られたくなかった。もし見られると、少し編集された不都合な噂が広まったり、たいして親しくない男共から色々聞かれ、面倒だからだ。実際、そういう経験が何回もある。

 多分、今日反射的に彼女を怒らせてしまった理由は、僕の、このどうしようもない粗末な考え方があるからだろう。分かっていても、人の目を気にせずにはいられない。

 加えて、自分は雪華や智樹みたいなアクティブな人間ではない事も理由の一つかも知れない。ちょっと不都合な事があるだけですぐ諦める。今日の雪華の誘いに乗っていたら、おそらく僕は今頃、休む暇なく歩き続けているだろう。例え好きな人と一緒だからって、嫌いな運動を何時間もするという地獄には足を踏み入れたくない。

 ……気づいたら、智樹との間に長い沈黙を作って、長い考え事をしていた。

 こう考えすぎる、ネガティブな所も彼女の間にさわるのだろう。

「僕、雪華のために、離れた方がいいのかな?」

「お前アホか」

 智樹はため息をついた後、僕の肩をがしっと掴んだ。その力は思ったより強くてびっくりした。

「いいか有楽、次雪華ちゃんがお前に好意を示したら告白するんだ。もう、これ以上我慢できないんだよ……」

「我慢できないって……智樹には関係ないだろ」

 智樹は下を向いて黙っている。こころなしか、悲しそうなあるいは悔しそうな表情をしていた。

 その時、お母さんが走ってこっちに向かってきているのに気づいた。

 

 

「あなたたち、雪華ちゃんがどこに行ったのか知らない?」

 それを聞いた瞬間、僕の何かが冷たくなっていった。

「家にはいない……んですもんね」

「雪華ちゃんのお母さんが言うには、昼時には一回帰ってくるって。でも、まだ帰ってきていないみたい」

 とっくに正午は過ぎている。気温は低いはずなのに、嫌な汗をかき始める。

「雪華、一人でいったんだ」

 そうつぶやいて、僕は走って公園を出た。

「有楽おい! まだ◻︎時だ! も◻︎◻︎した◻︎周◻︎を探◻︎◻︎ 」

 智樹が何か言おうとしているが、そんなもの、聞いている暇なんてなかった。

 もし、雪華が一人でクリスマスマーケットに行っていたら、それは大事だ。疲れ果て、道中で倒れているかもしれない。だって歩きでいける距離じゃ絶対ないのだから。

 また、仮にクリスマスマーケットに無事着けたとしても、悪い男に連れ去られるかもしれない。あいつ、かわいいから。複数人の男だったら、体力をほぼ使い切っている女の子一人ぐらいどうって事はないだろう。

 そのような、悲惨な彼女の姿は絶対に見たくない。

 ただ僕の思いとは別で、体の方は限界を迎えていた、まだ家がある団地を出てもいないのに。それでも無理やり足を前に出そうとしたので足のバランスを崩し、前へ豪快にずっこけた。それと同時に僕の体力は底をついた。地面に雪が積もっていたので痛くはなかった。

 ……いや痛かった、胸が痛かった。自分はこんなに情けない人間なのかと。本当の気持ちをいつまでも伝える事ができず、愛する人を守ることもできない。

 涙が溢れてきて、顔に被さっている雪をぬらす。

 余計な事を考えずに、彼女のことを一番に考えていればよかっ……。

「有楽くん?」

 聞き馴染みのある、透き通った声が聞こえてきた。ぱっと顔を上げると、雪華がすぐ近くでしゃがんできょとんとした顔で見つめていた。

「え、泣いているの? 大丈夫?」

 

 

「あははは、そういうことね!」

 コケたすぐ近くにも公園があり、そこのベンチで僕は経緯を話した。

「ごめん、どうやって有楽くんをクリスマスマーケットに連れ出そうかなーってずっと考えていたの。そしたら時間、忘れちゃってた」

 彼女はごめんと言うわりには、すごいウキウキしていた。

「でも、お母さんと有楽くんには敵わないなぁ、流石に心配しすぎというか妄想がいきすぎ」

「あぁ」

 正直、すごく恥ずかしかった。冷静に考えると、あれは完全に杞憂だ。しっかり物の彼女が、やけで、徒歩であの長い距離を歩いていくわけがない。

 複数人の男たちに連れ去られるなんて考えも愚かだ。人が多いから、そんな事は限りなく起こる確率は低いだろう。

 あぁーと恥ずかしい気持ちを噛みしめていると、雪華は髪をさらっと何回もかきあげながらこっちをじーと見てきた。

「えっと、どうしたの?」

「えーいや、ほんとに有楽くんってバカだなーって」

 なっ、ってムキになったのと同時に肩に感触を感じた。良い匂いがして、重さがあるが、さらさらした感触もある。

「ほんとに、バカ」

 雪華は目を瞑って僕の肩に寄りかかっていた。

 智樹、今か。

 口を開けて気持ちを伝えようと思ったが、肝心の言葉が出なかった。何度も息を呑んだだけだった。

 色々な意味で僕はドキドキしていて、パニックになっていた。

 ただ、雪華の方はただ黙って、目を瞑って身を委ねているだけだった。

 苦しい息を、長い時間かけて整えて、うるさい自分の心臓音を聞きながら僕は言った。

「好きです」

 雪華は、同じ状態のままにっこり微笑んでそのまま僕を抱きしめた。と、同時に僕たちは地面に倒れ込んだ。

 はぁー、という甘い息が直に聞こえた。

「私も好きです」

 

 

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