第3話 闇夜に酔う夜 1
暗闇に身を任せると死んだ気になれる。気がする。あくまで気持ち的な問題だけれど、いまの僕の心持ちとしてはそれくらいがちょうどいい。
死にたいほど絶望はしてない。かといって生きる希望も持ってない。贅沢だと思う。酷く甘ったれた心境を抱えていると思う。ああ、なんて幸せなんだ。
そうやって幸福感に打ちのめされると、ふと死にたくなる時がある。でもそれはしない。家族に迷惑がかかるから。愛情が注がれている自覚があるから。斜に構えるほどダサいことはないから。死に憧れるなんて。口にした途端黒歴史になってしまいそう。そんなファッション感覚の希死念慮ではなくて。
もう猛烈に死にたいと消極的に思ってから。僕は突然夜を徘徊し始めた。珍しく自分の衝動に素直になった結果、それを日課とするようになった。
元々夜は好きだった。みんなが寝静まっている中で確実に意識を持っていると思える瞬間。無駄な優越感と共に闇夜に溶けていく感覚。うん、嫌いじゃない。
消極的な自殺と表現するのだって頷ける。外側の身体がなくなって、内側だけで自分と対峙している心地になれるのだ。死とは外側だけで行われている気がするから。内側の死は誰にも分からない、と思ってる。少なくとも僕は。
だからかもしれない。暗闇に紛れていると、なんだか死んだつもりになれるのだ。実際に死ぬ度胸なんてありはしないから、簡易的な死で済ませているのだろう。と、他人事みたいに分析するまでがもはや毎回家を出る時の言い訳になっている気がする。
夜の空気は澄んでいる。日の光を浴びるとあんなに汚れていると思える世界が闇に覆われることでそれらを無かったことにしてくれる。ぽつりぽつりと灯る街灯が、やたらと光を強調しているようでいただけない。可能ならば壊して回りたいくらいだ。
目的はなくても行く場所は決まっていた。日付が切り替わったこの時間帯。明かりが香る家々はあるものの、外に出る奇特なものはいない。
一歩一歩を踏みしめると暗さが濃くなっていく気がする。自分の家から遠ざかるほどに解放されていく感覚が増していく。どうせ最後は自宅に戻るのに、幼い子供のように離れるほどにはしゃいでしまう。昼間ならばこの感覚は味わえない。
やがて目的のマンションに着く。築年数を誇っているだけのビル。なんと外階段から屋上に行けるという特典付き。もちろん施錠もされていないという不用心さ。
屋上からの景色。言ってそんなに素晴らしいものではない。都会と違ってネオンが瞬いてるなんてことはない。むしろ夜の実感が濃くなるだけだ。だがそれがいまの自分に合っている。
そこからボーっと眺める。ただそれだけの時間。音楽はかけないし、呟く趣味もない。可能ならば日が出るまでそこにいたいと思うがさすがに自重している。眺望は貧相だ。下界はただただ闇が広がっているだけ。見上げれば天候によってはわずかな星空が見えるくらい。なるべく下を見るように。暗がりが濃ければ濃いほど自分から離れられる気がするから。
階段をのぼりきる。後は暗い世界を堪能するだけ。ひとりの時間を心ゆくまで満喫して、明日の光に耐える準備をしなければいけない。
家では部屋別々と言っても妹がいる。完全なひとりにのみこまれたいなら、やはりこういうところに来るべきなのだろう。孤独の醍醐味を味わうために。
などと考えていたら。意外や意外。
屋上には先客がいた。
夜と鬼 葉山ひつじ @fugen-j
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